文言三題噺『攻防の筆』

えー…もうすっかり夏ですな、暦上はまだ春なんでしょうけど。
まだ五月の中頃だってのに日差しは強いわ気温も高いわ、だからって涼しめの服で出かけようものなら夜は寒いってんでねぇ…私なんか汗っかきでおなか弱いもんだから何を着たらいいんだかわからなくて参ってますよ。
みなさんどうしてます?上手いことやってます?あ、そう…
しっかしまぁ季節がいくら変わろうと、それこそ雨だろうと雷だろうと時間ってのは待ってくれないもんですねぇ、ええ。ねぇ?あんなに令和まであと何日!あと何日!ってはしゃいでたのにもう令和になって二十日近いってんですから驚きですよホントに。

ドンドンドン『おい、いるかい?おい?いるんだろ?』
「あのねぇ…昔の時代じゃないんだからインターホンくらい…」
『よしやっぱりいたな、さぁ原稿出せ。』
「なんだ盛さんか…あとちょっとまってて」
『お前この前もそういって一週間も延ばしたじゃねぇか、今日という日はこの場で貰っていくからな。上がらせてもらうよ。』
「あーあー勝手に入って…靴ぐらい揃えていってよもう…」
『うわぁ…なんだこのカーペット…踏み心地も悪けりゃなんだか油くせぇ…ちゃんと掃除してんのか?』
「ごめんそれかっぱえびせんの空き袋」
『踏んじまったじゃねぇか馬鹿野郎!片付けとけ!ったく…』
「で、今回はなんの用?」
『あのな?さっき原稿って言ったろ?それ以外に何があるんだお前』
「いやてっきり遊びに来たのかと…」
『誰がこんなゴミ屋敷に遊びに来るんだ馬鹿が!』
「ゴミ屋敷じゃないよ…奇抜なインテリアだよ…」
『いい訳はいい!それよりはやく原稿だよ!』
「原稿…ってどれだっけ?」
『… 全部だよ…』
「え?どれ?」
『全部だって言ってるだろ?平成まとめ分と、今夏の分と、増刊号分。あとチラシの推薦文だよ!』
「これ増刊号分ね。…推薦文僕じゃなきゃダメ?」
『当たり前だろ?先方がお前を気に入って指名したんだから、うだうだいってねぇでザっと書いてくれよ。』
「じゃあコレ…」
『ああ…まぁ無難なとこだし大丈夫だろ。残りは…平成と今夏のだな、ほら出せ。』
「…どっちも終わってない。」
『…あのな、今夏はまだいいとして平成のが終わってないはないだろ。』
「いや、文は書いたんだけど…肝心のタイトルが思い出せないんだよ…」
『じゃあそこさえ埋めれば完成だな。で、今夏のほうは?』
「まったく手を付けてない」
『ぶっ飛ばされたいかお前…』
「あー…なんだったっけタイトル…ここまででてるんだけどな…」
『どんな内容の作品だったんだ?』
「大学の教授が主人公でな、かなりスゴイ研究をしていたんだけど大学側から研究費を打ち切られてしまったんだよ。」
『ふ~ん…で?』
「そんなことがあって頭を悩ます中、主人公…ピエトロっていうんだけど彼はとんでもないものと出逢ってしまうんだ!」
『なんだ?悪魔か?それとも宇宙人?』
「薬物だよ。」
『…あー、ひょっとして腹痛治したりするほうじゃないやつ?』
「じゃないやつ。」
『自分の勘の良さが恨めしくなるぜ…一応言っとくがウチは手広くやってるとはいえお子様も読める映画雑誌だからな?それをお前…』
「でな、彼はあることを思いつくんだ。」
『ドラッグ撲滅!』
「合法ドラッグ作成さ。」
『合法…ビオフェルミン的な?』
「いや?バッチリキマるやつだけど!」
『チクショウ!!』
「そして彼はドラッグの作成と販売をするために、自分と同じく教授でありながら不遇な立場にいるやつらを仲間にして一儲けするワケさ。」
『ほーん、で?それだけ?』
