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〜2051年1月1日〜

 年が明ける直前までは130回目の紅白歌合戦を見ていた。

 年越しを確認したが、幾多の終末予想を繰り広げた2039年よりも2050年は「しれっ」と終わり、2051年のお正月は当たり前にやってきた。僕は俗に言うミレニアムベビーと呼ばれた2000年生まれだから、今年は51歳になる年だ。平成だと12年生まれ。

 年末まではどうせやることがないので、ずっと下らないが時給が割増になるので、12月末まで仕事を入れた。今日からやっと年末年始休みだ。もっとも年末は終わってるけど。

 いつもと変わらないように朝起きると、メッセージの着信を知らせる電気信号が左の「瞼」に届いた。そして聴覚に直接聴こえてくる、父と母の声

「明けましておめでとう」

「今年は会えるかな〜?あなたが元気ならそれでいいのよ〜」

 添付ファイル付なので、眼を閉じて画像を再生する。笑顔の二人が手を振っていた。結婚して50年以上も仲がいいうちの両親のような生活に憧れたが、令和が二桁になる頃にはそんな気持ちを持つ事がバカバカしくなっていた。

 映像の位置情報からすると、勤務先のハワイからではなく、日本に戻って来てるみたいだ。

 昔は祖父母と両親とで新年はみんなで初詣に行ったりしたものだが、2020年のパンデミックを契機にもう直接のコミュニケーションをしなくなって20年も経つか。そんな感傷に浸る間も無く友人関係から次々と年賀メッセージが届いた。

 親指と人差し指を擦り合わせながら、メールを仕分けして、不要なメッセージは削除し、必要なメッセージはウォッチ端末に転送保存した。

 父さんと母さんが久しぶりに正月に日本にいるのだから、一緒に初詣でも行くか。そんな気分になったのはものすごい久しぶりだ、なぜだろう。

 最寄りのコンビニまで電動キックボードで移動しながら「ベーシックインカムセット」を検索すると正月らしくお雑煮と簡易的なおせちメニューだ。

 値段は政府補助金を超えてしまうが、こういう特別メニューは特例で差額だけ支払えばいいので、実質的な負担は500円くらいだ。普通は認定メニューの上限を超えるメニューはそもそもがベーシックインカムの補助の対象にならないのだが、ささやかな選挙対策なのかな。

 食べ終わるとコンビニのイートインコーナーを出て、スマートモビリティまで近づくと自動でロックが解除され、ドアがゆっくりと開いた。ぬかりなく食事中にモビリティに行き先情報は送信済みなので、義務的なモーター音だけ立ててスルスルっとモビリティは走り始めるとすぐに時速40キロに達した。

 インパネに今日の行動に関する情報がとりとめもなく表示される。

 初詣という風習は明治に入ってから広く庶民に広まったらしい。まだ200年かそこらの伝統なんだとか。大半の情報はこのような雑学のようなものだが。

 30分程の小気味の良い運転で都内を横断し、蔵前橋通りに差し掛かったところで、視界に東京スカイツリーが入ってきた。

 昔は都内縦横にハイウェイが張り巡らされ、交通渋滞や事故が多発してたそうだ。隅田川にかかる橋を越えてモビリティは本所を抜けていく。もう車内から東京スカイツリーは近過ぎて全景を見えない。

 父さんと母さんは、しばらく見ない間に流石に少し老け込んだようだが、80代になっても二人とも元気に働き続けているのでまだ年金はもらっていない。年金受給を先送りすればするほど、もらう時の月額が高くなるのだそうだが、いったいいつからもらい始めるつもりなんだ。

 昭和生まれで仕事好きな父は僕がセミリタイアしてベーシックインカムとフリープログラマーという名の国の下請け作業という名の人体実験を受けながら食べて行くと決めた時、相当悲しそうな顔をした。今でもその顔は脳裏から離れないが、悪いがもう時代が違う。会社勤めしてまともなメンタルを保てる程僕は強くない。

 子供の頃から通った亀戸天神で初詣を終えて、実家のリビングでおせち料理を囲んでくつろいでいる。まるで昭和の正月の風景みたいだ。父さんは大好きなビールを愛おしそうに飲んでいる。

「俺父さん、いい年して仕事やり過ぎだよ。そろそろゆっくりすればいいのに。まあ、父さん世代の『あるある』だけどね、子供が先に引退なんてのは。サラ川でなんかあったよね?あ、それからお年玉送っといたの見た?政府支給分は半々で父さんと母さんに送ったから。」

 母が、「もちろんよ。ありがとう。大事に使うわ。私はハワイ生活あと5年はしたいわねえ。私たちがいる間に新婚旅行にいらっしゃい」

「まだ、相手も決まってないから。急かさないでよ」

 僕は苦笑した。マッチングサービスでは両親の相性まで診断するので、否応なく両親に情報が流れる。

 思えば、父さんと僕は30歳違いなんだから、父さんと同じくらいに結婚してれば僕にも二十歳くらいの子がいても不思議ではないんだな。じいちゃんとばあちゃんに可愛がってもらった自分として、孫の顔を見せてあげたくないわけではないのだけれど。

 その日は久しぶりに実家に泊まることにし、昔話で盛り上がった。大学生の頃に「2021年に行われた『2020年東京オリンピック』」でボランティアしたときの話が最高の酒の肴だ。母は兼ねてからの夢のハワイ生活がいたく気に入ってるようだった。しかし、あれほど嫌いだった日焼けは気にしないのだろうか。昭和生まれの父は久しぶりにお酒を飲んで上機嫌だ。お酒が好きな父はお酒の販売が禁止されているハワイでの仕事が相当不服らしい。法外な値段で飲めるところはあるとは聞くが。

「若い頃から浴びるほど酒飲んでもこれだけ長生きしてるんだから、酒は体に悪くないんだ。本当に悪いのはストレスだ。」

 というありきたりな主張をひたすら繰り返していた。しかし、日本国内ではもはやこの世代の雇用は維持できないし、年金も払えないなら、苦肉の策で海外への出稼ぎを推奨しているのだ。

 でも、父さんもあと10年、生き長らえたら、やっと平均寿命なんだからここでくたばったら全然長生きなんて言えないからね、と言いたかったけど正月から無粋なのでやめといた。

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