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守るべきもの

あれからまだ、どれほども経ってない。
たった一行のラインで仰天した日から。


『今日付けで退職しました』


それは次男からだった。
しかも突然。


まさか…という驚きと
きたか…という気持ち。


老眼のせいか、細かい文字がぼやける…『退職』という二文字を確認し直した。
読み間違いではなさそうだ。


何だか定型文すぎて、息子の気持ちが拾えない。
…何度か打ち直したのかもしれないけど。

こういう時、普通あたふたするもの。
でも出勤前でそんな余裕もない。

『びっくりした!』


とりあえず、素直な気持ちをひと言。


すぐ既読がつく。

…やっぱり声を聴きたい。

出勤まであと5分ある。
ちょっと迷ったが、電話をかけてみた。

いつもと変わらない息子の声。
ぎゅっと固まった身体が、だんだんほぐれてくる。

わりとあっさりした反応。

退職手続きが終わって、この日を待っていたのか。
月の末日に連絡してきたのも、決心が固いことの表れだろう。
全てが終わってスッキリしたようにも感じる。


「このことお父さんにも連絡した?
決めるまで…キツかったやろ?」

「…ん?いや…
キツくなる前にそうした。」


娘の時とはちょっと違う。
今回はわりと冷静でいられる。

出勤前という事もあって、息子を質問攻めにしなくて済んだ。

「連絡ありがとね。近いうち家に帰っておいで!美味しいもの作るからさ。」

「…うん。気が向いたらそうする。」


就職して2年目。
息子にとっての職場は、どんな場所だったのだろう。

もう少し頑張ってみないか?と
言葉をくれた上司に特に不満はないと言う。
なるべく定時で帰れる環境だったら、それでいいと。
残業しなくても充分生活できるし。

ただそれだけの事だったのか…


仕事に対して欲がない上に
プライベートの時間はきっちり確保したいという。
世代特有の考え方なのか?

仕事の向き合い方は人それぞれ。
いったい何故その選択をしたのか…と追求しても意味がない。
こちらも親というだけで、息子の人生の舵取りをしているわけでもない。
自分で決めたんだし。


社内で表彰されるほどのチームの一員でありながら、

『評価されたのは、たまたまそのチームにいたから。ただ僕は言われた事をやっただけ。』


ちょっと冷めた息子の言葉を思い出した。


残業、残業に追われる先輩や上司を見ながら、数年後、同じ場所に居る自分が想像出来なかったのかもしれない。


月末は忙しいはずなのに
その日に限って私より先に帰宅していた夫。
玄関で靴を脱ぐや否や、息子の事を伝える。

正直、驚きを隠せなかったけど、

「元気なら大丈夫だ…」

こちらが拍子抜けするくらい静かな反応。

感情を露わにすることなく、ただ私の言うことにずっと耳を傾けた。

しんどくなる前に辞めた…というが、やはりそれなりに悩んだはず。
しんどくないわけがない。
今回の事は、お兄ちゃんではなく、
お姉ちゃんに相談したという。

転職経験のある姉にどんなアドバイスをもらったのだろう。


後日、娘に聞いてみた。

滅多に連絡のやり取りをしないので、もうこっちの心配はわかっている様子。

「アイツ辞めたって、ちゃんと言えたんやね…大丈夫だと思うよ。」

と、突き放した感じ。
しかも弟をアイツ呼ばわり。

なんてことはない。
退職するかどうかの相談をされたというより、退職代行を頼むかどうか…の相談だったらしい。

「部長に直接報告した方がいいよ!」

退職代行なんて全く…

という娘のあきれた反応に私も安心。
そこは同感だ。



それを夫に話すと

今どきだな…と言いながらも、
参ったなぁ〜というリアクション。

「守るべき人がそばにいたら、また話は違うんだろうけどなぁ。仕事を辞めれるって自由でいいな…」


退職後の今も、再任用制度を利用しながら同じ場所で働いている夫。
残業は当たり前だ。

夫からすれば、息子がちょっぴり羨ましいのだろう。


生きるため、稼ぐためと単純に考えていたけど、守るべき人がいることで働く意味も変わってくる。
社会貢献や生きがいのためという人もいるだろう。
夫の場合、守るべき人のため…というのが、今のところ一番なようだ。


たった一行のラインをもらったあの日、
しっかり食べなさいよ!と言って電話を切った。

その日の夜、息子から二度目のライン。
今度はパックに入った和牛ステーキ肉の画像のみ。

大丈夫だから!のメッセージだろう。

息子は、自分をしっかり守れている。
それで充分だ。

親として何が出来るか…と考えてしまうと感情が行ったり来たりで、アレコレ迷ってしまうが、自分がもし息子の立場だったら…と考えると、気持ちがどっしり座る。

変わらず、ここに居ることだ。
居場所はいくつあってもいい。
気持ちの休まる場所を用意しておくことが一番だと。

遠く離れて暮らす息子のところにも、この想いが届くと信じて。

そう言えば、こんな事もあったな…


この先、そんなふうに振り返れたら…と、noteに記しておいた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。





















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