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最長片道切符で行く迂路迂路西遊記 第5日目

前回のお話は以下URLから。


5. 第5日目(2007年7月14日)

長万部ー森ー流山温泉ー五稜郭(ー函館ー)五稜郭ー八戸

▲ きょうの行程

5.1 長万部

▲ ホテル四国屋の朝食。旨かった

 美味しい朝食を取り、荷物をまとめて宿を出たのが10時過ぎのことだった。宿に置いてあった手作りの観光案内に、鉄道に関係する展示物を集めた鉄道村なる施設があるというので、まずはそこを訪問することにした。鉄道村は、町民センターに併設されていて、入場料は無料だという。町民センターへ着いたが、どうやら閉まっている様子で、しかし、「見学希望の方は向かいの学習文化センターまで」と掲示があったから、そこへ行ってみた。

 学習文化センターへ行ってみると、女性が応対してくれた。彼女に付いて、町民センターへと向かう。まずは、長万部の産業や文化などを紹介した資料を見学する。家具や農具、漁業などに使用された道具、昔懐かしい日用品の数々。電話などを見ると、おそらくは交換士によって繋いでもらっていた時代のものではないだろうか。その他、戦争の遺品などを見て回る。

▲ 資料の展示
▲ サボ
▲ 「急行」の幕

 フロアを隔てて、鉄道村を見学する。鉄道村といっても、鉄道に関する道具、資料などを展示しているコーナーである。しかし、かつての鉄道隆盛期に、どれだけ長万部が賑わいを見せたのかが伝わってくるような品揃えに息をのむ。

▲ 駅弁かにめし本舗かなや

 僕一人のためにわざわざ開けてくれたことに対して、丁重にお礼を言い、そして長万部駅へと向かった。例の古びた跨線橋を恐る恐る渡り、路地を抜けて駅前に出た。そのまま駅には向かわずに、駅前の国道に出て、その沿道にある「かにめし本舗 かなや」へ足を運んだ。かにめしを製造販売する店舗である。長万部の名物駅弁の一つに数えられるかなやのかにめしは、以前から食べたい食べたいと思っていた駅弁の一つであった。長万部に立ち寄ったのなら、是非、口にしたいと思っていただけに、直接販売所を訪ねたのであった。

▲ 長万部駅
▲ 特急スーパー北斗6号

 長万部を10時39分に出る特急スーパー北斗6号函館行きに乗車した。乗車率は高い。大荷物を抱えて、恐縮しながら客室内へと入る。そういえば、きょうは3連休の初日であった。函館へ観光に向かう人が多かった。窓側の席だったため、既に通路側に座っていたご婦人に一度席を立ってもらうなど、途中から乗車すると肩身の狭い思いをする。しかも、30分少々の乗車時間であり、隣のご婦人には再三再四のご迷惑をおかけしながら、下車直前に再び席を立ってもらう。森駅に降りると、目の前には蒸気機関車を外した客車が停車していた。

5.2 森から砂原線へ

▲ 森駅

 森駅は北海道森町の玄関口である。駒ヶ岳の北側の麓にあり、内浦湾にも面しているから漁業も主産業の一つとなっている。ところで、森町は、「もりまち」と訓む。自治体名の「町」を「まち」と読むのは、「雫石町」などの例外もあるが、「大洗町」、「出雲崎町」、「鰺ヶ沢町」など、東日本に多く見られる。一方、「町」を「ちょう」と読ませるのは、「長久手町」、「高千穂町」、「弟子屈町」など、西日本と北海道に多い。したがって、森町はこれらの傾向の例外となる。北海道が西日本の慣習に倣っているのは開拓の関係なのかどうなのかは知らないが、そういう視点で見ても、歴史や文化を辿るヒントになるように思う。

 森駅はSL函館大沼号の北の終点である。函館から来た列車は、客を降ろした後、機関車を切り離して函館方に付け替える。今しがた、函館から到着したSL函館大沼号も同様で、その作業に鉄道ファンらがカメラを構えて見守る。

