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エッグプラント 外伝

~レッド~

 グリーンシグナルの歩行者信号が点滅を始めた。

 季節外れにカラッとしたビル風が吹く国道246号線と外苑西通りの交差点をフランフランの大きなバッグを抱えた女性、貴婦人と呼ぶにはカジュアルな、かといって女性とだけ形容するには勿体ない高貴な雰囲気をまとう女性が、足早に交差点を突き進む。彼女は~見るからに街歩きに不向きなデザインのように思える~紫色の大きなつばに同色の羽飾りがついた帽子を目深に被り、少し厚手の丈の短いバナナリパブリックと思われるグレーの半袖Tシャツをまとい、その短い丈からは、輝かんばかりのウエストをひけらかしていた。そして、おそらくしっかり日焼け止めを塗られている二の腕から下はサーモンピンクのアームカバーをつけていた。このアームカバーはもしかするとユニクロかもしれない。ショッピングバッグ以外には小さなポーチをたすき掛けにしていただけだ。ボトムスは短い丈のTシャツとは対照的にデニムのロングスカートだが、大きく切れ込んスリットにより、軽快に歩くことを妨げていない。ネイビーブルーのニューバランスのスニーカーを履く彼女の足元には踝を柔らかく包み込むピンクのスポーツソックスが彩を添えていた。

 歩行者用信号が赤に変わるところで、彼女は国道246号を渡り切り、少し歩みを緩めたがそのまますぐに外苑西通り、通称青山キラー通りに歩みを進めたところで、ふと足を止めた。

「あれ?こっちで合ってたっけ?」

 キョロキョロして改めて道が間違ってない事を確信したところで、国道246号からキラー通りに左折してきた厳めしいキャデラックのオープンカーが停まり、左ハンドルの運転席から、なかなか東京青山の中では見ることがない、例えるなら60年代のハリウッド映画から飛び出してきたような男が、けたたましいクラクションと共に、こちらは輝かんばかりの歯を見せて、暑苦しくないぎりぎりのラインの無邪気な笑顔で不思議と不躾ではなく語りかけてきた。

「乗りませんか?」

「え?あらそう?でも、すぐそこまでなのよ。」

「じゃ、すぐそこまで送りますよ。」

「もう、断る理由がなくなったじゃない。」

 男は大きな扉を開き、なかなかな見事なエングローブが施されたライトブラウンのウエスタンブーツを見せびらかすように車を降り、日焼けした腕に大きなロレックスを巻き付けた筋肉質で程よく剛毛が生えている腕と共に手を差し伸べた。

「どうぞお乗り下さいませ、マドモワゼル。」

その手はすごく暖かく、見た目よりもずっと柔らかった。

「左ハンドルのアメ車は声かけるのには便利だけど、助手席に乗るのは面倒ね。」

「おっしゃる通りです。」

と儀礼的に挨拶をして

「幌を閉じますか?帽子が風に飛ばされたら大変ですよ。」

「あら、気が利くのね?でも、交差点近くに長いこと停車は周りのご迷惑になるし、本当にほんのすぐそこなので結構よ。」

そういって肩にかけていたショッピングバッグを助手席の足元に置きながら帽子を手に取り、きれいにアップされた艶やかな頭髪を披露した。そして、小さなポーチの中から、そのポーチよりも大きいのではないかと思うぐらいのロエベのサングラスを取り出してクールに装着した。

「いきましょ。」

「かしこまりました。申し遅れました。私は緑川太一郎と申します。さしつかえなければ『たいっちゃん』と呼んでください。」

「たっちゃんじゃなくて、たいっちゃんなのね。」

「はい。」

「私はあかり。よろしくね。たいっちゃんは普段どんなお仕事をされてますの?」

「私は放送作家をしています。まあ、世間様からすると何やってるのかよくわからない世界ですよね。」

「そうねぇ。私が世間と同じ感覚かどうかは分からないけど、よくわかりますわよ。あ、次の信号渡った先で停めて下さる?」

「はい。承知しました。あかり様。」

「やめてよ。仰々しいわね。」

「たったこれだけの時間でこんなに楽しかったのは、初めてです。もし差し支えなければ、今度お茶でもしませんか?実はオーツミルクラテがとびきりおいしいカフェが桜が丘にあるんですよ。ラオス産のスペシャルティコーヒーを使ってるんですよ。」

「まったく、普段からナンパしてますって白状してるんじゃない。」

「はは、これは手厳しい。」

「でも、オーツミルクラテは私大好きなのよ。お店でなかなか飲めないから、是非ともそのお店、教えて下さらない?」

「もちろんですとも。」

「もしも私たちの出会いが運命なら、必ずそのお店でまたお会いできるわよ。」

 あかりはサングラスをかけたまま帽子を被り直し、走り去るキャデラックに小さく微笑んで小さく手を振った。

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