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けものフレンズ動物園レポ合同寄稿記事 その1

沼底なまずさん @eenamazu 主催の「けものフレンズ動物園レポ合同」に過去3回とも文章で参加させていただいておりました。

動物園レポ合同は、けものフレンズのコンテンツに触れたことをきっかけに動物園をはじめとするフレンズの元になった動物を目にすることのできる施設に行ってみたというエッセイ作品を集めた同人誌です。他の参加者の皆さんからは主に動物園の動物をフレンズの姿で描いたマンガが集まっているのですが、私の寄稿したのはけものフレンズのファンの方々に元の動物や各施設を紹介するという観点のコラムでした。

それで先日第3弾に寄稿された原稿を他でも公開してよいという期日が来たというお知らせをいただいたのですが、3回分どれも他で公開しておらず、どういう形態で公開しようかなーと以前から迷っていたのです。

昨今の、皆さんが動物園・水族館・博物館に行きたくても行けない状況をかえりみて、同人誌としてまとめるのに時間をかけるよりここで公開して自由にお読みいただけるようにすることにしました。

1つ目は2018年2月4日に刊行された第1弾の寄稿文です。前半がフレンズ化してはいるものの博物館でのみ展示が見られる動物に注目したもの、後半がアジアゾウの飼育展示環境に注目したものです。執筆当時から変化した点について注釈を追加します。

ほねともけいのけもの -決して、またはなかなか会えないフレンズに会う-

 振り返るまでもなくジャパリパークは元々動物園だが、動物園や水族館では出会うことがない動物達もフレンズとして暮らしている。
 絶滅した動物のフレンズや、飼育が不可能な動物のフレンズである。
 しかしこれらのフレンズもひとりのフレンズである。フレンズとはフレンズ化した動物に当てられた図鑑の一ページのようなものでもあり、絶滅していようが飼育できなかろうが基本的に同じ扱いをされている。
 そうしたフレンズの「原作」の動物には会うことができないのだろうか。生きている姿に限れば、ほぼ、または決してできないだろう。
 しかし観察をする機会は案外簡単に得られる。博物館である。
 本稿では対象をサーベルタイガー、ドードー、シロナガスクジラに絞り、フレンズの特徴を振り返った後、標本が見られる施設を案内する。
 なお原作動物との区別のため、フレンズのほうには「さん」を付ける。

