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永久欠番のあなたへ

妻は、夫の大好きな料理をテーブルいっぱいに並べる。もちろん、ビールはキンキンに冷えている。

「あなたの好きな、サッポロよ♡」

テレビでは、夫のことが何度も放送されている。

「まさか、まさかだよなあ……。」
「こんなことって、あるのねえ……。」
「背番号158番の、あなたがねえ――。」


そうなのだ。

今日は、横浜DeNAベイスターズとソフトバンクホークスの、日本シリーズ最終戦。勝った方が、日本一だ。
しかし……。

ベイスターズのエース、ピッチャー東が、打たれまくる。
気づけば、0対23点だ。

しょんぼりと、下を向きながら帰ってくる東を見て、三浦監督が言う。

「これはいかん。ちょっと早いが、ラッキーボーイの投入だな。」



ラッキーボーイ。

三浦監督は、その日の朝の占いにすべて当てはまる選手を、毎回、ラッキーボーイとして選手登録していた。

「ラッキーなアイテムは?」
「つまようじです。」
「ラッキーな場所は?」
「駅のガード下です。」
「今日のスイーツは?」
「いちご大福です。」
「今日のついている度は?」
「百億万点です」
「よし、来い。今日の試合に出てもらうぞ。」
「は、はいーーー?」

そしていよいよ、ラッキーボーイが投入される。

ノーアウト満塁。おぜん立ては万全である。

「ガッと来たら、バッと打てばいいから。そして振り切るんだ!」



三浦監督の説明を理解し、打席に立って、第一球目を満塁ホームラン! 

味方も勢いづいてきた。3回には牧が、5回には宮崎や、7回には佐野が、そして8回にはまたラッキーボーイが満塁ホームランを打った。

4点×5=20点。


「ソフトバンクの背中が見えてきたそー!」


と内野席から聞こえる。
ああ。これは本当のことなのだろうか。

「こんな大味な野球でいいんだろうか……。」
「こんなマンガみたいな展開ってありなんだろうか。」
「ラッキーボーイと言っても、しょせんは背番号三けただし……。」


レギュラーのみんなが、疑問を持ち始めたとき、ラッキーボーイが言った。

「いいんです。勝てば、日本一なんですから。」


そうだ! 日本一なんだ! チームのみんながわっと盛り上がる。

そして、9回裏、ベイスターズの攻撃。
サヨナラのチャンスだ。そこで、ソフトバンク側がざわめき始める。

「いち、にい、さん……、どう数えても、四人目が、四人目があのラッキーボーイですう!」

「なんだ! たかが満塁ホームランを2回打ったくらいで、なんだ! 満塁ホームランを1試合で3回打つ確率は、フェルマー両手の法則によると、0.0001%なんだっ!」


監督はとうとう、よくわからない法則に頼り始めた。


ふふふ。もっと早く、朝の占いに気づいていればよかったものを……。
三浦監督が、にやりと笑う。



選手は軽快ににヒット、ヒットで塁を埋めていった。満塁である。

「23対20なんだよな。」


つまり、満塁ホームランを打たなくてはいけない! 絶対打つ! サヨナラで勝利して、三浦監督を胴上げだ!


ラッキーボーイは、初めて少し固くなった。
すると、後ろから誰かが言う。

「大丈夫、大丈夫、3ケタのお前に期待なんてしてないさ。まだ1アウト。お前がダメなら、オレが打って、終わらせてやるから!」


わ~牧選手だ。
テレビで見たことの方が、多いってくらいの四番だ。
そうか。最後は牧選手に花を持たせるんだ! 

よしこい! ああ~いい球! ガッときた。バッと打つ。あああ振り切っちゃった~。

「満塁サヨナラ逆転ホームラーン! ゲームセット!」


なんと、背番号158番、つまり3ケタの男が。満塁ホームランを3回も打って、チームを勝利に導いた。のちに、ギネスにも載ることとなる。

「背番号158は、永久欠番だな。」


占いが当たってご満悦の三浦監督は、ヘンなことを言いだした。
しかし、南場智子オーナーが、

「それは、いいアイディアね!」


と、快諾してしまった。
こうして、普通なら日本シリーズに出るわけがない3ケタ選手の背番号が、永久欠番となったのである。

「も~、あなたったらすごうい! レギュラーとる前に永久欠番作っちゃうなんて~。」


「はは……。ホントは二けたの背番号がほしいだけどね。」


「いいえ!東でも石田でも上茶谷でも、なかなか永久欠番は取れないわよーだ。」


「うん、そうだね。ただ、ぼくはショートなんだけどね。」


「そんなのどうでもいいのよ、ん~ちゅ♡」
「じゃ、お返しに、ん~ちゅ♡」


ラッキーボーイは、家庭でも幸せな夜を過ごすことができた。



 その後、ラッキーボーイは三けた背番号から這い上がることができず、3年でベイスターズをやめた。

しかし、自宅を改装して作ったベイスターズ酒場は繁盛し、日本シリーズの季節になると、試合のとき以外はすべて、ラッキーボーイが勝利に導いたあのときの日本シリーズの映像を流しているという。


成績が悪かった年には、ベイスターズの選手がお忍びでやってきて、あのときを思い出し、かつての栄光に涙している。
そんなときは、気づかないふりをしてあげる、ラッキーボーイなのだった。


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