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Time To Heal The Earth

ー知ってる?
海は、空は、本当は虹色なの。

澄んだ水色の空は、黄昏に向けて透明になっていく。
地上に燦々と光を降り注いだ太陽は、1日の終わりに燃え上がり、その美しさに拍車をかける。
空も。海の水も。砂も。風と雲も。
その場所にいる生き物や植物も、みんな等しくその色に染まる。
順番に、あるいは混じって、溶け合って、グラデーションになって…
レモンイエロー。
金色。
オレンジ。
ピンク…
マゼンタ…
そして、バイオレット。
ダークブルーの夜が来る前に。

ミカエラは親友である海亀のナターシャと一緒に、海で泳ぐのが日課だった。

ナターシャは教えてくれた。
夕陽が沈む直前は、奇跡が起こる時間。
特に、夜が訪れる直前。
世界がアメジスト色に包まれる瞬間。

その一瞬は、
遠い昔、失われてしまった「バイオレット・フレーム」が地球を癒やしている時間だと云う。
長くとも、ほんの数分間。
短い日は数秒間。

ミカエラは祖母の形見の、紫水晶(アメジスト)のペンダントを、いつも身につけていた。

「ねえ、ナターシャ。もしかして、このおばあさまの形見の紫水晶も、バイオレット・フレームと関係があるのかな?」

ーそうよ。おばあさまは、あなたたちをいつも守っていられるように、ママには指環、あなたにはペンダントを形見にしたの。

「どうしてナターシャが、そんなことを知ってるの?」

ー私は、ミカエラが想像つかないくらいに、長生きだから何でも知っているの。ミカエラのおばあさまが生まれた頃ももちろん覚えているし、今の私とあなたと同じように、私とおばあさまは、親友だったのよ。

「へえ!そうなんだ。…じゃあママのことも?」

ーもちろんよ。

「ママは今日も新しいメディスンの調合をしていて、とっても忙しいの。私、つまんない」
ミカエラは、少し唇を尖らせた。

ーそうね。ミカエラのママは植物のメディスンを作って健康のために奉仕するのが、今回のBirth Visionだから。

「うん。わかってる。でもパパもまた旅に出てしまったから、退屈なんだ」
ミカエラの父は植物学者で、世界中の植物の研究をしているため、留守にしがちだった。

ーじゃあ、ちょっとだけ、イルカたちに会いに行きましょうか?

「えっ、いいの?」

ーミカエラが淋しそうだから。特別よ!

「わーい!」

ナターシャはミカエラを、甲羅に乗せると、イルカたちの棲む小さな無人島に向かって、泳ぎ出した。
水の中で、ナターシャはとっても速い。
あっという間に、イルカたちの島に着いた。
イルカたちは、好奇心旺盛で、遊ぶのが大好きだ。
ミカエラとナターシャがやって来ると、みんな大喜びで歓迎してくれた。
ひとしきり、みんなで遊んで疲れると、あっという間に黄昏時だった。
蓮の花のようなピンクの雲と、キャンドルの炎のようなオレンジ色に、世界が美しく染まる。

ーミカエラ、もうすぐ、空がバイオレット色になっちゃうわ。早く帰りなさい。ママが心配するわ。

「うん。じゃあ帰るね。みんなありがとう。ナターシャ、また明日ね!」

一番泳ぎの速いイルカが、ミカエラを送ってくれた。

幼いミカエラは知らなかった。と言うよりも、まだ思い出していなかった。自分が人魚と人間のミックスだということ。
会ったことのないおばあさまが、人魚、つまりマーピープルで、海の国のジュエリーアーティストだったということ。

アトランティス文明が滅亡して、地球のあちこちにマギ(神官)たちは各々散らばった。
アトランティス時代の祖母の魂は迷わずに海を選んだ。
そしてマーピープルとなり、その後何度かマーピープルとして転生した。
ミカエラの祖母は、マーピープル一族の中でも、天才的なアルケミストだった。マーピープルやイルカになることを選んだ一族は、海底にあるシャンバラに住んだ。
シャンバラは、海の底や、地の底、山の奥でつながっている。
地球上のあちこちに、シャンバラへのポータルはあるのだ。
マギたちは宇宙から地球に与えられていたエネルギーが剥奪される直前に、出来うる限り錬金術で、クリスタルに閉じ込めていた。
アメジストには、バイオレット・フレームと呼ばれる浄化の炎のエネルギーが閉じ込められた。
バイオレット・フレームは高貴な慈愛の炎で、罪穢れを浄化し、魂を霊的に覚醒させる手助けをする。
だから、アメジストは慈愛を意味するクリスタルだ。
クリスタルに閉じ込めたのは、エネルギーだけではない。
アトランティスの記憶。

ミカエラはペンダントをいつでも身につけていたので、夜眠っている間には、アトランティス時代の夢を見ていた。

ミカエラは男性で、別の名前で生きていて、マギだった。
一緒に働く女性の神官は、ミカエラの祖母だった。二人は信頼し合い、尊敬し合う仕事仲間だった。
彼女はクリスタルの神殿で仕事を終えると、海で禊いでいた。
可愛い瞳の海亀と仲良くなり、毎日一緒に泳いでいた。海亀はただの亀ではなく、アトランティスの実験場を見守りサポートする守護者だった。
ミカエラである男性は、神殿からの帰り道、祖母が海亀と泳ぐ姿をよく見かけた。
平和で愛に満ちた光景だった。