・サーベルタイガー -燃えよ剣歯-
 サーベルタイガーとはネコ科マカイロドゥス亜科の動物の総称である。
 一見トラのようだがトラなど現生のネコ科猛獣はヒョウ亜科であり、大まかにイヌとキツネくらい離れている。より広義には、ネコ科に近縁だが異なるニムラヴス科のものもサーベルタイガーに含む。トラとは直接関係がないためセイバートゥースド・キャットと呼ぶこともある。
 単にサーベルタイガーと言った場合、特に牙が長く、最も後の時代まで生き残り、多くの化石が得られているスミロドン属を指すことが多い。しかしサーベルタイガーさんは特にスミロドンに限定せず、マカイロドゥス亜科とだけ表記されている。UMAのフレンズのように「サーベルタイガーという概念」がフレンズ化したのかもしれない。
 アプリ版のサーベルタイガーさんは、剣をむやみに使えば自分が傷付くだけだと語っている。原作動物の特徴に沿ったセリフである。
 サーベルタイガーの牙は厚みが小さく、縁が鋭いナイフ状の形をしている。長い牙を獲物に突き刺せるように顎は大きく開き、さらに牙を振るう動きをするために首は少し長い。
 この薄く鋭い牙は肉を切り裂くのには大変都合が良いが、暴れている獲物にむやみに突き立てれば折れてしまう恐れがある。実際、牙が折れてしまったスミロドンの化石も見つかっている。
 この牙を役立てるには、獲物をきちんと押さえつける必要がある。
 その都合に合わせるように、サーベルタイガーの体型はがっしりとしている。同じくらいの長さであるライオンとスミロドンを比べるとスミロドンのほうが倍の体重があったと考えられる。特に肩甲骨と前肢がたくましく発達していて、これも獲物を押さえるのに適している。後肢は短めで、獲物を追い続けるよりいきなり飛びかかるのに向いている。
 さらに、スミロドンの場合は群れを作っていた可能性もある。サーベルタイガーさんのセリフが友好的なのはこのためのようにも見える。牙の折れた個体も餓死したわけではないらしく、群れの中で餌を分けてもらったか、獲物を押さえる役目を担当していたのかもしれない。
 サーベルタイガーさんのデザインに目を向けると、髪と剣で牙を再現していて、サーベルタイガーのフレンズなのが一目瞭然である。
 前髪はなだらかな斜面を作るような独特のスタイルになっている。目つきも少し変わっている。原作動物で歯根(牙の土台部分)が発達して現生ネコ科と異なる顔付きになっているためかもしれない。
 尾はトラさんなどと比べると太い。原作動物では尾は短く退化している。耳にはトラのような白い斑があり、服装には虎縞があるが、最後まで生き残っていたスミロドンでも毛皮の色は明らかではない。
 以上のことを踏まえて、サーベルタイガーの化石を観察してみよう。
 国内で展示されているサーベルタイガーの大半はスミロドン属の中でも北米で最後まで生き残っていたファタリス種である。ここに挙げる以外にも多くの博物館で展示されている。
 国内で化石哺乳類といえば、なんといっても東京・上野の国立科学博物館(科博)が充実している。
 科博の地球館地下二階では、恐竜以外の古生物が展示されている。フロア全体が三分割され、手前が主に古生代、中央が主に中生代から新生代、奥が人類となっている。
 中央エリアは周囲の哺乳類ルートと中心の海洋動物のスロープに分かれる。スミロドンが目当てなら脇に反れて哺乳類の進化を辿ろう。
 よく恐竜と誤解される単弓類から始まって、恐竜時代の小さな哺乳類、ウマの祖先や巨大ビーバー、オオツノジカなどを経て、最も奥がスミロドン・ファタリスのいる肉食獣のコーナーだ。
 観察通路に対してほぼ左を向き、牙の側面形状や、たくましい前肢、よく動く首、独特の顔付きといった前半身の観察がしやすい。
 コーヒーのような濃い茶色をしているが、これは元の化石がランチョ・ラ・ブレアという天然タールの沼から発掘されたためである。スミロドン・ファタリスのほとんどがここから発掘されたもので、タールにとらわれた獲物を食べようとして巻き添えになったとされる。
 同じフロアに展示されているものの中ではダイアウルフとステラーカイギュウにフレンズがいる。またシヴァテリウムと同じキリン科のサモテリウムの頭骨もある。ゾウのコーナーにあるコロンブスマンモスはフレンズのいるケナガマンモスとごく近縁だがより大きい。
 科博は広大なため、地球館地下二階以外にフレンズ的にお勧めのフロアを絞り込むと、世界の動物の剥製が並ぶ地球館三階、各地の生き物の生態や分類を紹介する地球館一階を見学するのがよい。
 他にサーベルタイガーが見られる博物館として、茨城県自然博物館と北九州市立自然史・歴史博物館(いのちのたび博物館)等がある。
 茨城県博ではスミロドン・ファタリスの骨格がガラスケースに収まっている他、様々なサーベルタイガー(マカイロドゥス亜科のマカイロドゥス、メガンテレオン、ホモテリウム、ユースミルス、ニムラヴス科のディニクチス、ホプロフォネウス)、さらに現生ネコ科猛獣が頭骨を中心に展示されている。スミロドン以外のマカイロドゥス亜科では下顎の先端が下に伸びて牙を保護するようになっているなどの違いが分かるだろう。
 いのちのたび博物館では、スミロドン・ファタリスの骨格が観察通路と同じ高さの床に立っていて、大きさが実感しやすい。

