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【実話】カシミアのコートの頃

いまから35年以上も前の1987(昭和62)年。世はいわゆる「バブル景気」でフィーバー(熱狂)していた。いい洋服を着て、いいクルマに乗って、オシャレなレストランでイタメシを食べる…などがトレンディとされていた。

みな「朝シャン」(朝にシャンプー)をして学校や職場へ出掛けた。ハウスマヌカンが一世を風靡していた。「パーマ屋」が「サロン」と言われはじめた頃。若い女性はワンレンにボディコンが当時の最先端。

ドラマでは浮世離れしたトレンディドラマが流行はやり、そのヒロインは「浅野ゆう子」派か「浅野温子」派かで世の男性を二分した(その男は「ゆう子派」だった)。イケイケの時代。歌謡曲では石井明美の「cha-cha-cha」などが流行っていた。

華やかな時代であった。

その年の秋、その男はまだ20代前半だったがカシミアのコートを2着買った。どちらも膝下まである国産のロングコート。

1つは濃紺、もう1つは茶色。無地。当時の価格で1着15万円程。2着で約30万円。その男はその場でポンと現金で支払った。

ほかにも男は国産やヨーロッパ産の鞄(おもに革の鞄)も当時集めていた。それも1つ5万円〜10万円ほどする。かの「フーテンの寅さん」が持っていたような革の四角い鞄も持っていた(その男はそれをいまも大切にしている)。

この男の実家の隣家は、その時中古で1億円で売り出されたがすぐに現金の一括払いで買われた。

そういう時代であった。

男はその2着のコートを5年くらいは着たが、その後、世の洋服はどんどんとカジュアル路線へと進みアメリカナイズされて行った。伝統的なヨーロッパ風(または戦前の日本風)の重くて長いコートはもうほとんど誰も着なくなった。

それでも、いつかまた流行が再来するかも知れないと思い、男は35年以上経ったいまでもその2着のコートを大事にしているのだが、もうブームは来ないのか…。

というか、あのような華やかな時代はもう来ないのだろうか?

あれは何だったのだろうか?
皆が夢を見ていたような時代。
あれは夢だったのだろうか?

「その男」とは私のことである。
これはほんとうの話である。

ただ、あの時代のことを歴史上の現象として(学問的に)評価するにはまだ随分と早いと思う。歴史的な評価となれば、やはりその時から少なくとも100年(1世紀)は必要だろうと思う。

(2022年10月27日)

<おしまい>

©2022 九條正博(Masahiro Kujoh)
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