ある時、ミカエラは悲しい夢を見た。
愛の化身のような海亀が、アトランティス時代の祖母に告げたのだ。

ーアトランティスはもう崩壊する。
人間が肉体を持ったまま大いなるもの(創造主・源)とのつながりを保ち続けられるか、という実験は失敗してしまった。
あまりにもたくさんの人々がダークサイドに堕ちてしまった。
私はアトランティスを守るために遣わされた者。だから最後までアトランティスを見守り、出来る限り、アトランティスの叡智とエネルギーをあなたたちが運び出すのを手伝う。
あなたたちは新しい地球を創るために、生き延びて。
祖母である女性はポロポロと涙を零しながら、こう答えた。
「私に任せて。またあなたに再会出来ると信じているわ。ありがとう。私たちはあなたの愛を忘れない」
二人はさよならをした。
もっと別れを惜しんでいたかった。
けれど神殿に戻って、準備をしなければいけなかった。
刻一刻と終焉の時は近づいていた。


海夏(ミカ)が目覚めた時、何故か涙で顔や枕がびしょ濡れだった。
何の夢?
何故泣いたの?
思い出そうとした途端に、夢はするすると消えてしまった。
何でこんなに悲しいんだろう?
涙を拭いながら、起き上がる。

そっと窓を開けて、見下ろす海から、今、まさに太陽が生まれようとしていた。
「きれーい…」
海夏は思わず呟いた。
「波…あんまりないな。でも行くか!」
祖母が生まれ育った、海夏にとってもルーツであるこの島に着いたのは昨日の夜遅く。
海夏はサーフィンの大会に参加するため、初めて来たのだ。
緊張しいの海夏は、飛行機で一睡も出来なかったから、変な夢を見たのかもしれない。

ホテルの目の前のビーチへ、サーフボードを抱えて走って行く。
波がなくてもパドル練習して泳いで、ここの海に挨拶しよう。
海に入る前に、短めのヨガと念入りなストレッチ。
南の島とはいえ、早朝の海の水はつめたい。 
つめたいけれど、海は海夏を優しく受け入れた。
「海夏です。しばらくここにいて海で遊ばせて貰います。よろしくお願いします」
波が全然ないので、他にサーファーはいなかった。
このビーチは静かで遊泳向きだ。
海夏は沖のほうへとパドルして行った。

海中に潜ったり、プカプカと浮かんでみたり。
サーフボードをベッドにして休んだり。
太陽はどんどん登っていき透明になり、光は世界に満ちて行く。

気持ちいいな、ここ。何だか懐かしい気もする。

腕をだらんと下ろして水の中に浸す。
優しい優しい漣が、腕を揺らす。

地球ってなんて素敵なんだろう。

漣に揺られていると、海夏は何だか眠くなってきた。まるで赤ん坊が揺り籠で揺られて、いつの間にか眠ってしまうように。

いけない、海で寝ちゃうとこだった。
でも、完璧なリラックスだったな。

海夏は起き上がって、ビーチへ向かおうとして、誰かと目が合った。
バンビみたいな可愛い目。
それは、大きな海亀だった。海夏を優しい瞳で見つめている。

驚いたけれど、怖くなかった。
どちらかと言えば感動した。
海の中で海亀に会えるなんて。
不思議な生き物。
そして、もの凄く、懐かしい…。

「おはよう。会えて嬉しいよ。しばらくここにお邪魔します。よろしくね」

海夏は海亀に挨拶した。
すると海亀は頷いて水の中に潜り、海夏のすぐ横を泳いで行ってしまった。
今朝、目覚めた時のあの悲しみは、消えていた。

大会までの数日、朝はあまり波の立たないこのビーチでウォーミングアップをした。
海夏は毎日バンビみたいな瞳の海亀に会えた。
とても人懐っこくて、時々一緒に泳いだりもした。
夢のような美しい時間だった。
そのおかげか、海夏はリラックスして大会に臨めた。
めでたく、3位入賞。
海夏はその足で、海亀に会いに行った。

そろそろ黄昏時。
ホテル前のビーチでは、朝しか入らなかったから、会えるかわからなかったけれど。
西の空は燃えるような薔薇色をしていた。
海夏がパドルして行くと、すぐに海亀は現れた。
まるで、海夏を待っていたかのように。
黄昏時に見る海亀の姿は神々しくて、海夏は見惚れてしまった。
海夏は微笑みながら、ただ海亀と見つめ合っていた。
空は、どんどん色を塗り替えていく。

一瞬だけ、燃え上がるようなバイオレットになった。

その瞬間、海夏は、圧倒的な愛のエネルギーを感じて、涙ぐんだ。
何かを思い出しそうで、だけど思い出せない…。

気づくと空はもう、濃いブルーに色を変え始めていた。

「ありがとう。また会いに来るね」



<了>