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水辺の風景 〜柿田川湧水群〜

水の流れは心も潤してくれる。木漏れ日揺れる流れのほとりを歩くと、体の中に新しい風がたっぷり入ってくるような気がする。
旅をしていて、ふと立ち止まるのは水辺の景色。

柿田川湧水群を訪ねたのは、初夏の頃。コロナ禍から逃れるように、思い立って出かけた。

ひっきりなしに車が行き交う国道1号線に沿うように遊歩道が延びる。その先の石段を降りると、唐突に川になる。
この川はどこから流れてくるのだろうと見回しても、国道下の崖線で目線は阻まれる。

柿田川は日本三大清流の一つで、全長1200mの日本一短い一級河川。
崖下の湧水が水源なのだ。
遊歩道のすぐ近く、「わき間」と呼ばれる噴出口から、こぽっこぽっと水が湧き出す。澄み切った水は、浅い井戸の底から惜しげもなくあふれ出し、せせらぎがすぐに川になる。
展望台から見下ろすと、光の加減か、陶製の円筒からあふれる水がコバルトブルーにきらめいている。

柿田川の水は、富士山麓に降った雨と雪に由来する。
山麓の森に染み込んだ水は、長い年月をかけて火山地層の中を流れ、ある日突然この場所に顔を出す。
最初に地上に触れてからこの地に湧き出すまで、水が旅した場所の上には、人々の暮らしがある。いくつもの街があり、農地があり、工場がある。
人が暮らせば汚れた水が吐き出され、農地には肥料や農薬が撒かれ、道路のアスファルトからは絶えず油が滲み出す。
そんな営みの下を、何事もないようにくぐり抜けてきた湧水。
地上の水に混じることなく湧き出した水の清らかさが、いっそう私の心を打つ。

山麓の湧水である忍野八海や白糸の滝とは違う。賑わう街の人の暮らしのこんな近くに、奇跡のような自然が湧き出している。
火山と森と天から降りそそぐ雨。絶妙な自然のバランスと、それを守る人の努力を思うとき、その尊さに頭を垂れる。

1200mの清流が、いつまでも清流であるように。
思い出すたびに、そっと祈る。

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