見出し画像

私が芸人になる理由

私が芸人を志した理由は
自分が「つまらない人間」だからだ。

「つまらない人間」であることは
数多あるコンプレックスの中で
最も強く、最も深く刻まれている。

私は、心底、面白くなりたい。


私は、よく「ゲラ」だと言われる。

確かに、人より笑いやすい体質だが
「ゲラ」である要因はそれでだけではない。

では、その要因はなにか。

それは
自分が面白いと思った人に
常にひっついていること
だ。


私は、小学生の頃から
憧れの対象が「面白い人」だった。

そして
常に面白いヤツの隣にいることを心がけ
一瞬たりとも笑い逃さないようにしていた。

これを端から見たら
「あいつはいつも笑っている=ゲラだ」
ということになるのだろう。


しかし、中学に上がると
憧れと同時に嫉妬心が芽生えるようになった。

憧れとは
「自分にはないものを持つ人」へ向けられる感情
だということに気付いてしまったのだ。

「俺は面白い人に憧れている」
=「俺は面白い人ではない」
「俺はつまらない人間」

これに気付いてしまったときの絶望感たるや。

「なんであいつは
あんなことを思いつくのに
俺は思いつかないんだ」

「なんで俺は
こんなに個性のない
普通の人間なんだ」

と、劣等感に苛まれた。

ただ
完全に嫉妬に乗っ取られたわけではなかった。

嫉妬しつつも
憧れを持って面白いヤツの隣に居続けた。

それは高校に入ってからも変わらず
私の体内では
憧れ嫉妬が同じくらいの熱量で
ぶつかり合っていた。


そんな熱量を持て余していたある日、ふと

「そういえば
俺って面白い人を見てるだけだな」

「自分には無理だって決めつけてるけど
面白くなるために何かしたことないよな」

と思った。

そして、高3の10月、
はじめてネタを書いてみることにした。

しかし
いざノートを開き
ペンを握ってみると
なにも浮かばない。

「いや、やっぱり才能ないのかよ!」

と開き直って
ツッコミを入れたくなっちゃうくらい
何も浮かばなかった。


そこで、まずは
好きな芸人のネタを
書き起こしてみることにした。


すると

「ちゃんと起承転結があるんだなぁ」

「ただただ渾身の大喜利を
詰め合わせただけじゃダメなんだなぁ」

「セリフは登場人物の人間性を踏まえて
作らないといけないんだなぁ」

という
ぼんやりした気づきがたくさんあった。

そして、その気づきをもとに
オリジナルのネタを作ってみて
また書き起こして
また作ってみて
というのを繰り返した。

すると、少しずつではあるが
面白いと思うことを
ノートの上で表現できるようになっていった。

本当に、本当に、本当に少しずつだったが
その少しずつの成長を
実感するのが嬉しかった。

私自身は面白くないけど
「ゲラ」なのだから
「何かを面白がる能力」はある。

この能力さえあれば
私も「面白い」の作り手になれるかも
と興奮した。


大学生になってからも
勉強そっちのけでネタを書き続けた。


そして
大学2年生の秋
はじめてライブに出た。

相方は
「お笑い相方募集掲示板」
で知り合った人だった。

ライブ会場は
なんだか薄暗くて
お客さんは10人もいなかった。

既にライブに出たことがあった相方は
「これでも多い方ですよ」
と言っていた。

受付をしにいくと、夜なのに

「おはようございます」

と言われた。

芸能界では、時間に関係なく
「おはようございます」らしい。

私は

「おはようございます」

と返しながら
憧れの業界に片足を
突っ込んでいることに気付き興奮した。

自分たちのコンビ名が呼ばれ
舞台に上がり、配置についた。

与えられたネタ尺は2分で
私が書いたコントをやった。

準備が出来ると出囃子が止まり
スポットライトが自分たちに浴びせられた。

心臓が飛び出しそうなほど、緊張した。

ただ、スポットライトが眩しく
お客さんの表情が見えなかったので
少し気だけ気が楽になった。

そして、緊張しながらも
練習した成果は出せた。

しかし、ほとんどウケなかった。

芸人の下積み時代のエピソードで
「スベり過ぎて、逆に音がした」
という自虐話をよく聞くが
まさにそれだった。

その空間に響くのは
私の声と、相方の声と、空調の音だけ。

たった2分間で
この道で飯を食うことの難しさを痛感した。

しかし
1カ所だけ、1人だけ
笑ってくれたところがあった。

そこは、ネタの設定が明かされる部分だった。

つまり、そのネタの軸であり
私が1番面白がって欲しいと思っていた部分

私の「センス」を晒す部分。

私の「面白がり」が伝わったことが
嬉しくて仕方なかった。

その数秒間だけ
コンプレックスから解放された気がした。

たった1人だったけど
あの女性の笑い声は忘れられない。


そのライブ以前は

「とりあえず養成所は行ってみよう」

くらいの気持ちだったが

その日、明確に

「お笑いで飯を食う」

と決めた。


スベり倒した悔しさと
笑ってもらえた嬉しさが
その後の私の原動力となっている。


ネタを書きはじめてから
3年半が経ち、今では
手探りで見つけた「物事の面白がり方」
なんとなく自分に定着してきた。


ただ、やっぱり
私は「つまらない人間」だ。

「面白がる」ことが出来るようになっても
やっぱり、私自身はつまらない

私はもうすぐ
憧れの世界に入って行くことになる。

そして、相変わらず「面白いヤツ」の隣で
笑い逃さないように
神経を張り巡らせるのだろう。

多分、今後も
「面白いヤツ」
に対して
抱いた嫉妬に蝕まれながら
「面白いヤツ」憧れ続ける。

やっぱり
私は、心底、面白くなりたい。



それでは、今日はこの辺で。

ありがとうございました。

この記事が参加している募集

自己紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?