うつ病未満

私の心のキャパシティは広くて、それでいてとても狭い。
大好きなものはいくらでも受容できて、忌み嫌うものが少しでも入り込めばすぐに表面張力の限界を突破する。もしかしたらそんな人は其処彼処といるのかもしれませんね。私がそう思わないだけで、ただのわがまま、ゆとり世代とか言って片付けてしまえる類の割と安易なものなのかもしれません。
そうして死にたいだとか、だからお医者に薬をもらって飲んだりだとか、そうすれば周りはあぁあの子は病気だからねと、多少の偏見はあれど腑に落とし込むんでしょう。
ここで一応弁解しておきますが、別に私は誰も彼もに、貴方は辛い思いをしているのですねと理解を示してほしい訳では決してありません。
お医者にかかるほど重いわけではないのだろうけども、だからといって、枕を濡らしたその後に目覚めて今日も気持ちの良い朝ね、なんて呑気をかませるほど軽薄な病みさんでもない。
ぶっちゃけ笑わなければいけない状況下においては、辛いながらも笑っていられるのです。
この中途半端な状態に誰か名前を付けてくれたならどれだけ楽なのだろうと何度思ったことか。

得体の知れない物が一番怖い。だってそう思いませんか。仮にうつ病と名前を付けてもらった人がいたとして、周りにとってはその人を気に留めず放って置くことは慈悲に反するのでしょうけど、ただ訳もなく一人身勝手に死にたい死ねないを繰り返してやり場のない怒りや悲しみや悔しさを放出しまくる人なんて近付こうとも思わないじゃないですか。どうしたら癒えるのだろうかと考えることすらしてあげたりもしませんよね。

幸い思春期からの長患いなので、応急処置の方法などは弁えています。
だけど、ねぇこの症状に名前があったなら、今よりほんの少しは安心して病んでいられるのに。

そんなうつ病未満の独り言でした、どうかお気に留めず。

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