見出し画像

さんかくの証明

学生たちは夏休み真っ只中の8月上旬。私は締切2日前に依頼された文芸誌への寄稿が無事に終わり、蝉の声をBGMにしながらバルコニーで紅茶を飲む。納期を守った代償としてバキバキに凝った背中をほぐすため、椅子の背もたれに背中を預け真上を向くと、3人の顔が視界に飛び込んできた。
「ありすの服、さんかくじゃない〜!」
「うげっ、このタイミングで三角星人のおでましか」
「アリスさん、夏休みの宿題で分からないところがあって……」
三角くんは、私が着ている深緑色のポロシャツに白で四角形が描かれていることに不満を漏らす。幸くんはそれを聞いて、黒板と白チョークじゃん、と毒を吐く。幸くんの毒舌はいつものことなので気にならないが、服に描かれている図形が三角形ではないことに落ち込む三角くんを見ていると、悪いことをした気分になる。
椋くんは2人を宥めたあと、再び夏休みの宿題について話をしてきた。「ボクたちの通っている聖フローラ中学は応用問題が多いじゃないですか。ボクたちと同じ中学を卒業したアリスさんなら解いたことがあるはずだから、教えてもらいたくて……」どうやら、応用編の図形の証明問題で躓いているらしい。
私が在籍していたのはもう10年以上も前のことなのだがね、と呟きながら椋くんたちが躓いている問題を確認しようとしたところ、いつの間にか三角くんがテキストを取り上げ、目をきらきらと輝かせながら食い入るように問題文を眺めている。
「さんかくだあ〜!オレ、その問題わかるよ〜!」
どんな問題か気になって、三角くんの後ろに回り込んでテキストに目を通す。なるほど、確かに少し捻られてはいるが、証明問題を解くにあたってまず初めに習う公式を上手く組み合わせたら解けそうだ。あとはどのように2人に説明すればよいかな、と考えていると、カリカリと紙に鉛筆を滑らす音が聞こえてきた。目をやると、三角くんがテキストを見ながらノートにスラスラと何かを書き進めている。三角くんはいつにもなく落ち着いていて、真剣な目をしていた。これが一成くんの言っていた、稽古中にしか見られない真剣な三角くんなのだろう。
「ちょっと三角星人!オレのノート勝手に使わないでよね!」
幸くんがノートを取り上げ中を確認する。
「ウソ……解けてる」
椋くんと肩を寄せあってノートを見ると、正解が導き出されていた。途中式にも無駄が無い。
「オレさんかく好きだから図形の授業はちゃんと聞いてたし、テストでは惜しい答えを書くと部分点って言ってさんかくもらえるでしょ?だから部分点のさんかくがほしくてべんきょーしてたの。べんきょーしてたら丸がもらえるようになっちゃって、べんきょーやめちゃったけどね〜」
三角くんはいつもの柔らかい笑顔に戻り、少し照れくさそうに笑う。
椋くんは尊敬の眼差しでノートと三角くんを交互に見つめ、幸くんは少し悔しそうにノートを見ている。
途中式も美しいが、何より文字が美しい。少し丸みを帯びているが、漢字と平仮名のバランスがとれた読みやすく美しい文字だ。
幸くんと椋くんは同じ中学を卒業した私を頼りにして来たのに、三角くんにすっかり良いところを取られてしまった。
最後に少しくらい良いところを見せなければ、と思い、詩を披露することにした。
「頭の中はグ〜ルグル、問題文はトライアングル!その心はまるでさんかく!」
詩を詠み上げて目を開けると、幸くんが椋くんの手を取り部屋に戻っていった。椋くんは申し訳なさそうに笑いながら会釈をしていた。
三角くんは三角形の証明問題を見た時のような眼差しで、私の詩を聴いていた。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?