白鳥和生

博士(総合社会文化)

白鳥和生

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最近の記事

『即!ビジネスで使える新聞記者式伝わる文章術』

人生最大級の挑戦〝プロジェクト2〟がついに完結へ! 初めての単著。人生の棚卸しのつもりで書きました。 『即!ビジネスで使える新聞記者式伝わる文章術』(CCCメディアハウス、税込み1650円) 7月31日(土)発売、ぜひご購読お願いします!

    • キング・オブ・ロックンロール

      享年42歳。16日はキング・オブ・ロックンロール、エルヴィス・プレスリーの命日です。黒人差別が激しい時代にあって、音楽を通して黒人と白人の融和を進めた彼の功績は、もっと評価されるべきだと思います。貧しい家庭で生まれ育ったが故に、子供の頃から教会でゴスペルに触れ、それがオリジナリティにつながったわけです。 僕のライフスタイルに影響を与えた、映画「アメリカン・グラフィティ」のサントラ盤にはエルヴィスの名前も楽曲もありません。映画の時代設定である1962年には軍隊を除隊しています

      • 1982年の夏休み

        1982年の夏。僕は高校1年生だった。 映画「波の数だけ抱きしめて」の時代設定も同じ年。 小麦色のマーメードを彷彿とさせる中山美穂のような子はまわりにいるわけもなく、自宅でゴロゴロしていた夏だった。たまに一人で公営プールに泳ぎに行く程度……。 あッ、そうそう。親父の伝手で発泡スチロールの成型工場でアルバイトした。成型された発砲スチロールを一定量ずつつみ上げていく仕事だったが、つみあげが遅れてくるとサイレンが鳴り出して「急げ、遅てるぞ」と機械に管理される職場だった。 家業の手伝

        • バディ・ホリー

          41曲のロックンロールの名曲が詰まった映画「アメリカン・グラフィティ」。同一の歌手で複数の曲が使われているのはチャック・ベリーとビーチボーイズ、ダイアモンズ、そしてバディ・ホリー。 時代設定された1962年はビートルズが英国でデビューした年であり、その後、ブリティッシュロックが席巻していくことになるエポック。ジョージ・ルーカス監督はDVD特典の「メイキング・オブ・アメリカン・グラフィティ」の中でも、50〜60年代初期のロックンロールへの郷愁を語り、ブリティッシュロックの席捲が

        『即!ビジネスで使える新聞記者式伝わる文章術』

          プロレス

          プロレスを見始めたのは小学校低学年の頃。ジャイアント馬場率いる全日本プロレスです。長野の田舎では当時、日曜の夜にテレビ放送していたと記憶しています。民放が2局しかないため、確か「ラブラブショー」(?)が終わった後に、日本テレビのスポーツテーマが流れたような……。いずれにせよ、眠い目をこすりながら祖母と、アブドーラ・ザ・ブッチャーがテリー・ファンクの腕にフォークを刺したり、ザ・シークが火を噴いたりしたのを見ていました。  中学生になるとタイガーマスク(佐山サトル)が登場、一大

          プロレス

          ミネアポリス物語3

          「新聞記者さんからお菓子をもらうなんて驚いた」 1996年の夏、アメリカ出張を終えた僕は東京・日本橋にいた。ミネアポリスに導いてくれた〝大恩人〟に御礼を言うためだ。高島屋でモロゾフのマ

          ミネアポリス物語3

          分断と協調

          政治的にはアンチな立場をとるけれど、アメリカの文化に憧れた少年時代。映画やファッション、音楽を通じて〝豊かさ〟を知った。そんなアメリカで気になるのが社会の「分断」。持つ者と持たざる者の格差拡大だけでなく、様々な社会課題で対立が起き、それが先鋭化している。一方で地球環境や財政問題などでは「協調」が避けて通れない。しばらくは分断と協調の間で振り子が振れ、時として振れ幅が大きくなるかもしれない。変化に対応しつつ、ブレない自分でありたいーーそんなことを考えた土曜日の午後です。

          分断と協調

          ミネアポリス物語2

            「何かロジスティクス絡みで取材してこい!」 アメリカに初めて行くきっかけは入社6年目。勤め先の上司からの一言でした。バブルが崩壊したとはいえ、まだ海外出張の予算が潤沢だった時代。ビジネスロジスティクスの担当になって一年が経ち、そろそろ担当として「卒論」を書けという趣旨でした。 でも「何か取材してこい」というざっくりとした指示には海外出張の嬉しさより、困惑の方が大きかったのを覚えています。 当時アメリカといえば、アイビーリーグがあるニューイングランド(ボストンやダートマス、

