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不思議なカナリアの話

ジャケ・ドローという名前を聞いたのは、僕が高校生だった頃。たぶん、ロボットやアンドロイド工学の黎明期の授業で教わったような気がしています。(当時、僕は工業高校に通っていて、ちょっと前のAIブームのように、世間はロボットブームで盛り上がっていた……。そんな時代でした。)

ジャケ・ドローは1721年にスイスで生まれ、時計や精密機械……(そのころの最先端技術だったオルゴールやオートマタ)の製作者でした。

なかでも「シンギングバード(歌う鳥)」は、「まるで、生きているような機械」としてヨーロッパ中の王侯貴族たちを驚かせました。中国の皇帝は、本物のカナリアに鳴き方を教えるために「シンギングバード」を所有していた……、なんて逸話も残っているほど。

現在もスイスで作られていますが、鳥のさえずりを生み出すフイゴは皮と木、笛は真鍮で作られるなど、270年前とほぼ同じ構造です。

歯車ムービー.mp4-low

↑左の赤茶色の部品がフイゴ。木と皮で作られている。

少し前までは、新品はもちろん、アンティークでさえ(趣味としても、仕事の資料としても)値段が折り合わず、入手はムリとあきらめていました。まぁ、当たり前ですが……。

でも不思議なことって、あるんです。いろんな縁が重なり、やってきたカナリアは、僕が選んだというよりも、カナリアに僕が選らんでもらえた…、そんな感じがしないでもありません。ただ、スイスの名門の精密機械工房で組み立てられたものの、1960年代に作られた品。カナリアの声と動きに少し元気がないのが気がかりでした。(でも、60歳くらいのカナリアだしね)。
それでも、僕にとっては、夢みたいなこと。

そして、ご存知のように「外に出てはいけない」ルールができて、お金はあまりないけれど、時間だけはタップリとある。そんなタイミングで、つい数日前に、オーバーホールを終えたばかり……。

設計図もマニュアルもないので、かわりに伝記を読んだのですが、18世紀の「シンギングバード」の製作者、ジャケ・ドローは少し悲しい人生を歩んでいました。その華やかな作品とは違い、結婚して5年で妻と娘を亡くしたそう。再婚もせず、その悲しみを作品創りに昇華させ、奇跡ともいえる作品を多く残しました。

ジャケ・ドローの悲しみや苦労には到底及びませんが、今回の騒動の中、僕は「シンギングバード」とオーバーホールを、糧のひとつにして乗り越えた(乗り越えつつある)、そんな気がしています。

ジャケ・ドローの設計の緻密さを尊敬しつつ、歯車やバネ、ネジを組み戻しながら、高校生の頃の夢だったロボットやアンドロイド造りをしているような錯覚も味わいました。(といっても、分解して部品のサビを落とし、職人が書いた印が消えない程度に磨いて、油を差しただけですが……。疲れていたフイゴの皮には、蜜蝋とアーモンドオイルを混ぜたワックスを僅かに薄く塗りました。)。

ただ、少し不安だったのは「部品が200個ぐらいあった」ってこと。最後に組み上がり、元気に鳴いて、クチバシや羽、首が動いたときは、感動というよりも、「名品を壊さないですんだ……」と、ホッとしたのが正直な気持ちでした。

分解シーン - 1

家で過ごし、リラックス(という名のダラダラ)ばかりな毎日ですが、たまにはこんなふうに「ちょっと緊張すること」は、僕にとってはやはり大切なのかも。

そんなことを経験させてくれた「シンギングバード」。いつか、目の前で紹介できるチャンスがあればなぁ……と、新たな夢も見ています。


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