 改札口には若い男性駅員がいて、僕のきっぷを中に持っていった。様子を伺っていると、どうやら途中下車印を探しているようだ。ベテランの駅員が引き出しを開けて差し出すと、その若い駅員はポンと押した。彼の胸には「研修中」とのプレートが付いている。このような変な客はそうそう現れないだろうから、途中下車印など滅多に使うこともないのだろう。僕は、そのまま窓口へ回り、入場券などを購入する。今度は、慣れた手つきで発券作業をする。

▲ いかめしのグッズ販売があった

 もう一つ、森駅と言えば、名物駅弁、「いかめし」が挙げられる。先日、釧路でも購入したが、途中で小腹が減ったときにと1つ購入した。小腹が減ることがあるのかどうかはわからないが、小腹が減ってから考えても良かったと、買ってからそう思った。

 僕は、このあとSL函館大沼号に乗車するが、一足先に流山温泉へ行って、そこから乗るつもりでいる。したがって、一本早い12時00分発の函館行きの普通列車に乗る。キハ40形のディーゼルカーは、いわゆる砂原線へと入る。

▲ 森・大沼間の路線イメージ

 森駅から大沼までの線路は二手に分かれる。いずれも函館本線に違いなく、一旦分かれた線路は大沼駅で再び合流するという特異な路線形態をとっている。特急列車などは森から真っ直ぐ南下して大沼公園経由で大沼駅へと抜けるが、上りのトワイライトエクスプレスや一部の普通列車は駒ヶ岳の東麓をグルッと回る、通称「砂原線」を経由する。無論、真っ直ぐに南下する大沼公園経由の方が距離は短い。長万部方面と函館方面を結ぶ乗車券の運賃計算は、実際の乗車経路が大沼公園経由であれ砂原経由であれ、距離の短い大沼公園経由で計算するから、最長片道切符も同様に大沼公園経由で計算される。最長片道切符の旅だからといって、最長乗車距離に拘らねばならない理由はないだろうが、僕は流山温泉に行きたいので砂原経由で行くことにした。

 車内は、買い物帰りのお年寄りらで賑わっていた。木々の生い茂る中をゆっくりと走る。渡島砂原ではジャージを着たイガグリ頭の高校生が降りていく。野暮ったい感じだが、手には携帯電話を持っていて夢中だ。

▲ 鹿部駅

 赤い三角屋根が特徴の鹿部駅を見る。再開発の折に駅舎をデザイナーによって決めるが、国鉄時代に建てられた地方の小駅のデザインは誰がどうやって決めたのだろうか。北海道の駅となると、海沿いとはいえ多少の積雪もあろうから、それに耐えうる駅舎でなければならなかったはずである。三角屋根は積もった雪をそこに留まらせない。重力によって下へと落下させる。機能を重視した特徴を得たのだろうが、それが経年の後、建築物としての駅舎を美しく感じさせるようになった。得てして、美しいものは、美しかろうと思って作ったものよりも、それを意図せずして作られたものに宿る性質なのかもしれない。

 山間の駅舎もない無人の駅に寄り添うように東北新幹線の車両が見えた。12時42分、僕はここで下車をした。

5.3 流山温泉からSL函館大沼号

▲ 200系新幹線電車

 流山温泉駅はJR北海道の中で最も新しい駅であり、観光のための駅としての性格を持つ。一面一線の味気のないホームだけの駅だが、そこには北海道新幹線の早期開業を祈念した東北上越新幹線の200系車両が3両静態保存されている。駅よりもそちらに目がいくが、今回のお目当ては流山温泉である。

▲ 流山温泉

 流山温泉は、ミニゴルフ場やキャンプなどをはじめとする大型の公園施設で、メインの施設となる流山温泉が人気だ。駅から続く道を行けば、左手にパークゴルフといって、ミニサイズのゴルフ場が見える。お客さんも割に来ているようである。