・ドードー -アリス・イン・ミュージアムランド-
 ドードーは、数百年前までモーリシャス島に生息していた、非常に大きな飛ばないハトである。
 天敵がいないため飛行する必要がなくなり、体、特にクチバシを大きく丈夫に変化させた。飛行こそが鳥類の特徴であるように思われるが、飛ばない鳥類はこれまで多数現れている。
 丸々と太った姿が有名で、体重も二十キログラムはあると言われてきたが、近年の骨学的な研究によると健康な個体の体重は十数キログラムで、すくっと立ち上がった姿勢をしていたようだ。従来知られていた姿は飼育下で運動不足と栄養過多になったものだとされている。
 ドードーといえば大航海時代の絶滅の悲劇があまりに有名である。
 警戒心を持たなかったため、モーリシャスを開拓する人間にとって食肉や羽毛の利用、または害鳥駆除のため捕らえるのは容易く、また人間の持ち込んだ動物がさらに痛手となったようだ。
 残念なことを重ねるように、ごくわずかな自然史的記録しか取られなかった。肉体の標本は数えるほどしか残されていない。先述した骨の研究に用いられたのは後の時代になって見つかった半化石である。
 そんな経緯のため、アプリ版のドードーさんの友好的なセリフはファンの胸に鋭く突き刺さる。人間への警戒心のなさを反映している。
 また前節のサーベルタイガーさんもそうだが、あくまでドードーの中の単一の個体として、ヒトの中の単一の個体である我々と種対種ではなく一対一で接しようとしているかのようだ。
 標本は少ないが絵画が残されているため、羽毛など外皮のことが詳しく分かっている。フレンズの姿にする上で有利な点である。
 クチバシの先端だけ角質で覆われ、クチバシの途中から顔面にかけては裸の皮膚で、頭部はフードのような羽毛で覆われていた。こうした特徴がドードーさんの髪型によく反映されている。
 また飛ばないので退化していたとはいえ、翼は白い羽毛があってよく目立った。ドードーさんの白いファーのついたコートはこれに見立てられている。手をコートの中に隠しているのは翼が小さいことの表現だろう。
 ドードーを展示するのは難しいが、絶滅動物のことを伝えていくのは、けものフレンズや博物館にとって大事な役目に違いない。そのため国内でもドードーを観察できる博物館はきちんと存在している。
 そのうちのひとつが、前節でも紹介した茨城県立自然博物館だ。
 茨城県博では天文学、地学、古生物学と少しずつ人間自身に近い分野に移り、現生生物の展示に到達する。そして茨城の自然や、水族館のような水槽を経て、人類が環境に与えている影響を語る第五展示室に着く。その主要な展示物のひとつに、ドードーの骨格がある。
 むろんレプリカなのだが、大抵の古生物の組み立て骨格はレプリカであり、多くは技巧を凝らして実物と変わらない形状に仕上げられている。修復された部分に注意すれば、よほど専門的なことを調べようとしない限りレプリカの骨格でも観察するうえで特に問題はない。
 茨城県博のドードー骨格は新しい復元に沿った、体を起こした姿勢をしている。胴体前半の肋骨を欠くことから、一個体分の見つかった部分だけを複製して組み立てたもののようだ。肩甲骨と前肢は小さいが胸骨(翼を動かす大きな胸筋の土台)はあまり小さくなっていないこと、かかと(逆に曲がる膝のように見える関節)が低く、足が遅かったこと、しかし骨盤は大きいことなど、色々なことが読み取れる。
 ドードーと同じ第五展示室にはニホンオオカミの頭骨とジャイアントモアの骨格も展示されている。人類にとってはやや重い内容だろうか。
 一方、千葉県我孫子市にある「鳥の博物館」では、生きた姿を再現した模型が展示されている。
 鳥の博物館は一見民家にも見えるさりげないたたずまいだが、館内にはすぐそばの手賀沼の鳥や、世界中の鳥の進化史や分類、体のつくりに関する展示がつまっている。
 三階のメイン展示室に入ると、居並ぶ始祖鳥のレプリカ、ジャイアントモアの復元骨格とディアトリマの復元模型に圧倒されるだろう。
 同じ区画のガラスケースの中に、ドードーの生体復元模型がある。
 一見、本物のドードーの羽毛や皮膚を使った剥製に見えるかもしれない。そのくらい真に迫った羽毛の生え方、体の膨らみ方をしている。
 この羽毛はニワトリ、ダチョウ、クジャク、ハクチョウのものが使われている。日本の鳥類学の本拠地といえる場所で展示されているだけあって、かなり精密に、鳥らしく植え込まれているようだ。
 首の羽毛が緑色に光る。ハトの首の羽毛が七色の光沢を放つのを参考に、クジャクの羽を配したようだ。鳥類専門館ならではの工夫だ。
 残念ながら本節のはじめに述べた太ってしまった個体の姿だが、「あのドードー」が目の前にいたらこういう感じだと思えるだろう。
 ところで同じ部屋にあるディアトリマは、ディアトリマさんと違って灰褐色をしている。ドードーと違って羽毛の記録がないので、この模型の姿もディアトリマさんの極彩色もあくまで一つの案である。
 クチバシは鋭く作られているが、中の骨は背後の骨格図のとおり尖っていない。このため、実際にはクチバシは尖っておらず植物食だったとも言われる。またガストルニスと呼ぶのが分類上正しいようだ。
 このように修正や不確実な点が多いことから古生物学が不確実で当てにならないと揶揄されることがあるが、そもそも科学は正解を一発で出すための技術ではない。暫定的な説を新たな発見で修正・拡張していくのは、古典力学から相対性理論、量子力学と適用できる範囲を広げてきた物理学などとなんら変わることはない。
 鳥の博物館にはドードー、ディアトリマ、ジャイアントモアの他にトキ、ショウジョウトキ、ハシビロコウ、フンボルトペンギン、イワトビペンギンなど、フレンズのいる鳥類も各種揃っている。特にハシビロコウの剥製は珍しい。
 なお、ドードーと同じ大型のハトの中でオウギバトは動物園でも見られることが多い。オウギバトは飛ぶことができるが、立派な体格はドードーがハトの仲間であることを実感させる。

