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社会的スティグマの解決が難しい理由

最後に「スティグマを生む社会的障壁をを取り除く方法を考える市民公開シンポジウム」を紹介しています。関心のある方は最後までお読みいただけたら幸いです。

■スティグマとはなにか?

近年、盛んに使われるようになったスティグマですが、まだ一般の人たちの認知度は低いと思います。簡単に説明すると、スティグマとは、先入観や固定観念で人が望まないような特性で個人にレッテルを貼ること。社会からの誤解、偏見、差別を指します。

スティグマの分類(1)

公的スティグマ:健常者が当事者に向けるスティグマのこと。
自己スティグマ:当事者自身が、自身に向けるスティグマのこと。
構造的スティグマ:「人」の中にではなく、「環境」の中にあるスティグマ。
例えば、優生保護法、らい予防法などの法律、エレベーターのないビルなど。

スティグマの分類(2)

予期的スティグマ
まだ他者から偏見・差別を体験する前から社会から差別を受けるのではないかと心配すること。
乖離的スティグマ
多元的視点に立てない医療専門職が当事者の文化的・社会的状況を理解しようとせずに、医学的観点のみから、患者を模範的患者像から乖離しているという理由で批判すること。
社会的スティグマ
スティグマとなる属性を持った人に対する周囲の人々の否定的イメージであり、偏見や差別に繋がるもの。
自己スティグマ
スティグマとなる属性を持った個人が自分に対して持つ否定的イメージであり、否認や病気の開示困難につながるもの。

■糖尿病関連スティグマをめぐる社会の状況

2019年11月、日本糖尿病学会および日本糖尿病協会は「アドボカシー委員会」を設立し、「今後、各種調査・研究を実施し、エビデンスを集積ことにより、(社会的スティグマを取り除いていくべく)社会の意識や仕組みを 変革していきたい」と述べ(https://www.nittokyo.or.jp/modules/about/index.php?content_id=46)、2022年11月には今後2年以内に「糖尿病」という名称の変更を検討する方針を明らかにしました。しかし、このニュースに対するネットの反応は少数の肯定的コメントはあるものの、否定的コメントが溢れ、炎上しているように見えました。また「スティグマに対する考えは先生によってさまざまですね」という製薬メーカー担当者の声も聞きました。こうした現象が起こるのはなぜでしょうか?

スティグマを議論するための前提条件

私はスティグマについて議論するための前提条件として、専門家と病者の関係性についての共通認識が求められるのではないかと感じています。疾病については素人に過ぎず、その管理を専門家に委ねている患者にとって医師は絶対的な存在です。また伝統的な医学教育を受けてきた医師にとって、医師の役割とは専門性を磨き、科学的根拠に基づき、患者にとって最善の医療を提供することであり、患者の役割とは医師の指示に従うことであるという伝統的な医師−患者関係を理想と考える医師も多数いることと思います。自身の健康を委ねている医師に対して、反論できる患者さんはごく少数です。私たち医師は患者さんが病者である前に1人の「人」であり、社会的な存在であるということを忘れ、その人の健康のためによかれと思うあまり、ついつい言い過ぎてしまうことがしばしばあります。そんな失礼千万な指導に対しても、ほとんどの患者さんは反発したい想いや怒りの感情を抑え、言葉を呑み込んでいます。それはなにより病いの当事者にとって専門家は「社会的強者」であるからに他なりませんが、と同時に糖尿病という病名に付随する不摂生、怠け者、食べ過ぎといった社会的ラベリングによって傷つけられた自尊心が、当事者から反論する勇気を奪っているのかも知れません。こうした医療現場における権力構造に対して、医師は自覚的でなければならないと思います。そして、この点こそがスティグマの議論を進める上での出発点ではないかと考えています。こうした専門家ー患者間の権力構造に対する共通認識を出発点としないまま、スティグマについて議論しても意見は噛み合いません。

無意識な言動で他者にスティグマを与えてしまうメカニズム

社会心理学の立場からは「ある属性を持つ人々に対して、否定的社会的アイデンティティーをもたらす属性、言い換えると、否定的ステレオタイプを与える属性を『スティグマ』と呼ぶ」と記載されています(ステレオタイプの社会心理学、上瀬由美子著(サイエンス社))。私たちが無意識に人々をある種のカテゴリーに分類して、その集団が共通して持っていると信じている特徴のことを「ステレオタイプ」と言います。そして重要なことは、スティグマというのは具体的な1人の「個人」に貼られるのではなく、糖尿病とか、高齢者とか、障害者とか、LGBTなど集団を定義する「カテゴリー」に対して貼られるということです。しかも、厄介なことにステレオタイプには自動活性化という維持メカニズムが作用して、意識的にそれを抑制しようとしない限り、容易に他者をステレオタイプ化してしまうということです。私たちが否定的ステレオタイプ化によって、無意識な言動で他者にスティグマを与えてしまう理由はここにあります。

■社会的スティグマを生む社会的障壁を取り除く方法を考える市民公開シンポジウム

以上、スティグマについての私の考えを述べてきましたが、きっと異なった視点からスティグマについて解説しておられる専門家も多数いらっしゃると思います。「糖尿病」の改名報道に対する社会の反応やスティグマに対する考え方が医療専門職間でかなり異なっている現実をみても分かる通り、社会的スティグマを取り除いていくことは容易ではありません。

私は社会的スティグマの問題を考えるとき、私たちが可能な限り、当事者の視点に立とうと努力することが重要であると考えています。そこで、昨年に引き続き、様々な専門家と当事者をパネリストとして迎えて、「スティグマを生む社会的障壁を取り除く方法を考える市民公開シンポジウム」を予定しました。今回は「自己責任」という言葉に注目しました。そして「『自己責任』という社会的圧力に抗う方法を考える」というテーマで開催することにしました。主な対象を医療専門職と考えて企画しましたが、スティグマに関心のある当事者や一般の方々も歓迎しますので、多くの方のご参加をお待ちしています。

以下がシンポジウムの紹介ページです。
https://ssb45.peatix.com/view





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