見出し画像

容積ボーナスという錬金術


「空間への需要」が減っている

9月5日付日本経済新聞朝刊に掲載された「地方再開発 物価高が直撃」という記事。

「物価高による工事費の高騰で、市街地再開発の事業費が不足する例が相次いでいる。人口減少で地価が下落傾向にある地方都市では再開発ビルのフロアを売っても事業費を捻出できず、不足分を補助金で賄う例が目立つ。」

上記日経新聞記事より引用

記事にもあるように、市街地再開発の事業費は、国・自治体の補助金や、再開発によって新たに生み出される「保留床」の売却費で賄われる。この新たに生み出される「保留床」は再開発ビルの計画に応じて、オフィスだったり商業施設だったり、あるいは住宅(賃貸・分譲)だったりするのだが、いずれにしてもこれらの床が当初計画通りの価格で売れないと再開発事業の採算は厳しくなる。

で、当然ながら保留床の売却単価は、それがオフィスだろうが商業施設だろうが住宅だろうが、基本的には周辺の地価の動向に連動する。そのため、地価が下落傾向にある地方都市では、地価の下落に連動して保留床の単価も下落する(図のワニの口の下アゴ)。加えて昨今の建築コストの上昇により保留床を造るための工事費は上昇しており(図中のワニの口の上アゴ)、結果として再開発事業の採算性が悪化しているということだ。そして多くの場合、採算を合わせるために国や自治体が補助金(もちろんその原資は税金)を追加投入することになる。

上記日経新聞記事より転載

本記事ではもっぱら工事費の高騰が事業費不足の原因のようなトーンで記述されている。しかし、この図をよく見ればわかるように、仮に建設コストが一定だとしても(ちょうど図中に建設コスト指数100のところに横線が引いてある)、地価が下落すれば「ワニの口」が開いていくことに変わりはない。

直近では地方圏における公示地価も上昇基調にあるとはいえ、三大都市圏と地方四市(札幌、仙台、広島、福岡)を除く地方圏の公示地価の変動率は商業地で+0.1%・住宅地で+0.4%(2023年度)と力強さに欠ける状況が続いている。人口減少と経済衰退が続く地方都市では今後も地価上昇が続く可能性は低いものと思われる。

言うまでもなく「床」とは「空間」である。地価というのは「空間」の価格であるから、「床」の価格は基本的に地価に連動する。つまり、地価が下落するということは、基本的には「空間」に対する需要が少ないということだ。そんな空間への需要が少ない地域で、再開発事業によってわざわざ新たに保留床という空間を生み出したところで、それが売れるはずもないことは、少し考えてみればわかる話だ。つまり、建設コスト云々以前の問題として、そもそも保留床で資金調達をするという事業手法それ自体が、少なくとも地方都市においては既に時代にそぐわないものとなっているということだ。

ちなみに、最近では保留床売却に過度に依存しない「身の丈に合った再開発(身の丈再開発)」の事例も増えているようだ。記事で紹介されている北海道富良野市のほかにも金沢市の片町A地区や愛知県田原市の田原中央地区の再開発事例は、必ずしも容積割増に依存しない再開発の事例として注目されている。

容積ボーナスという「錬金術」

ところで、少々話を端折ってしまったため、そもそも「保留床」ってどこから出てくるのかよくわからんと思われた方もいるかもしれないので、若干補足しておこう。土地にはそれぞれ建築基準法で「容積率」というものが定められている。容積率とはざっくり言うとその土地の上に建てられる建物の床面積の上限である。例えば容積率が200%に指定されている土地の上には最大で土地面積の2倍までの床面積の建物が建てられる。100坪の土地なら200坪までの建物ということだ。

で、再開発で生み出される保留床というのは、ざっくり言うとこの容積率の未消化分に相当する。例えば現状あまり高度利用されていなくて、指定容積率200%の100坪の土地の上に100坪の建物しか建っていない場合(消化容積率100%)、これを再開発して指定容積率の限度一杯の200坪の建物を新たに建てれば、増えた100坪を換金して事業費に当てることができる。この新たに増えた100坪が「保留床」である。さらに言うと、再開発事業においてはそれを促進させるためのインセンティブとして行政から「容積率の割増し(容積ボーナス)」をもらえるケースが多い。容積ボーナスがつけばそれだけ保留性がたくさん作れるから、採算性が向上する(もちろん「売れれば」の話だが)。行政からしてみれば、一円の税金も使うことなく再開発を促進させることができるわけで、容積ボーナスが「打ち出の小槌」とか「錬金術」と呼ばれる由縁である。

そして、この「錬金術」は、少なくとも地方都市ではその効力を失いつつある、というのがこの上記日経新聞記事の言わんとするところなのであるが、一方で「空間」に対する需要が旺盛な東京などの大都市圏ではいまだに有効な手法であると考えられている。いわゆる「都市再生」に伴う大型再開発プロジェクトはすべからくこの容積ボーナスを受けて計画されている。

都市部でも錬金術が効かなくなる?

しかし、昨今はその「錬金術」の効力にも陰りが出始めている。なぜなら錬金術の源泉である「空間への需要」が弱まる兆しが出てきたからだ。

9月7日付日本経済新聞によれば、東京都心部のオフィスビルの空室率が10年ぶりの高水準なのだそうだ。原因はもちろんコロナ禍による在宅勤務の定着だ。日本の場合欧米に比べるとオフィスへの出社回帰が進んでいるが、それでも出社と在宅を組み合わせるハイブリッド型が一定の支持を得て、新しいワークスタイルとして定着しつつある。

日本とは対称的に、コロナ後もオフィスへの回帰が進まない欧米ではオフィスビルの空室率が上昇し続けている。米国主要都市のオフィス空室率は直近で20%に達する勢いだ。

上記記事でも触れられているように、利便性が高くハイグレードで築浅のAクラスビルの需要はそこそこ堅調な一方で、築古のビルの空室率が高いようだ。こうした状況を踏まえ、ニューヨーク市ではオフィスを住宅に用途転用(コンバージョン)するプログラムに取り組み始めているという。

折しも東京のオフィスマーケットでは、2023年から2025年にかけてまたもや新築ビルの大量供給が見込まれている。恒例の「2023年問題」「2025年問題」だ。
やれやれ、どうなることやら。

□□□□□□
最後までお読みいただきありがとうございます。もしよろしければnoteの「スキ」(ハートのボタン)を押してもらえると、今後の励みになります!。noteのアカウントをお持ちでない方でも押せますので、よろしくお願いいたします!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?