・シロナガスクジラ -最大級のパワフルボディ-
 人類が有史以前に絶滅させたものと近代に絶滅させたものが続いた後にシロナガスクジラである。気を付けたいがそれはそれとして。
 シロナガスクジラそのものに関してはあまり詳しい解説は必要ないだろう。シロナガスクジラさんのデザインはシンプルながらシロナガスクジラの特徴をよく表現している。
 鳥のフレンズの羽のように胸鰭が頭から生え、三日月型の尾鰭が付いたたくましい尾も備えているし、頭頂部に開いた鼻の穴や小さな背鰭も再現されている(ただしヒゲクジラ類の鼻は左右に分かれている。これを再現するとハイディティールになりすぎるのかもしれない)。
 また水を吸い込むために大きく開いた口の形を、髪型で表現している。吸い込める水の量を増やすために下顎から胸元までひだが走っているのをセーターで表す。青い後ろ髪や錨の髪飾りが海を思わせる。
 なによりシロナガスクジラさんを特徴づけているのは、母性的なスタイルと性格である。もちろんこれは史上最大の動物であるシロナガスクジラの雄大さを表現したものだ。
 シロナガスクジラは全長三十メートルを超えることもあり、体重では最大の恐竜をも上回るとされる。これだけ巨大だと飼育どころか標本を収蔵するだけでもかなりの事業になってしまう。
 とはいえ、国内にもシロナガスクジラを展示している施設がある。
 特に有名なのはサーベルタイガーのときにも登場した国立科学博物館にある模型だ。ただし館外に展示されている。
 館外からだと日本館の風格のある建物に向き合って左側、館内からだと退場口を出てすぐのところに、実物大の模型が全長三十メートルの威容を晒している。模型とはいえ非常に精巧に作られている。
 尾を打ち振るい、頭を沈め、深みに潜っていこうとする巨体が高々とアーチを描く。よほどの大航海を重ねなければ決して目にすることはできないであろうシロナガスクジラの姿が克明に表現されている。
 体の割に小さな目など、細部もまた詳細に作り込まれている。
 吻部の先端に針金のようなものがある。これはクジラの数少ない体毛、感覚毛だ。クジラがれっきとした哺乳類であることが一目で分かる。
 入館料がいらない位置にあるので、同じ上野公園の中にある上野動物園を見学した後に立ち寄るのもいいかもしれない。
 館内には地球館一階にマッコウクジラ等鯨類の骨格がいくつかある。
 科博のシロナガスクジラは再現模型だが、実物の全身骨格を日本で唯一見られるのが下関市立しものせき水族館(海響館)である。
 海響館は下関の名産にちなみ展示の約半分がフグの仲間というフグ専門水族館で、指先ほどの淡水フグから巨大なマンボウまで、おなじみのハリセンボンやトラフグから不思議なミステリーサークルを作る新種アマミホシゾラフグまで、信じられないほど多様なフグが揃っている。
 フグづくしの館内をめぐるうちに、大きな吹き抜けに辿り着く。
 そこには、科博の模型と同じく今にも潜ろうとするポーズを取ったシロナガスクジラの全身骨格が、ホールいっぱいに収まっている。まるでボトルシップさながらだ。この骨格は千八百八十年代にノルウェー近海で捕獲された全長二十六メートルのメスだという。
 ホールの周囲にはテラスや階段、渡り廊下があるため、尾の先から頭骨まで様々な角度からじっくり観察することができる。
 尾はよく曲がるようにたくさんの関節があり、太い筋肉が付くように突起が出ている。ヒトでいうと背筋の出っ張りを作る突起である。
 後肢はすっかり退化して骨盤の痕跡だけ残っている。鰭状の前肢には上腕、前腕、四本の指の骨がある。上腕はごく短く、また肩はよく回るが肘と手首は曲がらない。肋骨の曲線が流線型の胴体を作る。
 首は口にかかる大きな水の抵抗を受け止めるために、ぎゅっと縮まって皿を重ねたような形になっている。
 そして頭骨は、半楕円の上顎と左右の枠だけの下顎が特徴的だ。
 上顎には中心線にそって裂け目があり、その奥に鼻孔がある。眼窩はその左右後方にあり、周りの骨がゆるく集まってできている。上顎の裏側は左右が浅くくぼんでいる。取り込んだ水を吐き出すときに水流が左右に分かれ、鯨髭に当たって濾過されるようだ。
 左右の下顎はゆるくカーブし、先端が左右でつながっていない。このため、口が左右にますます大きく広がり、大量の水が蓄えられる。
 水に支えられ、水に立ち向かって暮らすクジラの骨格がどのような機能を取捨選択してきたかが読み取れるだろう。
 ところで海響館といえばフグとシロナガスクジラ以外にペンギンの飼育を得意としている。ジェンツーペンギン、イワトビペンギン、マカロニペンギン、キングペンギンが群れを成して活発に泳ぐ大水槽と、フンボルトペンギンの生息地域を再現した放飼場は見逃せない。
 レプリカであれば、和歌山県太地町のくじらの博物館にもシロナガスクジラの骨格がある。海響館の骨格から作られたレプリカで、耐久性の高さを生かして屋外に展示されている。
 館内にはセミクジラの骨格をはじめ他の追随を許さない鯨類コレクション、屋外にはハンドウイルカやハナゴンドウが間近に迫る桟橋など、鯨類に興味があるなら是非見てみたほうがいい内容だ。博物館であり水族館でもあるとはいえ生体は大半が屋外にいて、シロナガスクジラの骨格も日差しによく映えるので、晴れた日に見学できると良い。
 亜種のピグミーシロナガスクジラを含めれば、国内にもう一体実物の骨格が展示されている。
 静岡県清水市にある東海大学海洋科学博物館は新旧の展示が入り乱れた水族館と海に関する科学博物館の二層になっていて、全長十八.六メートルのピグミーシロナガスクジラの骨格が二階にある。シロナガスクジラと比べれば小さいがさほど気にならないだろう。
 この骨格は他と違って水平の姿勢を取っていて、全身がだいたい目線の高さに置かれ、これはこれでボリューム感があり、観察もしやすい。また骨の表面から黒ずんだ油脂がしみ出ていて、動物の肉体の一部であったことが生々しく感じられる。横から見た輪郭を黄色いパイプで表しているのが印象的だ。
 海洋科学博物館には他にも鯨類の頭骨などが展示されている。またすぐ近くの自然史博物館も見ておくとよい。こちらにはケナガマンモスとステラーカイギュウの骨格もある。

