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広島県 モビリティデータ連携基盤「TraISARE」導入事例

広島県地域政策局 交通対策担当 主査 柴田益良 様

語り手
広島県地域政策局 交通対策担当 主査 柴田益良 様

1.      モビリティデータ連携基盤導入の背景
2.      基盤活用の具体的な手法
3.      操作説明会の反響
4.      コロナ後のコミュニケーション再開
5.      地域全体での交通問題解決の未来
6.      データ活用からの新たな認識
7.      データ活用と公共交通改善

1.  モビリティデータ連携基盤の導入に至られた経緯を教えてください。


広島県では数年前から、広島型MaaSという取り組みを進めています。広島型MaaSを進めるうえでの重要な土台として「モビリティデータ連携基盤」を構築してきました。
広島県には、広島市や福山市などの都市部や県北の中山間地域、瀬戸内海の島嶼部など、地域課題の異なる様々な地域があります。高齢化や過疎化が進む中山間地域では路線バスが1日に2〜3本しか走らないような場所が増え、深刻な課題となっています。
こういった交通不便地域における日々の困りごとを解決し、住民が豊かに暮らせるように、交通と生活サービスを結びつけて1つのサービスとして提供するのが広島型MaaSです。

言葉で「バス、デマンドタクシー、定額タクシーなどの交通手段と、その先にある買い物や通院などの目的をセットにしてサービスにする」と言うのは簡単ですが、これを実現するためには、多くの関係者の納得を得ながら進めていかなければならず、とても大変です。
生活の土台となるサービスを提供し続けていくには、絶えず改善が求められますし、そのためには、それぞれの交通手段を、誰が、どこからどこまで、どのような頻度で使用しているか、運行状況や人の移動データといった複数データの連携が不可欠になります。そういった経緯からモビリティデータ連携基盤の構築・導入を考えるようになりました。

令和3年度から予算事業化して、1年目はプロトタイプをもとにデータの収集を進めながら開発を進めました。県は交通サービスの実務を担う市町と交通事業者をサポートする立場なので、開発時には市町の担当者の方に「どういった困りごとがあるのか」を細かくヒアリングして、現場担当者が使いやすいものになることを目指しました。
2年目の令和4年度中旬にモビリティデータ連携基盤とダッシュボードがほぼ完成したので、昨年度後半から市町担当者への説明に力を入れ始め、3年目となる令和5年度から本格的な活用を進めようとしています。


2.  市町担当者への説明のほか、具体的にどのように活用を進められているのでしょうか?


県としては、ダッシュボードをかなり使いやすく整備できたと思っているのですが、単に「便利なツールだからぜひ使ってほしい」と言ったところで、市町担当者も初めて扱うものですし、戸惑うのは当然です。そこで令和4年度末、市町担当者向けにモデルプランの作成・提案とダッシュボード操作説明会を実施しました。
モデルプランの作成・提案では、県内のいくつかの市町を対象に、市町が運営するコミュバスの実際のバス路線図や時刻表、人流データや国勢調査による人口推移データなどをモビリティデータ連携基盤に取り込み、データ分析を行って、その市町の10年後のバス路線案を作成して提案してみたんですね。そのモデルプランを見た市町担当者からは、「ダッシュボードを使うと、こういうことができるんですね!」と、とても良い反応をいただきました。

3市町分のモデルプランを作成したのですが、その他の市町担当者からも「公共交通計画を作る際にこのモデルプランを参考にさせてほしい」、「今後も継続して、こういった情報を提供してもらいたい」と、喜んでいただけたので良かったです。


モビリティデータ基盤(TraISARE)

3.  データ分析を踏まえたモデルプランを見ると、使い方が具体的にイメージできるようになりますね。ダッシュボードの操作説明会はいかがでしたか?


これも説明会に参加した市町担当者からは、とても反応が良かったです。令和4年度末に開催したのですが、年度末の忙しい時期にもかかわらず、11市町が参加しました。
ダッシュボードの基本的な操作説明をした後、市町担当者の方々に自由にダッシュボードを操作してもらったのですが、参加者は自分の市町のデータを見ながら、「データを組み合わせると、こんなものが見られるんだ」とか、「こんな分析が簡単にできるんですね」と驚いている様子でした。
説明会では参加者から多数の相談や、「船に関するデータはないんですか?」といった質問などもいただけたのですが、こういう新しい意見があってこそ施策を考えられるので、私たちにとっても大変ありがたかったですね。現時点では船の路線データは入っていないので、今後対応していこうと思っています。

データを可視化することによって、まずは市町担当者が自分の町の現状を知ること。次にそれに対して、市町ではどういう施策を打つことができるのか、そこの提案までを県としてサポートすることが理想型なので、そこに向けた一歩は踏み出せたのではないかと思いました。

あと、もう1つ操作説明会を開催して良かったのが、コロナ禍で中断していたface to faceの交流が再開できたことです。県と市町とのやり取りは基本であり、今回、直接会って色々と話せたことは今後のコミュニケーションにとっても良い機会になったと感じています。

説明会の内容について語る
広島県地域政策局 左)柴田様  右)永島様


4.  モビリティデータ連携基盤が県と市町とのコロナ後のコミュニケーション再開のきっかけや土台にもなったわけですね。


そうですね。同じデータを見ながら県と市町で意見交換するというのは、今まで出来なかったことなので、改めて、データにはこういう使い方や側面もあるんだという新しい発見もありました。

