049

日本を転々と旅して
やっと東京の自宅に戻ってきた
誰もいない部屋にただいまと言って
灯りをつけると女が首を吊っている
どうすればいいのだろう
と思っていると
スカートの中から何かが落ちた
畳の上を少し転がって止まったそれは
スーパーによくある
白い楕円形の卵だった
通報するにもなんて言えばいいのか
考えがまとまらなかったから
とりあえず死体を降ろした
すると女は
人様のお部屋で粗相を致しまして誠に申し訳ございません
とやけに丁寧な土下座を見せた後
お邪魔しましたと言ってサッと出ていった
なんだ生きてたんだ
と思ったが
畳の上に卵が残っている
こんなの捨てるのも気味悪いし
まして食べられるわけもない
まだ間に合うと思って追いかける
女はどこにもいなかった
というか
さっきの出来事は
本当にあったことなのか?
急に自信がなくなってきた
まあでも卵もここにあるし
と思って自宅に戻ると
女が首を吊っている
嘘だろ
と思ったけれど
女の服にはポケットがいくつか付いていたから
とりあえず卵をそこに押し込んで
出ていってくれと言ってみると
今度はひとりで降りて
軽く会釈したと思うと素直に出ていった
安心したらお腹が空いた
カップラーメンでいいから食べようと思って
お湯を沸かして戻ってきたら
また女が首を吊っている
さすがに頭に来て
いい加減にしてくれと
ちょっと強めに言ってみた
女は吊られたまま目を開けて言った
<あなた
 こんな光景を見て
 まだ生きてるつもりなの?>
なにを言ってるんだ
なんて怒鳴る気力はもうとうになかった
薄々気づいてはいたんだ
ぼくと彼女の部屋が
生死のレイヤーで隔てられていたこと
だからむしろ
ぼくの方が彼女の家に上がり込んでいたこと
いつの間に
こんなことになっていたのかなあ

#住所の問題

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