 以上、フレンズのいる三種に絞って、博物館等で特定の標本をじっくり観察するガイドを試みた。このように目当てを決めるのもよし、知らずに出会った標本に驚くもよし、生きた動物だけでなく、動物が生きていた証拠たる標本の観察も楽しんでいただければ幸いである。

日本にいるアジアゾウのこれまでとこれから

「わっ、ごめんなさい。踊ってたらぶつかっちゃったわあ」
「こ、こちらこそ、すみません……」
「ここ、木漏れ日が綺麗でしょう?踊ってると、とっても良い気分なの」
「大きいねー!」
「いんどぞうハ、あじあぞうノ亜種ダヨ。あふりかぞうト並ンデ、陸上最大ノ動物ダネ」

 アニメ版(※第1期)二話ではじゃんぐるちほーのフレンズが次々と登場した。
 なかでもインドゾウさんは、はっきりと体格差が表現されていたことといい、本人のゆったりした喋り方や呑気な会話の内容といい、いかにもジャングルでのびのび暮らすアジアゾウという雰囲気に満ちていた。
 このほんのちょっとした会話でも、インドゾウさんが自由気ままに暮らしていることが伝わる。
 こうした場面は、野生の生息地でなければ見られないだろうか。
 基本的にはそのとおりだが、欧米諸国には遅れを取るものの、日本の動物園もアジアゾウの飼育展示を改良する努力を重ねている。
 その努力の足跡を追うことで、動物園の飼育展示をより奥行きをもって見ることができるようになるだろう。
 そこで本稿では、国内におけるアジアゾウの飼育環境を、かつてのもの、近年最高のもの、今後完成して最高と呼ばれるようになるものの三通り紹介して、飼育展示手法の変遷を追っていきたい。