現在、モビリティデータ連携基盤とダッシュボードを使えるのは県と市町の担当者だけですが、これを県内で活動する交通事業者の方々も使っていただけるようにできないか、検討を進めています。交通事業者には自社で収集した様々なデータがありますし、大手企業などではすでにデータの有効活用も進めていらっしゃると思いますが、そこまで手が回っていない中小の交通事業者も少なくないはずです。そういった企業には、県が構築したモビリティデータ連携基盤を使っていただくことで事業の支援をしていけるのではないか考えています。

将来的には、行政だけでなく、交通事業者、地域の公共交通に関わる方々、皆さんに使っていただけるツールとして、モビリティデータ連携基盤を整備していきたいですね。

5.  それができるようになれば、自治体と交通事業者、地域の関係者や住民、皆で地域の交通を考えていくという未来の姿が見えてきますね。


これまでも各自治体では市町の交通課題について、行政や交通事業者、住民、大学教授など有識者で構成した地域公共交通会議という場で議論をしてきました。高齢化や過疎化、人口減少が進む中、これからの地域交通は行政だけ交通事業者だけで維持・改善するには限界があります。官と民が共創し、地域の住民と共に取り組んでいくためには、施策の検討段階、立案の過程から、異なる立場の方々に参加していただき、意見を出してもらうことが大切です。

ただ、意見を出すにしても、何も見る物がないとお互いの立場で一方的な意見を言い合うことにしかならないかもしれないですが、データが可視化されていれば、それを見ながらお互いに議論ができるようになりますよね。皆でデータを共有し、参加者の立ち位置をフラットにしたうえで、活発に意見交換をして、地域の交通をどうしていくかを考え、支えていくのが、これからの公共交通の目指すべき姿だと思います。

地域の交通を皆で作っていくという新しい仕組みを作るためにも、それぞれにお互いの立場はありながら、データ自体はフラットな状態で議論できるように、コミュニケーションのツールとしてもモビリティデータ連携基盤を使っていただきたいです。

6.  モビリティデータ連携基盤でデータを活用するようになって、改めて思うことや気づかれたことはありますか?


これまで殆ど活用してこなかったデータが活用できるようになったことは、何より大きな変化だと実感しています。
一方で、実際にデータを使うようになって改めて思うのは、「データが見えたら答えが見える」といった漠然としたイメージを持つ人がいるかもしれません。でも実際には、データが可視化されたからといって、それだけで課題が即解決するというわけではないんですよね。

特に交通分野というのは地域毎に事情も課題も様々で、関係者も多く、非常に複雑なので、データが可視化できたところで、そんなに簡単に解決できる問題ばかりではありません。しかし、だからこそ正解が分からない中でも、異なる立場の人々が議論して、より良い方向に皆で向かっていくことが何より大切ですし、その時に議論のベースとなるものがデータなのだと思います。

同じデータを地域の皆で見ながら、データからどういう課題があるかを色々な視点で把握し、それに対して、皆でどのように取り組んでいこうかを話し合う。そのように、「立場の異なる人々との議論のきっかけになるものがデータだ」といったように捉え、過度に難しく考えすぎず、モビリティデータ連携基盤を活用していくのがいいのではないと感じています。

モビリティデータ基盤の可能性について語る
広島県地域政策局 左)柴田様  右)永島様


7.  モビリティデータ連携基盤は公共交通を地域の皆で作っていくためのツールだというのは、実際にデータを活用するようになったからこその言葉ですね。


「諸々の情報が一元的にパッと見えたら、地域の交通課題の打開策がパッと分かって、問題がすぐ解決するんじゃないか…」と、私自身そう思っていたんですよ。でも、データ活用というのはそういうものではないんだと、この数年、モビリティデータ連携基盤を開発・運用しながら学びました。
現状や将来の地域の姿がデータ分析で分かれば、それを元に、皆でより具体的に議論することができるようになると分かりましたし、昨年度の説明会で手応えも感じたので、今後は地域の皆さんと一緒にデータを活用しながら、より良い交通を考えていきたいと思っています。


8.  最後に、モビリティデータ連携基盤の活用について、令和5年度と令和6年度、その先に向けての展望についてお聞かせください。


令和4年度行ったモデルプラン提案や操作説明会の評判がとても良かったので、令和5年度はこの活動をさらに強化しつつ、市町担当者とのコミュニケーションを活発化させていきたいと考えています。

あと、その先の大きな動きとしては、令和 6 年度から令和10年度までの広島県全体の交通計画である「広島県地域公共交通ビジョン」の策定を進めています。今回の公共交通ビジョンでは、データ連携やデータ活用を1つの主要な方向性として打ち出していこうとしています。そこで、公共交通ビジョン策定の一連の活動として県内3エリアで分科会を開催する予定なのですが、その分科会でもデータを元に議論をしたいと考えています。まずは、モビリティデータ連携基盤を活用して県の交通施策のマスタービジョンを令和5年度末までに作り上げ、令和6年度からはそれに基づいて、さらに力を入れて進めていきたいと考えています。

今、全国的に公共交通がこれまでにないほど危機感が高まっていて、市町の交通担当者も交通事業者も、公共交通に対する焦りは大きいです。人口が右肩上がりで増えていた時代は、路線を走らせれば儲かるようなビジネスモデルだったかもしれませんが、今後はそうではありません。
様々に厳しい社会状況ではありますが、そこで止まることなく、地域の皆で知恵を出し合って、打開策を見つけていけるように、モビリティデータ連携基盤をさらに使いやすく整備して、活用していければと思っています。

組織 :広島県庁
所在地 :広島県広島市中区基町10-52
県事業採択:2021年 6月
URL :https://www.pref.hiroshima.lg.jp/

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