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映画『前科者』〜あなたも私も、人間であることを忘れてはならない〜


映画『前科者』を鑑賞。

○受刑者を取り巻く問題と「保護司」

以前『すばらしき世界』のレビューでも書いたように、私は大学で出所者問題について学んでいた。

その時は高齢受刑者の再犯率の高さについての考察が主で、府中刑務所を見学した際も、高齢者や外国人が目立っていたように記憶している。

身寄りや収入がない出所者の世話や法的代行業務を行う成年後見人のことは知っていたが、この映画に登場する「保護司」については、恥ずかしながら無知だった。

保護司は、犯罪や非行に陥る人の更生を任務とする非常勤の国家公務員だが、驚いたことに民間のボランティアであり、報酬は一切出ないのだという。

映画の主人公である阿川佳代は20代の新米保護司で、普段はコンビニのアルバイトで生計を立てている。かつて父と暮らした質素な和風の一軒家に1人慎ましく暮らしながら、その自宅にて保護観察中の出所者と月2回程度の面談を行い、更生に寄り添っていく。



○想像を絶する人生がある

この作品に出てくる元受刑者は、比較的若年層が多い。
"更生に寄り添う"といっても、もちろん一筋縄ではいかない。せっかく就職先を紹介しても人間関係が上手くいかず、諦めてしまう人も多い。親が身元引受人になってくれず、家族の愛を感じたことのない天涯孤独の身もいる。

一体どんな環境で生きてきたか。
生きることすら精一杯だった。
優しくされたことなんて一度もなかった。
頼れる人もいなかった。
これ以上耐えられなかった。

彼らの闇が暴かれるたび、自分の人生で触れたこともない壮絶な運命に目の前が真っ暗になる。

犯罪はいけないことだ。
どんな理由があるにせよ人は殺してはいけない。
真面目に真摯に生きなければいけない。

そんなことは分かっている。

でも正論で彼らが救えるのか。
彼らは、人間として生きることすら許されないような極限状態にいた。人間に戻れなくなりそうになっていたのだ。

何不自由なく生きてきた私に彼らの何が分かる。
何ができる。

何もできないじゃないか。
再び激しい無力感に襲われる。


阿川も、目の前の出所者とひたすらに真剣に向き合いながらも、観客と同じように自分は相手のことを何も分かっていない、何もできていないと嘆く。
それでも、彼らと共に生きようともがく阿川の弱さは、出所者達を優しく照らしていた。

阿川の懸命な働きによって、我々観客側も少しずつ、
"怖くて近づきたくない犯罪者"
ではなく
"心が弱いが人間らしく愛嬌のある1人の人物"
としての彼らの輪郭が見えてくる。


○運命に翻弄される2人の男

映画版でメインの登場人物となるのは、壮絶な家庭環境で育ち殺人を犯した工藤誠。
演じる森田剛くんは舞台で活躍するイメージが強く、いつもヒゲをたくわえたビジュアルだったため、今回の所在なさげで悲しそうな瞳をたたえた工藤役は非常に新鮮だった。
口下手ながら模範的な態度で懸命に更生しようとする姿は健気でもあり、それでもどこかに危うさを常に漂わせている。


そして特筆すべきは、謎の男を演じる若葉竜也くんだ。彼はまたしても主演映画ではないのに代表作を残してしまった。それくらい文句なしに素晴らしかった。
潤んだ仔犬のような、下から見上げる怯えた瞳。かわいいというよりも、体は30すぎの男なのに精神は子どものままなのだという、静かな狂気に体が震えた。
彼の登場によって、物語が抗えない渦へと巻き込まれていく描写が見事だった。
彼を主人公にしたスピンオフを観たい。


○『あゝ、荒野』チームの見事な連携

この映画の醍醐味はなんといっても監督の岸義幸さんと、撮影の夏海光造さん、音楽の岩代太郎さんだ。
この3名は、賞を総なめにした話題作『あゝ、荒野』でもタッグを組んでいる。


私は『あゝ、荒野』のエキストラに参加した際、何百人というエキストラ一人一人に丁寧な演技の指示書を配り、長時間かけて演出をつけてくれる岸監督に感動した。
手持ちカメラ一台で縦横無尽に走り回り、人と人の間を至近距離で縫うように動く夏海さんの撮影技術の虜になった。
そして映像を決して邪魔することなく、不安や恐怖を一気に煽り、最後には優しく包み込む岩代さんの劇伴で全てが完成するのだと分かった。

登場人物一人一人の目の動き、ちょっとした仕草や一言に数十年分の人生が重くのしかかるような演出は、1秒も飽きさせない。分かりやすすぎる本質にはあえて触れずに観客に考えさせる絶妙な脚本も見事だ。

今回も、ほぼ夏海さんの手持ちカメラのみで撮影されたのではないかと思う。"何かが襲ってくる"という不安を煽る独特なカメラワーク、手持ち独特の小さな揺れは登場人物の不安を代弁し、まるでその場にいるような、半分ドキュメンタリーのような臨場感は、物語を一気に自分ごとにしてくれた。

音楽は必要最小限だ。クライマックスのショッキングなシーンでようやく登場する音楽は、さすがとしか言いようがなかった。涙腺崩壊のきっかけだった。



自分が普段触れ合うことのない人の人生。
それを救おうと懸命に働く保護司や、その他の職業のこと。
知らない世界がこれでもかと目の前に迫る。
人を許すとは、過去に打ち勝つとは、
相手に寄り添うとはどういうことなのか。


観た後も自分に置き換えて考えずにはいられない、これぞエンターテイメントの存在意義だといえる佳作です。
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