・かつてのアジアゾウ
 二千十六年五月下旬。筆者はあるひとつの予感を抱いて井の頭自然文化園を訪れた。 それは、当時国内最高齢であったアジアゾウのはな子がこの夏を越えられないのではないかという不安である。
 はな子の容態は見るからに危うく、飼育員が来てはくれないかと設備点検口の取っ手を鼻で鳴らす様子を見るのは、観察というより見舞いに近い気分であった。
 数日後、筆者は是非今のうちにはな子のことを見ておくべきだとツイートした。はな子が亡くなったのはそのたった数時間後である。
 さてその半年ほど後の井の頭にて。
 ある親子連れが「新しいゾウ来ないのかなあ」と会話を交わしているのを耳にして、筆者は諸々説明差し上げたくなるのをこらえた。
 井の頭にゾウがやってくることは二度とないであろう。
 それはゾウそのものの予算のためではない。すでにゾウは金額でどうこうできる動物ではない。
 ずっと井の頭にいたはな子はともかく、新たなゾウに暮らしてもらうには、井の頭のゾウ施設は全く不充分なのである。
 井の頭のゾウ施設は、動物園がただ単に動物が「いる」ところであれば良かった時代に作られたものだ。
 一頭が最低限歩き回れる運動場、一頭が最低限寝られる獣舎、一頭が最低限水浴びできるプール。
 ケヤキの木に囲まれていて落ち葉が手に入れられることが長所といえば長所だが、若いゾウなら好んで食べるものの、歯を失った晩年のはな子の興味を引くものではなかったかもしれない。
 それなりに元気な頃も、はな子は体を左右に振り暇そうにしていたものだ。
 とはいえ、海外から批判されていたとおりはな子をもっと良い施設に引っ越させるべきだったとは筆者はあまり考えていない。
 引っ越しのストレスに耐えられる年齢のうちにそれを行うには、はな子の一生はあまりに波乱万丈すぎたからである。
 井の頭自然文化園の皆さんははな子を生かすことに精一杯だったし、今後もゾウ施設はあくまではな子のためのものであり続けるのだ。
 現在、井の頭のゾウ施設ははな子の飼育に使われていた道具やはな子がおもちゃにしていたもの、はな子の暮らしと一生を解説するパネル等が展示された、はな子の記念館となっている。
 そして、井の頭の他の展示は、はな子が亡くなる前から、身近な生き物や小柄な生き物を中心としたものに移行している。
 都会の子供達にとっては動物の世界への最初の入り口となる施設であり、都会の大人達にとっては安らぎを与えてくれる素晴らしい公園である。これもまた、小さな動物園の新しいあり方といえる。
 国内のアジアゾウが我々日本人にとっての貴重な財産となった今、アジアゾウには満足な暮らしを送ってもらわなくてはならない。
 井の頭でもそうした努力は行われていたし、国内のどの動物園もそうだが、やはり施設ごと優れたものとするのが根本的な対策だ。
 そこで、生き物が暮らしやすくなる工夫に贈られる「エンリッチメント大賞」を受賞した、天王寺動物園のゾウ放飼場を見てみよう。

