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血糖管理目標値をめぐる患者さんとの対話

■はじめに

患者さんからA1c目標値について質問されたらどう答えますか?
クリニカル・イナーシャ(clinical inertia)に陥らず、患者さんとタイムリーに適切な治療強化を行っていくための対話方法について、ある事例を通して考えたいと思います。
対話の内容、患者背景は事実を損なわない程度にデフォルメしています。

■症例

症例:60代男性、会社経営
家族歴:親族にインスリン使用者が2人おられる

診断から12年目。当初はA1c6%台であったが、4年目以降から7%台。その後、A1cは徐々に上昇し、10年目にはA1c8.9%まで上昇、その後さまざまな処方変更を繰り返されたが、A1cに改善がみられず、A1c10.0%となったところで、知人の紹介で当院を初診された。

初診時、MET1000mg+DPP-4i/SGLT2i配合剤+グリメピリド0.5mgという処方へ変更し、基礎カーボカウント指導をしたところ、理解力も良好で、すみやかにA1cは6%台に改善しましたが、初診から1年半経過した現在のA1cは7.0〜7.3%となっています。

■ある日の診察室での対話

以下に、ある日の対話を示します。

Pt:最近はここにお世話になり始めた頃のようにストイックには取り組んでいません。
  これで良いのでしょうかね。
Dr:Aさんは食事を心から楽しむことができているんでしょう?
Pt:えぇ、それは。
Dr:それはとても大切なことですよね。
Pt:でも最近のA1cは7.0-7.3%ぐらいですけれど、これでイイんですかね。
Dr:Aさんは細小血管障害をまったく認めませんし、A1c7%というのは立派な管理状況と言えると思いますよ。
Dr:ただまだ60代なので、これから20年以上先のことを考えて、心臓血管病、心不全、慢性腎臓病、認知症などのリスクをもっとシビア−に評価して、6.5%未満に管理するという考え方もあるかも知れませんね。
Pt:はぁ、そうですか?
Dr:ただ、それを実現するための努力がかなりしんどい犠牲を強いるようなものであったとしたら、どうでしょうかね。そんな生活は長く続けることができませんよね。
Pt:苦笑
Dr:現時点で無理のない処方変更によって、A1c<7.0%をめざしてみましょうか?
Pt:良い方法はありますか?
Dr:今服用しているメトホルミンを1000mgから1500mgへ増量してみるという方法を提案してみたいですね。
Dr:メトホルミンは薬価が安い上、とても良い薬ですので・・・。
Pt:それじゃぁ、それでお願いします。

■ひと言コメント

ご本人から「A1c7.0-7.3%のままで良いでしょうか?」と尋ねられたことをきっかけに「その患者さんにもっとも相応しいA1c目標値はいくつか?」というテーマで議論することができました。やはり患者さん自身が自分の頭で考えるということが大切ですよね。
この方の場合、インスリン分泌能は決して潤沢ではないので、A1c7.0〜7.3%を維持することにも彼なりの努力をしておられるということは僕も十分承知していて、それ故、これ以上の負担はかけたくないという想いはありました。しかし初診時のやりとりから、彼がまだ注射療法を望んでいないことは理解していました。そこでメトホルミン増量という提案をしました。こうした対話を繰り返していくことができれば、Clinical inertia(クリニカル・イナーシャ)に陥ることなく、タイムリーに適切な治療強化を行うことができるのではないかと思っています。

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