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愚か40

 40!?インターネットタトゥーが40個以上も!?という訳で40回目です よろしくお願い致します 40回目だからと言って何がどうなる訳ではありませんが 実連続投稿数は47回だそうです 半端

 多様性を重んじる昨今の風潮からか、今まで特殊とされていた属性の人間を題材にした作品が媒体を問わず増えましたね そう言った作品が非常に極端にデフォルメされた挙動のその特定属性のキャラクターを周囲が「(その属性)はそうなのよ」と解説して…そして周囲が「確かに難ありだけど、自分はこの子を理解して“あげたい”んだ!」と言って終わる そして大抵特定属性のキャラクターには突出した特技(世間に受け入れられる要素)がある 大体そのように見えるのは私がひねくれ過ぎているからでしょうか 仮に私の特異性がそういった「理解すべきもの」として創作物の題材になっていたら…個人的には非常に嫌だなあと思います 自創作の話で恐縮ですが雀児芳喜さんが「私が生きているのはみんなのおかげだよ!」などと言っていたら普通に何らかの鬱描写でしょう
 私が日頃から思っているそういった問題の解決の理想形は「今特殊な属性とされているものが『普通のもの』として一切気にされずにいる事」なので、私も大概理想論すぎるとは思いますが…良くも悪くも多様性について、今が過渡期なのだろうなあと思う事が多いです

最近、いっそのことと自分の関心のある分野の「普通」についてさまざまな手段を用いて満足いくまで考察してみました そうしてわかったことは私はこと表現分野においては多くの大衆が選ぶ「普通」に何も心を動かされないこと、自分の心のままに選ぶとその逆へ行ってしまうことのみでした 結果的には私の感性が如何に世間と離れているかを思い知らされただけなのですが、その過程で常日頃から感じていた「自分に(普遍性以外の)足りないもの」も見つけられたのでなかなか満足です 今の時代の趨勢を見るにも、これから表現がどう転ぶにも今のうちに自分にしかできないことをある程度極めておいた方が自他にいい気がするので、しばらくは心のままに自分の脳が心地よく感じる図面を目指したいと思います Twitterでフォローしてくださっている方、しばらくお付き合いいただけますと幸甚に存じます

 次の週には、もしかするとある程度楽しいお話ができるかと思います できないかもしれません まあこれからもよろしくお願い致します

終わり

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