エッグプラント
〜バイオレット〜
親愛なるカオリへ
あの日、カオリに痛いところ突かれてよくよく考えてみたんんだよ、自分について。あなたが言ったように、私が本当に本気でやりたいことって何だったんだろうってね。
物書くの好きだからかな、2~3000字くらいの文章なら書くの全然苦にならないから、ついつい手を出してたのかも、今思えば。ただ、誤解してほしくないのは、ネットニュースやゴシップ記事で生計経ててる人もいっぱいいるし、読者がついてるってことなんだから、そのお仕事自体を否定されるべきものじゃないんだよ。
ただ、私はそれを言い訳にして、ずるずるやってたかもって。結局のところ、私に合ってなかったんだと思う。やっぱり、私が本当になりたかったのは「クリエイター」であって、「ジャーナリスト」ではなかったんだなぁってこと。
カオリ、ありがとう。本当にあの夜目が覚めたよ。
この半年、一緒に暮らせてほんとに楽しかったし、すごく救われた。親元から離れたことなかったからすごく新鮮だったし、私にとっては冒険だったんだよ。
とりあえず、一旦私、茨城の実家に戻って頭冷やすわ。親は結婚しろとか見合いしろとかうるさく言ってくるかもしれないけどね(笑)。
まずは地元で就職かな〜、て思ってる。契約社員だけど、実家暮らしする分には不自由ないお給料頂けそうなので。
でも、書くのはやめないからね。むしろね、実家に腰据えて長編書こうかと思ってね。だから、これからの私にちゃんと期待してよね。
まあ、今生の別のようなこと書いてるけどさ、別に新幹線や飛行機乗らなきゃいけない場所じゃないんだし、どうせ東京にも何かと出向くことあると思うから、都合が合うときあれば会おうね。
大好きだよ、カオリ、心から。
あなたの真矢より
PS. 両親にはカオリに彼氏ができたから追い出された、てことにしてるんだから、いい機会だと思ってもうセフレじゃなくてちゃんとした彼氏作りなよ。
カオリは玄関先で淡いグレーのブラトップに同系色のパイル地のサイドにパステルイエローのラインが入ったショートパンツといういわゆる部屋着姿に美容液パックつけて髪をゴムバンドでまとめたまま、ぴらぴらと見せつけているその手紙は一部濡れて字が滲んでいるようだった。
「あのさ、こんなエモエモな置き手紙置いて出てったの先週だよね?なんで今あんたここにいるのよ?」
玄関先には髪型は変わってないが、鮮やかなブルーのインナーカラーを入れてイメージが変わった真矢が何かを吹っ切ったような充実した表情で大きな紺色のスーツケースと共に立っていた。メイクは相変わらずのナチュラルメイクだが、リップの色がこれまでと違い濃いマットなエンジ色になったことと、アースカラー主体のコーディネートから上下無彩色コーディネートとなっていた。薄手の七分丈のジャケットとアンクルパンツとローファーのシューズがすべてブラックであったのに対し、ホワイト地に大きくブランドロゴがプリントされたTシャツを際立っていた。
「『置き手紙を置く』は重複表現だよ。『頭痛が痛い』とおんなじ。あと、先週じゃなくて、三週間くらい、ほぼ一か月くらい経ってるんだよ。」
「は?そこじゃないでしょ?!今話してるのは!」
カオリは威嚇するかのように真矢に一歩近づいた。
「ふふ」
真矢は柔らかくそしてゆっくりと力を込めてカオリをぎゅっと抱きしめた。
「ただいま。」
真矢に柔らかく包まれると、自分の心の奥底に深海のフジツボのようにこびりついたドス黒いわだかまりが、音もなく溶けて瞳から溢れ出していった。
「さみしかったよ。」
「よしよし。」
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