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親子でわかる実録童話2「キツネのヨメ入り──ボクシフジンと呼ばないで」

 むかしむかし、あるところに、キツネたちの集う教会があったそうな。その名も、聖アブラアゲ教会。──この物語は、今回の取材で得られた複数の証言をもとに、再構成してお送りする実録ストーリー。あなたの身近にありながら、本当は知らない「ボクシフジン」たちのセカイへ、ようこそ。

このお話に出てくる人
・コン吉(聖アブラアゲ教会ボクシ)
・オコン(コン吉の妻)
・長老ギツネ(聖アブラアゲ教会の役員)
・オキヌ(前任ボクシ=故・コン太郎=の妻)

 重い雲が空いっぱいに広がる中、肩をふるわせてさめざめと泣くオコンの背中を、コン吉はたださすってやることしかできませんでした。
「お山に帰りたい……」
 あれから、何度くり返したかわからないセリフが、オコンの口をついて出ました。

 二人が出会ったのは、オコンが生まれ育った里山でした。おさない弟たちの手ぶくろを町に買いに行くとちゅう、ニンゲンのしかけたワナにかかったオコンを、コン吉が助けてくれたのでした。当時、川でとった魚やウナギをにがしてしまうというキツネのいたずらが、村人たちをこまらせていたのです。
 オコンは恋に落ちました。しかし、それは長い長い受難(じゅなん)の始まりでもありました。なにしろオコンは、山のイナリ神社で生まれたグウジの娘。コン吉は、ふもとの町で有名な聖アブラアゲ教会のボクシだったのです。
 コン吉にとって、ワナにかかったかわいそうなキツネを助けるのは、ごく当然のことでしたので、オコンに対しても特別な思いはいだいておりませんでした。神学校をそつぎょうして間もないコン吉には、正式なボクシになるためのテストをどうクリアするかのほうが、大きな問題でした。そもそも、グウジの娘と結ばれることなど、そうぞうもつきませんでした。
 しかし、オコンの思いはつのるばかり。夜なべして恋文をしたため、親の目をぬすんで山をおりては、コン吉の教会に足しげく通うようになりました。
 そのあまりの熱心さに、コン吉の心もしだいに動かされるようになりました。なにより、年上ばかりで気苦労の多い教会の中で、同世代の話し相手がいることは、大きな心の支えでした。神社で育ったオコンも昔から聖書には関心があり、同じ「信仰心」を持つ者として教会に通うキツネたちをそんけいしていました。
 やがて、結婚を前提(ぜんてい)におつき合いが始まりましたが、その先には大きなハードルが待ちうけていました。役員である長老ギツネたちが、二人の結婚に強く反対したのです。それは、オコンにとって予想もしないことでした。自分の両親も、相手の両親も、そして二人でよく話し合って決めたことなのに……。前任のコン太郎ボクシの時代からつかえてきた長老ギツネは、「新入り」のコン吉よりも強い発言力を持っていました。長老ギツネは、結婚にあたって二つの条件を出しました。
 一つは、オコンが洗礼を受けることでした。オコンは、コン吉の人柄や教会での説教をとおして、キリスト教の教えにひかれていましたし、もともと神社を「継ぐ」といった考えにはとらわれない家庭だったこともあり、洗礼については時間の問題でした。
 ただ、もう一つの条件にはさすがにとまどいました。それは、仕事をやめることでした。歌と踊りが大好きなオコンは、アイドルになるのが長年の夢でした。おさないころから神社のお祭りに親しみ、先生に習って芸の技もみがいてきました。大学時代には「ミスコン」に出場し、グランプリに選ばれたこともあったほどです。大人になったら、あこがれのKTN48のオーディションも受けたいとひそかに考えていました。
 すでに地元「山カフェ」のかんばん娘として働いていたオコンにとって、仕事をやめることは、その夢をあきらめることでもありました。
「歌と踊りで、山のキツネに元気と笑顔を届けたい」
 そこには、ふるさとの山を愛するオコンのじゅんすいな思いがありました。コン吉もそれを応援してくれていましたが、やはりコン吉が大切にする教会のために、そして、ただ自分の夢を追うのではなく、コン吉に助けられ、神さまに命をあたえられた身として、結婚して恩返しをしたいと思い、心を決めました。
 長老ギツネたちがなぜそこにこだわるのか、深く考えもしませんでしたが、結婚に多少のぎせいはつきもの、と受け止めるようにしました。しかし、それはまだ序章にすぎなかったのです。

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