 屋根に木々を重ねて乗せたコンクリートの建物が温泉施設で、受付を済ませると、硬券タイプの記念入場券をもらった。内風呂と露天風呂の構成で、じっくりと浸かる。すぐにでも汗が噴き出す。これが温泉の気持ち良さで、身体の芯からホクホクと温めてくれる。汗と一緒に体内の老廃物も外へ出されるから、湯上がりは身体が軽い。

 流山温泉駅での余裕時分は1時間半ほど。汗を流し、一休みもすれば、ちょうど頃合いの良い時間となる。駅へと戻ると、SLに乗りに、あるいはSLを見るために徐々に人が集まってくる。木々の生い茂る向こうから警笛の音がすると、白い煙を噴き上げながら、SLが反対を向いて滑り込んできた。新幹線とSL、妙な顔合わせである。

▲ SL函館大沼号が入線

 14時15分、SL函館大沼号はゆっくりとした歩みで流山温泉駅を出発した。僕が乗車した車両は、編成されている客車の中でも旧型と呼ばれるスハシ44形で、その車両記号が示すように、車内の三分の一がビュフェ設備を有している。三連休中であるが、意外や乗客は少ないようだ。

▲ SL函館大沼号の座席
▲ 長万部で買ったかにめし

 このSLの客車は、各座席が国鉄時代のボックスシートとなっている。SL列車で転換クロスシートやリクライニングシートでは味気はないから、昔を懐かしむような列車にはお似合いだ。ただ、各ボックスシートの中央部にはテーブルが設置されており、こちらは昔とは異なる。そのテーブルに、長万部で買ったかにめしを広げて昼食とした。

 SL函館大沼号は、大沼駅に停車した。乗客が乗降するための停車ではなく、運転上の都合による停車であるから、時刻表などを見ても通過扱いとなっている。SL函館大沼号が大沼に停車したのは、ここで一旦進行方向を変えて、大沼公園へ立ち寄るからである。こういうのを運転停車といい、今回の場合以外にも、例えば乗務員の交代のため、単線区間での列車の行き違いのため、時間調整のための停車など多数ある。停車はするが、扉は開かないので、乗客が外で一服するというわけにはいかない。

 かくして、SLはバックして大沼公園へと立ち寄った。僅かに停車の後、再び進行方向を変えて函館を目指す。

▲ 小沼

 僕は、カフェカウンターへ行った。何か乗車記念グッズなどがないかを見に行ったのである。そこでサボ販売の旨、掲示があったので、カウンターのお姉さんに問い合わせてみた。すると、今、実際に使用されているサボを函館駅到着後に抽選販売するとのことで、カウンターの向かいに設置されている箱に申込用紙を投函するとのことだった。抽選販売なので、外れても良いくらいの気持ちで、エンブレムとサボを申し込んだ。なお、サボとは旅客車の行き先を表示する横長の板状のもので「サインボード」もしくは「サイドボード」を略したものと言われている。一方、エンブレムは客車側面に付けられる列車愛称「函館大沼号」が記されたものでサボ風になっている。結果や如何に。

▲ キハ56

 五稜郭に着くと、いつも気になるのが金網の向こうに留置されているキハ56である。以前は2両あったが、今は1両となって、しかも錆も目立ってきた。勇退した後も依然として国鉄急行色のままで野ざらしとなっている姿を見ると、何とか引き取って静態保存なりしてくれるところはないのかと思うが、ここ数年を見れば相変わらずなので、そのような奇特な方はおられないのだろう。

 15時20分、函館駅に到着した。抽選販売を申し込んだ客は最後尾にて販売を実施するという。函館から乗車する特急スーパー白鳥32号の発車は15時42分と、あと20分あまり。時間内に終わることを祈りつつ、最後尾の車両へ行く。

 さて、抽選は販売予定数内の申し込みだったため行われず、申し込みした全員が希望のものを購入することになった。マイクを持った若い車掌さんが、「このあと、乗り換えのお客様いらっしゃいますか?」と聞くので、手を挙げた。スーパー白鳥32号に乗る旨を伝えると、「では優先して」と車掌さんは言う。同様に、乗り継ぎ客が優先して購入していったので、僕は3番目に購入した。車掌さんやその他スタッフのみなさんに丁重にお礼を言って、下車した。

