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「お相撲さん」

あれはヨコヅナですか

ぼくの隣を歩く 外国人が尋ねた

ここは東京・両国
目の前に国技館
大勢の力士 相撲取りが歩く

スモー・グランド・チャンピオンッ?

NO!!
あれは…幕下以下だね
 そう伝えたかったのだが

横綱から下の番付を
英語でなんと言ってよいのやら
どう説明したものか

あのお相撲さんがヨコヅナなら
両国に何人も横綱がいるよ

NO! NO!!

ぼくはあいまいに 笑うしかない

彼の視線の先にいた力士は
足袋も履いていない

土俵に上がって 立派な大銀杏を結えるのは
十両以上の「関取」だけだ

裸足に下駄や雪駄履きなら
ずっとずっと その下だ

まあ そんなことは
外国人じゃなくても
相撲通でないと わからない話

よく見ると
その力士のまげは
さっきまで 稽古をしていたような
砂まみれ
たとえ 下位の力士とはいえ
国技館の行き帰りに
乱れたまげのまま歩くのは おかしい

ぼくは
その力士と目が合った

見ると
背は 170センチもあるかないか
体はがっちり肉がつき
普通の人とは明らかに違う

現役力士には
これが相撲取りなのか
と 思うような
背の低い力士も案外といるものだ

彼も そう見えた

浴衣に裸足で雪駄履きはいいとして
砂まみれの 乱れたまげ姿
いったいどうしたものか

国技館の土俵で稽古をしたとして
風呂にも入らず
部屋の近くを歩くような姿は
あり得ない

頭の中でそんなことを考えていたら
その力士の顔が
何かを伝える

おいおい
オレは おまえだぞ おまえだよ
オレは おまえ なんだよっ

えっ!?

上背がなく 太った若い男

オレはおまえで
おまえが オレでって

力士の顔 砂まみれの
まげの男は
確かに
ぼくのようだ

30年 いや40年以上前
20歳になるやならないかの

ぼくではないか

相撲の世界なぞ
無縁のはずの――

おまえは オレ
オレは おまえ

土俵の上に転がされ
砂まみれになって
立ち上がって
もう一番 もう一番って

ぶつかっていったじゃないか――

土俵の上に転がされ
竹刀でたたかれ
ゲンコをくらい
稽古でかわいがられる――

そいつは
おまえで オレなんだ

違うのか?

いやいや

ぼくはそんな
転がったまま
立ち上がることも
なかっただろうよ

相撲の世界に
そんなに長くいなかったよ
すぐに逃げ出したよ

いやいや
そんなことはない
そんなことはないんだよ

叩かれ げんこをくらっても
立ち上がったよ

自分のため
家族のため
自分の最低限の
プライドのため

ああ
確かに
転んで 立ち上がったさ

がまんして 汗と涙を流し
なんとかやってきたんだ

でも
僕は今も

足袋も履けない 
相撲取りだ

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