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知らんがな,抗菌薬 ーST合剤編ー

微生物検査に従事しているのに、抗菌薬やら耐性菌というものに苦手意識を持つ検査技師は少なくないだろう.私は抗菌薬が人生で三本の指に入るぐらい苦手だ。(というかその仕組み故に興味が持てない)
食べ物で言うと,グリンピースと同じくらい苦手なのである.

ST合剤って不思議だなぁ,と思ったことはないだろうか.

合剤.
合剤ということは,何かと何かが合わさってできているはずである.ところが,MIC(Minimum Inhibitory Concentration:最小発育阻止濃度)の値として表示・報告されるのは一つの数字だけであることが多い.
この数字はどこから来ているのだろう.Sの方なのか,Tの方なのか,はたまた合わせて掛けたり引いたりした結果の数字なのだろうか.


ST合剤とは

スルファメトキサゾール(Sulfamethoxazole)とトリメトプリム(Trimethoprim)の配合剤である.二つの頭文字をとって『ST合剤』と呼ぶ.
作用機序は二つとも葉酸合成阻害なのだが,別々のポイントを阻害するため相乗効果を得ることができる.同じく合剤のSBT/ABPC(スルバクタム/アンピシリン)やTAZ/PIPC(タゾバクタム/ピペラシリン)などとは違い,二つともが抗菌作用を持っている.
※SBT/ABPCなどにおけるβ-ラクタマーゼ阻害剤の役割は,簡単に言えば細菌への扉を開けておいてくれるだけである.

ドアを足で押さえている男の人がβ-ラクタマーゼ阻害剤で,
入れようとしている荷物がβ-ラクタム薬

ST合剤は割合が決まっている

もちろん,適当に薬剤同士を合わせているわけではない.
トリメトプリムとスルファメトキサゾールは1:5の割合で配合されている.これはトリメトプリムの方が脂肪への溶解が良く,分布面積が5倍になるためだそうだ.

ST合剤のMIC値はどのように表記されているのか

さて.
薬剤感受性検査を実施する時,検査パネルをまじまじと見ているだろうか.

私は見ていない.何故なら字が小さいからだ.老眼がすぐそこまで迫っている.培養一日目のLactobacillus spp. なんぞ心眼で探しに行く.嘘です.ちゃんとルーペで見てます.

冗談はさておき,少し注視してみて欲しい.ST合剤のウェルには,「1/19」や「2/38」という表記がされていると思う.

薬剤感受性パネル(見づらいが目を凝らして見て欲しい)

ちょっとあんさん,さっきは1:5で配合されてるて言わはりましたやん.あたいそれ信じて皆に言うてまいましたで,と怒る人がいるかもしれない.しかし安心して欲しい.

ST合剤の薬剤感受性検査は,濃度比を1:19で行うよう定められているのだ.これは,
・配合比率が1:5で体内の血中濃度がだいたい1:20になる
・細菌はトリメトプリムに対してスルファメトキサゾールの20倍感受性がある
ことが理由のようだ.

臨床への報告の方法

多くの施設では,システムの都合上どちらかの数値しか報告できない場合,トリメトプリムのMIC値を測定結果として報告しているようだ.

なるほど,だからST合剤の欄に『>2』とかわけわからん数字が載っているのだな.この2はトリメトプリムの2だったわけだ。
(静注オーダー時やPCP治療などの大量使用時,投与量をトリメトプリム量で計算するためなのではないだろうか,と推測)

えっ,うち80とか40とかいう大きな数字で結果返ってきますけど,という施設もあるかもしれない.
2つの濃度を合算した値で報告している施設もあるようなので,MIC値が4/76であれば4+76=80となる.2/38であれば40,1/19であれば20だ.

ちなみに.
JANIS(厚生労働省院感染対策サーベイランスのこと。決してJanis Joplinのことではない)では,報告する値はトリメトプリムでもスルファメトキサゾールでもST2つを合わせた値でもどれでもOKなのだ.太っ腹である.

余談だが,某抗酸菌薬剤感受性検査キットのST合剤は『スルファメトキサゾール/トリメトプリム』という表記になっている.理由をご存知の方がおられたら是非教えて欲しい.

参考文献

  • 藤田崇宏(2018)「臨床医からの質問に答えるーST合剤のMIC値の見方・考え方を教えてください.」,『検査と技術』 vol.46 no.1,pp.54-57.