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境界線

海沿いに面した小さな街。1日取り立ててやることなし。
曇り空の中重いバックパックを背負って北へと続く道を歩く。

気がつくと広い芝生の広場のようなところに出た。荷物を置いて一休みする。
その奥には白い壁と赤茶色の屋根をした三角屋根の建物が見えた。
ニュージーランドの先住民マオリの集会所「マラエ」だ。
中には十数人、雰囲気のある老人が車座になって座っている。うち数人は伝統である入れ墨のある顔だった。

入り口近くにいた、頭から黒いマントのようなものを羽織った老婆は、僕に向かって手招きをする。
頭で考えるより先に、体が動いた。

一歩ずつ近づくに連れ張り詰めた神聖な空気感は、肌で感じる。けれど頭はどこか上の空だ。
老婆の前まで来た時、マオリ語でなにやら囃したてられた。
僕に向かって老婆がしていたのは、手招きではなくよそもんは近づくなという仕草だったのだ。
頭では理解出来るのだが、まだ興味がまさっている。
ボーッと突っ立っていると、中から老人たちが重い腰を上げて出て来た。
これはまずいなと思った。
するとマオリ語で怒鳴りながら早歩きくらいのスピードで追って来た。
僕はようやくわれに戻り走って荷物の所まで逃げた。怖かった。
それは他のどんな怖さとも違う、宗教や伝統文化の持つ不思議な力を感じた。
この旅ではいわゆる観光客向けの「マラエ」や民族の踊りのショーもみた。
しかしここは明らかに観光客向けではなかった。
醸し出す雰囲気はそんなに生ぬるくなかったし必要以上に飾ってなかった。

ポリネシアから木彫りのカヌーでニュージーランドに移り住み、独自の文化や言語、伝統を築き上げる。
後にイギリス人との接触や土地の主権問題で伝統文化と社会との狭間で揺れ、次第に「マオリ族」としてのアイデンティティを確立してゆく。
今では国全体で、「マオリ族」のアイデンティティを持ち、脈々と伝統が受け継がれている。

恐らく僕のような異国から来た若造が、安易に足を踏み入れてはいけない所なのだろう。
その「マラエ」という言葉は集会所を含む前の広場のことを指し、彼ら「マオリ」にとって精神的、文化的に特別大切なところだということを後から知った。

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