          ミネアポリス物語2

          ミネアポリス物語1

          シアトル空港でのトランジットを経て、アメリカに降り立った最初の地はミネソタ州ミネアポリス。初渡米したジョン・レノンは「ついにエルヴィスの国に来た!」と叫んだそうだが、僕にとっては「ついにAWAの本拠地に来た!」だった。AWAはNWAには規模で劣るものの、プロモーター兼スター選手のバーン・ガニアが牛耳る世界へビュー級タイトルを擁するプロレス団体(かつてジャンボ鶴田もベルトを巻いた)。週刊ファイトや東京スポーツで何度も目にした地名がミネアポリスだった。隣町のセントポールと一緒にツ

          ミネアポリス物語1

          経営のキーワードはサステナビリティ

          新型コロナウイルスの感染拡大は社会の風景を変えた。多くの企業は「あるべき姿」を模索している。「変化対応業」と言われる流通サービス業の使命とは、社会や生活者の変化に伴い創出されるニーズに対応し、商品やサービスで応えることだ。様々な社会課題が噴出する中で、経営のキーワードは「サステナビリティ(持続可能性)」だろう。10年前に起きた東日本大震災で流通サービス業は「社会インフラ」と評価された。社会課題はビジネスチャンスでもあり、コロナ禍という危機において流通サービス業が果たす役割は大

          経営のキーワードはサステナビリティ

          しなやかな復元力

          エリック・バーカー氏は『残酷すぎる成功法則 文庫版』(飛鳥新社)のなかで、ペスト禍を跳ね返したヴェネチアの取り組みを紹介しつつ「ハリケーンを止められないのなら、風にたわみながらも跳ね返す、しなやかな木になればいい」と書いている。 Withコロナ時代には、困難を直視し、自律的に立ち直ることのできる柔軟性が必要だ。ストレスを回避するのは現実的ではなく、ストレス は常に存在するものと認識すべき。その上でストレスにどう立ち 向かっていくか、どう処理していくかという思考やマインドが重要

          しなやかな復元力

          コロナ禍を経験して皆が考えたこと ②

          ・自分にとって大事なものを提供してくれるブランドはどれなのか。共感でき、応援したいと思える企業はどこなのか、改めて考えること になった ・消費者にとっても、コロナ禍は今まで深く意識していなかったブランドについてよく考える機会になった

          コロナ禍を経験して皆が考えたこと ②

          コロナ禍を経験して皆が考えたこと①

          ・事業継続すら困難になる企業が増える中、改めて企業が自らの存在意義(パーパス)、顧客をはじめ社会全体に提供する価値を見つめ直さなければならなくなった ・自社の顧客だけでなく、企業を取り巻くあらゆるステークホルダーが危機にさらされる状況で、自分たちには何が出来るのか。コロナ禍でこれまで自社が満たしてきた顧客ニーズは変わるのか、変わらないのか、そういうことを考えたのではないだろうか ・ブランドのミッションや、社内で共有している価値観をもう一度見直すきっかけになったのではないだろう

          コロナ禍を経験して皆が考えたこと①

          2度目の緊急事態宣言

          2度目の緊急事態宣言。GO TOキャンペーン以降緩んだのは確か。しかし、どのように今後の1カ月を過ごしたらよいのか戸惑っています。この1年近くで学んだことは多いですが、またまた飲食業界は大変な局面を迎えてしまいました。改めて新型コロナウイルスをどのように受け止めたらよいのか各自の姿勢が問われます。ワクチンの普及と効果に期待したいですね。

          2度目の緊急事態宣言

          初の電子書籍:7つの「レス」で小売業は生き返るーーニューノーマル時代のレジリエンス思考

          本書はコロナ禍にあった2020年に筆者が書き留めた小売業界への「応援歌」である。https://www.amazon.co.jp/%EF%BC%97%E3%81%A4%E3%81%AE%E3%80%8C%E3%83%AC%E3%82%B9%EF%BC%88less%EF%BC%89%E3%80%8D%E3%81%A7%E5%B0%8F%E5%A3%B2%E6%A5%AD%E3%81%AF%E7%94%9F%E3%81%8D%E8%BF%94%E3%82%8B-%E3%83%8

          初の電子書籍:7つの「レス」で小売業は生き返るーーニューノーマル時代のレジリエンス思考

          謹賀新年

          挑戦ーー。コロナ禍は時計の針が進むのを早めました。2021年、変わらない真理を追求しつつ、変化の波に乗り遅れないよう果敢に挑んでいこうと考えています。 新たなプロジェクトを立ち上げ、お正月から本格始動します。博士の学位に続く、ある意味、人生をかけたものになりそうです。今年もよろしくご指導・お付き合いの程お願い申し上げます。 怒らず 恐れず 悲しまず 正直 親切 愉快に 力と 勇気と 信念とをもって 自己の人生に対する責務を果たし 恒に平和と愛とを失わざる 立派な人間として生

          謹賀新年