「いやいや、事はそう上手くはいかない。そうやってドラッグで儲けているうちにマフィアから目をつけられてしまうのさ。コイツが悪人面でね…それにトラブルも起きたりして…」
『ほほぅ?』
「はたしてピエトロ一味はどうなるのか?!…ってのが第一部よ。」
『はぁ…なるほどねぇ…って、第一部?』
「そう!!これがこの映画の面白いところでね、この映画は三部構成になっているんだよ!!もちろんひとつひとつ…といっても最終作は別だけど前の二つはそれ一本でも楽しめるしなにより一作目二作目の伏線が奇麗に最終作で回収されたあの瞬間が気持ちいいのなんの…まぁ二作目は三作目ありきで制作したから伏線は割とわかりやすいんだけど一作目は単体作品として作っていたからなおさら「そこが伏線だったのか!!」ってなってねぇ!!それに各教授たちのキャラクターも立っていてねぇきっと10人観たら10人が別の教授を推すだろうねぇ…まぁ僕はなんといってもバルトロメオ推しなんだけど…いや、他の教授もいいよ?でも彼のいい具合の2.5枚目感というか…タバコを吸う際の色気というか…なんともグッとくるキャラクターなんだよねぇ!!他にもねぇ…チョコチョコっとしたネタだったり三部作全部全体的な作りが変わっていて観る人を飽きさせないところとか…」
『わかったわかった…早口でその情報量は胸焼けする…で、肝心のタイトルは思い出したのか?』
「う~ん…まだでてこない…」
『何故…あの熱量でなぜでてこない…脳が焼き切れたかおぬし…』
「そもそもなんで僕が書かなきゃならないの、毎回締め切り伸ばすし、クビにすればいいじゃない。」
『そらクビにしたのは山々だよ?締め切りを守ったことは一度もないからな…でもお前の文のファンがウチの売り上げの大半を握ってるからそう切れないんだよ。』
「ウッソだぁ…」
『現にお前が休載すると売り上げがこれしか出ないんだよ』
「なにこっちに向かってピースして…売れてるってこと?」
『違うわ!ほら…暗に何部売れてるかを表すアレだよ…』
「ああ…2万部?」
『いや、2ページ。』
「2ページ!?もはやどうやって売ってんのソレ!?」
『とにかくさぁ…書いてくれなくちゃ困るんだよ…な?』
「わかったよ…でも題名思い出せないから、先に夏のやつね。」
『はいはいデミ先生ご協力いたしますよハイ』
「数分前にあんな怒鳴ってた人とは思えないな…でもなぁ…まだ観ていない作品は書けないんだよなぁ…」
『いやいやそこは先生、こう読者を劇場に足を運ばせるようなコメントをちょちょ~っと書いていただければハイ、もうそれだけでじゅ~~~ぶんでございまして…』
そう聞くと「先生」と呼ばれる男は15本ほど映画のタイトルを書きあげた後、隅にちょこっと文字を書いてはそれをポイと宙に放り投げてしまった。
『先生…これは?』
「言われた通り、夏に僕が観る映画のリストとコメントだよ。ちゃんと書いただろ?」
『書いたといわれましても…「劇場でお会いしましょう」とはこれ如何に…』
「雑誌の読者に足を運ばせればいいんだろ?それに聞くところによるとその大半は僕のファンらしい。だったらそう書くのが一番効果が高いと思ってね。」
『この野郎調子に乗らせておけば…』
「おっと?今季も売り上げ2ページにするか?」
『うう…わかったよ…ほら、今回の原稿料だ。』
「ほっほう…これでまた映画に…ってコレ、なんか少なくない?」
『そりゃああんだけいろんなもんせき止めて締め切り伸ばしといて、給料もらえるだけいいだろうよ』
「…あっ!![いつだってやめられる]!!」
『おっ、やっとタイトル思い出したか!!』


「まさか、これで賃上げ交渉に行くんだよ。」

お後がよろしいようで。