・こんにちのアジアゾウ(※本稿執筆から動物園レポ合同の刊行までの期間に天王寺動物園のアジアゾウ・ラニー博子さんは逝去され、現在天王寺動物園でアジアゾウの展示は行われておりません。)
 天王寺動物園のアジアゾウ放飼場は、二千四年のエンリッチメント大賞・飼育施設部門大賞を受賞している。
 こここそ、日本国内で最もけものフレンズ二話に近いアジアゾウ体験ができる施設であるといえる。
 再び二千十六年の、今度は六月のことである。
 小雨の降る中、筆者は天王寺動物園のアジアゾウ施設「チャーン・ヤイ山」に、バードケージ側の大きな出入り口からではなく園内大通り側の狭い入り口から接近していた。
 濃密な緑に覆われタイ語の看板が立ったこちらから入ることで、この施設の魅力がフルに味わえるのだ。
 常緑樹や竹、つまり温暖な地方で優勢な植物が周囲を覆う。
 木の幹を見ればゾウが背中をこすった痕、頭上には獲物を狙うニシキヘビの模型……、ゾウのいるジャングルが徹底的に作り込まれている。
 人の手が入った道に出て視界が開け、屋根のある小屋が見える。
 小屋の壁にはスリットがあり、開けた土地が見える。
 メスのアジアゾウ、ラニー博子が、ちょうど正面を歩いていた。
 ラニーのなわばりはほぼ砂地だが、縁沿いに倒木が転がり、草が生えている。この草はラニーにとってはつまみ食いのバイキングに他ならない。
 しかしこのときラニーは、小屋の前から離れる方向へ真っ直ぐ歩いて行った。そして最も観察しやすい位置にある、池のそばに到達した。
 青草を持った職員が所定の位置に現れる時間を察していたのだ。
 観察デッキでは岸に立つラニーと向かい合う形になる。ラニーは岸に盛られた青草を食べながら、職員により足の裏などの点検を受けた。
 職員が去ってからしばらくして青草を食べ終わると、ラニーは辺りの草もつまんだが、やがて鼻を水面に向け始めた。
 水を飲むのだと筆者は思ったが、ラニーは鼻を水中に突っ込み、左右に大きくかき回して大きな波を立てた。
 筆者としてはこれで充分ではあった。ゾウが緑と雨の中で自由に何かに打ち込んでいる姿を見られたことは、間違いなく幸運であった。
 しかし、その後に起こったことはまさに望外の興奮をもたらした。
 ラニーは鼻から池の中へ踏み出し、ますます水面を揺らした。
 そして、全身をすっかり水に沈めてしまったのだ。それも、筆者の手の届きそうなすぐ近くでである。
 重力から解放されたラニーはとても軽やかに動き回った。あの巨大なアジアゾウとは信じられないほどだ。
 さらに岸辺に生えた木の枝をつまみ始めた。水浴びだけでなくこちらもお目当てだったようだ。
 大きく伸びあがって枝先から葉をむしる動作や目つきは、筆者がそれまで、そしてその後も全く見たことがないほど活き活きとしていた。
 ラニーは木からそれほどたくさんの葉を取らず、近くを這うつるを見たかと思うと、筆者のいるほうに近い岸まで泳いで笹などを調べた。
 ラニーの鼻は次第に筆者に近い植物を探っていく。
 そして、筆者のすぐ前にある木に狙いを定めた。
 すぐそこに筆者がいることなどラニーは気にも留めず、ラニーはこちら側に鼻を伸ばし、その先端の突起で柔らかい若葉をつまんだ。
 ほんの十メートル前の水面から一抱えもあるゾウの頭が出て、丸太のような鼻がこちらに向いているのである。そこが動物園で、通天閣やあべのハルカスのある町だなどと、どうして覚えていられるだろうか。
 ラニーはその木から取れる若葉はもう取ってしまったようで、水から上がって陸から届く植物を探るほうに切り替えていった。
 このときは、天王寺動物園のゾウ施設の理念である「ランドスケープ・イマージョン」を活かした季節・天候・タイミングで観察できた。
 ランドスケープ・イマージョンとは、動物の飼育展示空間をその動物の生息環境そのもののように作り込む飼育展示手法である。動物には自然と同じ行動を取らせることができ、来園者にも自然と同じ臨場感にあふれる体験をさせることができるものとされている。
 米国の大型動物園ではランドスケープ・イマージョンが主流となっているが、国内ではそれほど普及していない。天王寺動物園以外には、八木山動物園のアフリカゾーン、埼玉県こども動物自然公園のシカとカモシカの谷(もはや「本物」の生息地である)、ズーラシアのチンパンジー施設、のんほいパークのアフリカゾーン等がある。
 天王寺動物園のアジアゾウ施設は国内のランドスケープ・イマージョンの中では展示設備としてだけではなく飼育環境としても優れている。食物探しや水浴び、また前述の観察では見られなかったが砂浴びや遊びなどゾウが自由に行動を選択できる充実した飼育施設である。
 是非暖かい季節の、できれば雨の日に訪れてみてほしい。前述のとおり野生さながらの姿が見られることだろう。
 ただし、ここまで充実した施設でも、実は足りないものがある。
 群れの仲間である。
 アジアゾウのメスは野生では群れで生活していて、飼育下でも他の個体との関わりの中で生きていくことで充分な刺激のある社会生活を営むことができると考えられている。前節で井の頭のゾウ施設が新たなゾウを入れるのに不充分だと説明したのも、複数のアジアゾウを飼育できる余裕がないという理由が大きい。
 元々天王寺動物園のゾウ施設でももう一頭メスのアジアゾウがいたものの死亡してしまい、現在はラニー一頭で暮らしている。ラニー自身も高齢であり、複数の若いゾウが何らかの理由で入ることがない限り、あまり先のある展示とはいえないかもしれない。
 さて、この施設では臨場感のある中でアジアゾウが活き活きと暮らしているが、良い環境を実現するのにランドスケープ・イマージョンが絶対に必要というわけではない。というより、ランドスケープ・イマージョンは施設の内外を完璧に作り込むことを理想とする「大技」なので、園自体の方針と勝算がない限りおいそれと採用できるものではない。
 そこで全体を自然に近付けるのではなく、人工的な物あるいは本来の生息環境とは異なる自然を利用しても、動物の需要を直接満たすことを目指すのが「機能主義的生体展示」である。旭山動物園を発信源として全国の動物園にこの手法が普及している。
 多摩動物公園では、どちらかというと機能主義的な設計で、繁殖を前提とした大規模な施設の建設が進められている。次節ではそちらを見ることで今後のアジアゾウ飼育について考えたい。

