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ショートショートにチャレンジ! 題名「大物育成計画」主役 しらかわ れな

 静寂を破る放屁の音が部屋中に響き渡った。

「ほんっとうに、パパにはきんちょうかんってものがないのね。ママがこんなにがんばっているっていうのに!」

 テレビを見つめつつ、プンスカ怒る、れなが言う。

 そう、以前失敗したわたしの代わりに、今、最も危うく、恐ろしく、そこはかとなく歩いているのは、わたしの妻なのだ。
 地上150mの、ロープの上を。

 カナダの渓谷からの中継だ。放屁などしている場合ではない。

「頑張れ、ママ。あと、ちょっと。あ、パパ、くっさーい!」

手に汗を握る静けさの中、むすめだけが妻を応援し、また、わたしの放屁にもリアクションしてくれている。
「むすめは、すでに大物だ。それにくらべて俺は……」

 先月のこと。
「千鳥のここが渡れたら100万円」というテレビ番組に出て、綱渡りにチャレンジした。東京ドームシティのアトラクションに渡された綱は、地上15mほど。しかも、命綱付きだ。

 妻とむすめが応援してくれているというのに、一歩、そして二歩目で、わたしのからだは、宙を舞った。だって、命綱付きなのだから。

「絵にならないからボツ」
と言われ、スゴスゴと帰ろうとしたとき、スタッフに食ってかかったのが、妻だった。

「夫が何歩で落ちても、テレビに映らなくても別にいいが、むすめを大物にするために、このオチは我が家の教育的によくない!」

 と言い出し、自ら、カナダの綱渡りに志願した。もちろん命綱はない。
ああ、俺にはできない! 妻もむすめも、十分、大物だよ……。

「やった! やったあ! ママ、すごい!」

 テレビを見る。画面には、100mの長さの綱を渡りきった、満面の笑みの妻の姿があった。

息は上がり、汗だくながら、即、テレビのインタビューを受けている。

「ええ、やっぱり、親としてこのくらいのことは、むすめに見せたいと。ええ、やっぱり、むすめには大物になってほしいですから。」

 妻……いや、ママ。なぜ、そんなにれなを、大物にしたいんだ。そもそも、大物ってなんだ? ママがそんなすごいことをしなくても、れなは十分、大物の階段を登っているよ……。

 ふと、れなのほうを見た。テレビの前で腕組みをして、仁王立ちをしている。そして一言。

「うん、ママ。よく言った!」

 よく言った? よくやった、じゃなくて?
そのときだった。テレビで喋る妻に、異変が起きた。

「ぶう~」

放屁だ。顔がみるみると真っ赤に……。ああ、いつもの、ママだ。

 再度、れなを見る。

「ぷう」

 れなは仁王立ちのまま、眉ひとつ動かさずに、放屁した。大物だ。大物にしか見えない。
 その場をごまかすように、こんなことを聞いてみた。

「ねえ、れな。れなは、大きくなったら、何になりたいの?」

腕組みをして、仁王立ちしたれなが、テレビを見つめたまま言った。

「え? およめさん。2くみの、りくとくんとけっこんするの。」

 そうかー。
 きっと、ママよりもすごい、大物なおよめさんになれるよ。りくとくんは……しあわせものだなあ。

https://note.com/tendo543/n/na90336078195


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