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どの扉から入ろうかな_doors

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映画、演劇、ダンス、音楽、マンガ……。 無指向性マイクのようにカルチャーを駆け巡りたい。そうすれば、これまで見えなかった世界が現れてくるはず。
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2023年2月の記事一覧

【映画評】 ホー・ユェン(和淵)『阿仆大(アプダ)』 背景音についての覚書

ホー・ユェン(和淵)『阿仆大(アプダ)』(2010)が日本で初めて上映されたのは2011年山形国際ドキュメンタリー映画祭である。わたしが本作品を鑑賞したのはそれから8年後の2019年、神戸の元町映画館で「山形国際ドキュメンタリー映画祭傑作選」の一作として再上映されたときである。 ホー・ユェン(和淵)『阿仆大(アプダ)』  背景音についての覚書 映画冒頭、肩に木を担ぎ歩みを進めるひとりの男。男の名はアプダ(阿仆大)。彼は「根っこのついた木は運ぶのに骨が折れる。根っこを切らね

【映画評】 チョ・ソンヒョン『ワンダーランド北朝鮮』……砂浜の少女の手のショットの真実

チョ・ソンヒョン『ワンダーランド北朝鮮』(2016) (英語タイトル)My Bothers and Sisters in the North チョ・ソンヒョン(1966〜)は韓国・釜山出身の映画監督。本作のナレーションはハングルではなくドイツ語。どこか違和感を覚えるのだが、それには深い理由があった。 本作のオフィシャル・ウェブサイトに、チョ・ソンヒョン監督が北朝鮮で映画製作を行った経緯が述べられている。 わたしたちが描く北朝鮮のイメージとは、独裁国家、核開発、貧困、飢餓、

【美術評】 ダグ・エイケン『 i am in you』金沢21世紀美術館

ダグ・エイケン『i am in you』(2000年) 中央に1つ、周辺に4つのスクリーンで構成された映像インスタレーションである。 アメリカ郊外の日常的な風景が映し出されている。タイトル『 i am in you』は英語的に日常的な表現なのか、それとも詩のような表現なのか、わたしの英語知識では判然としない。 「わたしはいる、あなたの中に」 わたしという存在はあなたの中に本当に在るのだろうか。そして、在るとすればどのように在るのだろうか。物語の登場人物は少女のみ。そのほか

【エッセイ】 ノンシャラン〜円卓袱台と漆とかぶれ

地に足がつかず、不意にどこかに行ってしまいそうになったり、どこかに吹き飛ばされてしまいそうになったり、それでいてここではないどこかに行くわけでもない、そんな状態をどのように表現すればいいのだろう。 たとえば、フランス語のノンシャラン(nonchalant)というのはどうだろう。不意にそんなふうに思った。 「nonchalant」の例文を辞書(「新スタンダード仏和辞典」大修館書店)から拾ってみると、 tempérament nonchalant のんびりした性格 élè

【映画評】 アンドレイ・タルコフスキー『ローラーとバイオリン』 +『僕の村は戦場だった』 素晴らしき哉併映(覚書)

(写真『僕の村は戦場だった』) 『ローラーとバイオリン』が中編(46分)ということもあり、 長編『僕の村は戦場だった』と併映されることが多い。同一監督の併映には、単独上映では気づかないことが見えてくる。そのことを中心に、この2作品の感想を述べてみたい。 『ローラーとバイオリン』(1960) 本作はタルコフスキーが全ソ国立映画大学卒業作品として製作した第一回監督作品。第9回カンヌ国際映画祭で短編パルム・ドールを受賞したアルベール・ラモリスの『赤い風船』(1956)に刺激さ

【映画評】 ペドロ・マイア監督〜アナログ・シネマ〜WASTE FILM(考)

ペドロ・マイア監督〜WASTE〜アナログ・シネマ〜覚書 1983年ポルトガルで生まれ、現在はベルリンに在住する監督ペドロ・マイア(Pedro Maia)。 アナログ・シネマを主なコンセプトとして作品を制作する前衛映像作家である。 アナログ・シネマとはデジタル・シネマの対概念でもあるのだが、いわゆる〈フィルム/デジタル〉という対立項に回収されるものではない。 〈フィルム←→デジタル〉変換ラボで働くペドロ・マイア。 彼がアナログの技術性・芸術性を自覚的にアプローチしたのは2

【映画評】 諏訪敦彦『風の電話』

『風の電話』(2020) ロードムービーの形式をとるのだが、いまだ未解決の震災の傷跡だけでなく難民問題をも封じ込める日本の姿をも露わにする。 ハルを通して時系列で叙述されるそれらはロベール・ブレッソンを想起させもし、彼女に少女ムシェットの姿を重ね合わせながら、心に傷を負ったハルを愛おしく思い泣いた 俳優モトーラ世理奈。 『少女邂逅』(2017)も素晴らしかったけれど、『風の電話』のハル役は秀逸である。 背景音としての風のざわめき。 とりわけ、ハル(モトーラ世理奈)の幻視