・あすのアジアゾウ
 多摩動物公園の新アジアゾウ施設は二千二十年春完成を目指して建設中だが、その様子を園内地図や広報でも知ることができる。
 地図上で工事中となっている範囲は広大なアジアエリアの中心の大きな部分を占め、他の動物の施設よりはるかに大きい。ゾウが広い範囲を群れで行動することを念頭に置いている。
 完成予想図を見ると、やはりゾウに対して施設がとても大きい。
 地面はコンクリートではなく砂が敷かれている。管理の手間は増すが、ゾウの足の負担を減らすために有効である。またゾウ自身が遊びや肌のケアに砂を使うことも想定されている。
 手前側に大きな水浴び場があるのも目を引く。複数のゾウが同時に水を浴びたくなっても対応できるよう広さが確保されている。
 また前節のとおり水はゾウのような大型動物の動きをよく引き出すからか、水浴び場の周りは野生の環境のように緑が多くなっている。森の中の池で野生のゾウが自由に水を浴びているような光景が見られるかもしれない。
 左奥には柵で分けられた部分がある。マスト(発情期)に入って乱暴になったオスと他の個体を引き離すこのような設備は、繁殖のためにも重要とされている。
 ぶら下がった丸太、日除け、砂山、他にも何かこまごまとした設備が運動場に散在している。ゾウに多彩な行動を取らせ、ゾウの需要を満たす様々な設備を設置する予定のようだ。
 左最奥と右奥、特に右奥にはかなり大型の屋内設備がある。右奥のほうは屋上が広場になっているが、充分な大きさを取るために来園者のためのスペースも活用したようだ。
 欧米の本当に充実した施設ほどではないものの、完成すれば国内屈指の飼育環境となるだろう。
 この施設で暮らすことになるのは若いカップルのアマラとヴィドゥラ、そして現在国内最高齢のアジアゾウであるアヌーラの三頭だ。
 アヌーラは、すでに完成した屋内施設への引っ越しが済んでいる。
 前々節で触れたとおり高齢のゾウが施設を移動するのは負担が大きいため、健康なうちに、より環境の良い新施設に移されたのだ。
 その甲斐あってアヌーラは新施設の環境にもよく慣れているという。
 アヌーラの様子は広報や、園内のモニターで確認することができる。早めに引っ越させることが健康のためだとされるとおり、屋内施設の中は充実した環境のようだ。
 床には厚く砂が敷かれ、砂山もある。柱はアヌーラが触れても違和感を覚えないようにか木に似せられている。天井からタイヤがぶら下がり、天窓から日光が注いでいる。
 若い二頭も、園内での引っ越しのために輸送箱に入る練習を進めている。まだ十代の二頭が完成した施設に引っ越せば繁殖もありうる。
 国内でのアジアゾウの繁殖はかなり厳しい状況にある。今後も国内でアジアゾウと出会えるよう、我々来園者もゾウをいたわる新しい施設を評価していく必要があるだろう。
 動物が「いる」のを見るだけではなく、動物がどのように「暮らしている」のかにも注意し、奥行きのある観察を行っていただければと願う。


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