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証拠説明書の書き方~その3【雇用契約書】~

前回のnoteで述べた通り、「雇用契約書」と「タイムカード」と「給与支給明細書」は未払い残業代の請求に際しての最強の証拠3点セットです。今回のnoteでは、その中でも最も重要な書証とも言える「雇用契約書」を取り上げたいと思います。

雇用契約書とは、労働者と雇主との間で締結される、労働条件にかかわる契約書のことです。署名捺印がされているはずです。

雇用契約を締結した労働者は、その会社の従業員ということになります。労働審判や民事訴訟の書面では「社員」という言葉はあまり見かけず、ほとんどが「従業員」と書かれています。「正社員」という用語が一般的によく使われますが、これは「雇用期間の定めがない(=無期雇用)」従業員を意味すると考えてください。逆に、「雇用期間の定めがある(=有期雇用)」従業員は、いわゆる「正社員」とは言われないことが多いのではないでしょうか。雇用契約を締結した従業員には、それが「正社員」であろうとなかろうと、労働基準法が適用されます。

少し余談ですが、「雇用契約」と「労働契約」の違いについて説明しておきましょう。いくつか学説もあるようですが、厳密に言えば両者は同じ意味ではありません。雇用契約は民法第623条に定められている労務供給契約の一つで、「当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる」とされています。

一方、労働契約は労働基準法で定められ、「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」と「事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者」の間で締結されるものとなります。労働契約では、労働基準法の第2章に基づき、賃金の支払い・労働時間・休日など細かな規定が適用されます。また、労働契約を締結した労働者は、賃金からの所得税の源泉徴収、雇用保険や厚生年金保険・健康保険の適用の対象にもなります。

第26回のnoteで「労働者性」について述べましたが、「雇用契約」と「労働契約」では、法律上、労働者の範囲に違いがありそうです。民法の雇用契約で言う労働者の範囲に比べて、労働基準法の労働契約で言う労働者の範囲は相当に限定され、その定義が具体的になってくるように思います。このnoteのシリーズの中では、雇用契約とは、労働基準法が言う「労働契約」を指すものとさせていただきます。ちなみに、労務供給契約には請負契約や委任契約もあります。これらは、雇用契約とも労働契約とも異なるものです。

雇用契約書と似た書面で「雇用条件通知書」があります。 これは労働基準法第15条で定められ、 雇用契約の締結に際して、雇主が労働者に対して、賃金や労働時間、有期雇用か無期雇用かなどの労働条件を明示しなければならないというものです。もし雇用条件通知書で明示された労働条件が実際と異なる場合、労働者は即時に労働契約を解除することができます。

さて、雇用契約書について前振り説明が少々長くなりましたが、書証としての雇用契約書が裏付けることができる項目はたくさんあります。前回のnoteで解説した通り、もちろん、未払い残業代の請求に求められる要件事実の裏付けをします。

何よりもまず、雇用契約書は、ずばり「申立人(=労働者)は相手方(=会社/雇主)と雇用契約を締結した事実」を裏付けます。そのこと自体、次の意義を持ちます。

第一に、「労働者」でなければ残業代は発生せずその請求もできませんから(第26回のnote参照)、雇用契約書が存在することで、申立人の「労働者性」が立証されるということです。別の観点では、雇用契約書ないし就業規則(⇒改めて解説予定です)によって、使用者(=会社/雇主)が従業員へ残業を命じることができる権限が留保されることになります。そして、第二に、雇用期間、賃金、労働時間、就業場所等などの労働条件が明確に定められていることです。

少し長くなりましたので、今回はここまでにしたいと思います。次回も引き続き、雇用契約書についての解説を続けます。お楽しみに。

街中利公

本noteは、『実録 落ちこぼれビジネスマンのしろうと労働裁判 労働審判編: 訴訟は自分でできる』(街中利公 著、Kindle版、2018年10月)にそって執筆するものです。

免責事項: noteの内容は、私の実体験や実体験からの知識や個人的見解を読者の皆さまが本人訴訟を提起する際に役立つように提供させていただくものです。内容には誤りがないように注意を払っていますが、法律の専門家ではない私の実体験にもとづく限り、誤った情報は一切含まれていない、私の知識はすべて正しい、私の見解はすべて適切である、とまでは言い切ることができません。ゆえに、本noteで知り得た情報を使用した方がいかなる損害を被ったとしても、私には一切の責任はなく、その責任は使用者にあるものとさせていただきます。ご了承願います。

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