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きっかけがドラマチックとは限らない

今シーズン、W杯のあの試合からBリーグの扉が開きました。そんな言葉をよく目にする。みんなそれぞれに素敵なきっかけを持っている。私はどうだっただろうか。

私は小中とバスケをやっていた。チビだったのでポジションはPG。地元のお世辞にも強いとは言えないクラブではあったがキャプテンも務めていた。

私たちの時代はBリーグというものがなかったため、プロの試合を見る機会もほぼないし、周りに見てるチームメイトもいなかった。唯一見たことあるプロの試合はミニバスの招待で行った五十嵐圭選手の試合だけだった。そんな私は競技から離れて数年後にBリーグに熱狂している。

きっかけはなんなのか。推しとの出会い、熱狂したきっかけ、案外あっさりとしたものだったりする。

毎年なんとなく観ていたウィンターカップ、いつも通りなんとなく見ていた。しかし開志国際と福岡第一の試合がとにかく面白かった。作業しながら見てたはずなのに気がついたら食い入るようにみていた。そこに現役Bリーガーの富樫勇樹も来ていた。この人かっこいいな、富樫?なんか聞いたことはあるなぁ。へえ、Bリーグってプロリーグの選手か。

ウィンターカップですっかりバスケを見る楽しさを思い出した私はプロの試合も見てみたい、そう思った。生粋のオタク気質なのでYouTubeを始めありとあらゆる媒体で富樫勇樹、千葉ジェッツを調べまくった。当時キャリアがソフトバンクだったためバスライも無料で見れたのもありがたかった。そうしてわたしはBリーグという沼に足をつっこんだ。

1番最初にリアタイした試合は、1月の信州戦だった。
この試合珍しく波に乗れず、せった展開の試合だった。
4Qもずるずるとシーソーゲーム、なんなら追いかける展開だった。残り4分なんとか逆転したい千葉は富樫勇樹がスリーを放つも外れる。しかしこの男、ここで終わらない。そのシュートのリバウンドを勝ち取りもう一度富樫勇樹にボールが回ってくる、先ほどと同じ角度のスリー普通の人なら躊躇ってしまう。でもねじ込んできた、私は度肝を抜かれた。(今となってはクラッチの富樫勇樹はそれが通常運転なんだけどね)
それでもこの試合残り23秒千葉ジェッツは負けていた。ラストポゼッション2点ビハインドの場面、誰もが富樫勇樹のスリーで行くと思っていた。スリーのフェイクからウィングの原修太にパスを出した。私でもわかる信頼のパスだった。これを見事にねじ込み逆転した。

家で見ながら鳥肌が立った。もしかしてすごくいいものに出会ったかも、わたしの中のセンサーがそう言った。

当該シーズン伝説の22-23seasonの千葉ジェッツは本当に最強だった。私が熱狂的なブースターになるには最適なシーズンだったかもしれない。鬼のローテーションディフェンス、オフェンスは5outの1on1スタイルがメインのスピードバスケ。あの富樫勇樹が霞むほど一人一人が輝くバスケをしていた。観ていて面白いバスケだった。

そして何より家族みたいなチームが大好きだった。
誰かがいなくても自分たちのバスケを信じ遂行する。今日もどうせ勝つよ、負けるわけじゃないじゃんっていうチームだった。周りから見たらチートみたいなチームだったと思う。

でも最強のチームでもたまに綻びが生じる、その苦しい時間を信じて応援したい、また勝ってみんなの笑顔が見たいから。その心が私をジェッツブースターへと進化させた。

あの日なんとなく見ていたウィンターカップがわたしをBリーグへと導いた。なんてことない普通の出会いを少しドラマチックに書いてみた。



おいおい、あんたブレファンだよな??
それはまたあとのおはなし。

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