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ジュリーになれなかった男

壁ぎわに寝がえりうって
背中できいている
やっぱりお前は出て行くんだな
 
悪いことばかりじゃないと
想い出かき集め
鞄につめこむ気配がしてる
 
行ったきりなら……。


 
「ない!」
「え?」
「一番の思い出が、ないのよ。」
「一番の思い出って?」

 
「小さな、小さなオルゴールよ。」
「ああ、俺がいちばん最初にプレゼントした……。」
「そうよ。あれがないと、出ていけないわ。」


 
男は考える。これは、オルゴールがないから、出て行かない――。
そういう小芝居だろうか。


 
「オレも一緒に探すよ。」
「うん。」
 


ふたりは、深夜に小さなオルゴールを探し始めた。
「引き出しの中にはないなー。」
「納戸の中にもないのよ。」


 
「意外に、冷蔵庫の中とか?」
「もう、見たわ。」
 


なんだか、全然ハードボイルドじゃないな、と男は思い始める。



「あ!」
男が、大きな声を出す。
 
「何? 何なの?」

「車のダッシュボードの中だ。ドライブに行くと、必ずあの小さなオルゴールを聴いたじゃないか。」


 
「ああ、そうだったわね!」
女は小走りに車に向かう。


 
「あったわ。『エリーゼのために』。わたし大好きだったのよね。」
「そうだよな。お前はいつも目をつぶって聴きいって……。」
 

「そこまで。わたし、出ていくから。」


女がぴしゃりと言った。
 


男は、壁際で寝たふりを始めた。なんともわざとらしい。
全然カッコつけられてない。

 

「今まで、ありがと、ね。」


女が男の耳元でささやく。



 
玄関で、靴を履いている音がする。
男は、あふれる涙を抑えながら。小さな声で言った。
 

行ったきりならしあわせになるがいい
戻る気になりゃいつでもおいでよ


 
女が荷物を外に出しながら、小さな声で言った。

「働かない男のところに戻ることは、ないわ。」
 

 
そして、ドアはバタンと閉まった。
 
 

バーボンのボトルを抱いて
夜ふけの窓に立つ
お前がふらふら行くのが見える
 
さよならというのもなぜか
しらけた感じだし
あばよとサラリと送ってみるか


 
 
オレ、全然、ジュリーみたいにカッコよくないな。
男が独り言を言う。
 

別にふざけて困らせたわけじゃない
愛というのに照れてただけだよ


 
――愛していたんだよ。ホントに。
 

夜というのに派手なレコードかけて
朝までふざけようワンマンショーで


 
そうさ。これがオレにできる、
お前のための最後のショーさ。 

アアア アアア アアア アア~!


 

「ちょっと沢田さん! 夜中にうるさいって苦情がいっぱい来てるんですよ! 音、大きすぎですよ!」

 

「あ、大家さん、すみません。」



……オレにハードボイルドなんて、無理な話だったんだな。
仕事、探すか。
 
引用;沢田研二「勝手にしやがれ」作詞:阿久悠 作曲:大野克夫
 

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