5.4 さよなら北海道

 SL函館大沼号が到着した5番線から、スーパー白鳥32号が出発する8番線へ行くのは、車止めを回り込むようにして行かねばならない。これは、函館駅が頭端式といって行き止まり式の形状をしていることによる。ヨーロッパのターミナル駅などで見られる形態である。函館駅にはホーム途中に地下連絡階段や跨線橋がないので、SLを最後尾(札幌方)から降りた私は、端から端までを移動することになったのである。スーパー白鳥32号の発車まであと3分である。

 SL函館大沼号でひょんな買い物をしたので、函館での乗り換えはバタバタとした。前面の撮影をして乗り込むと、ドアが閉まった。

▲ 特急スーパー白鳥32号

 15時42分発の特急スーパー白鳥32号は、函館と八戸を結ぶ特急列車で、東北新幹線が八戸まで開業した2002年に青函連絡特急として設定された。JR北海道の789系電車での運行である。3連休の初日とあって、スーパー北斗同様、こちらも混んでいた。

 ところで、僕が使っているきっぷの経路は、札幌方から函館本線で南下して、五稜郭から江差線へと入る。したがって、SL函館大沼号とスーパー白鳥32号で往復した五稜郭・函館間は経路から外れるから、別途運賃を支払わねばならないように思う。ところが、新旭川・旭川間のように、函館で改札を出ないで五稜郭を通過する列車に乗り継ぐときは、旅客営業規則取扱基準規程第151条により経路から飛び出して乗車しても構わないことになっている。SL函館大沼号は五稜郭に停車するが、スーパー白鳥32号は五稜郭を通過するので、このルールが適用されるのだ。

 最長片道切符の旅を始めてから5日目にして、ようやく北海道を去ることとなった。僕は北海道が好きなので、もう去らねばならないのかと後ろ髪を引かれる思いであった。思えば、ほとんど青空を見ることもなく、曇天の中をいく北海道であった。

 北海道という本州以南とは異なった雰囲気の醸し出す大地から、それとは異なった純日本的な世界へと場面を変えるかのようにして、列車は青函トンネルへと進入する。青函トンネルは、まさに北海道と本州という文化圏の境界をなすゲートのようである。

▲ 本州に入った

 40分ほどして、窓外の漆黒が一変すると、そこはもう本州であった。JR北海道とJR東日本の分岐点である新中小国信号所を通過して、ここにJR北海道に別れを告げ、JR東日本エリアに入った。

 津軽線に入って、左窓に海を眺めると、空はいつの間にか青空を覗かせていた。海を越えるだけで、こうも違うのかという感じである。青森車両センターの横を通過すると、右手から奥羽本線の線路と合流して青森駅へと進入する。青森駅は函館駅と同様、かつての青函連絡船に乗り継ぎやすいよう、頭端式となっている。つまり、津軽線、奥羽本線、東北本線の三路線を一つに束ねるように、青森駅が設置されているのだ。したがって、津軽線から来たスーパー白鳥は、ここで進行方向を変えて東北本線に入ることになる。

 東北本線に入り、浅虫温泉を通過するころには、雲がまた空を覆ってきた。薄暗くなるにはまだ早いが、きょうの終わりを感じさせるように、通過する駅には帰宅途中の人の姿が見えた。終着の八戸には18時40分に到着した。改札口の近くにある売店で「菊ずし」という駅弁を夕食に購入しておいた。

▲ 八戸駅
▲ 下がサボ、上がエンブレム

 今夜の宿は八戸駅併設のホテルメッツ八戸だ。駅直結なので移動には便利だ。ホテルに入る前に回転寿司屋があるのに気づいた。寿司が食べたくなったので、ホテルにチェックインした後で立ち寄ってみた。回転寿司であっても、実際に職人が握る寿司であった。掲示を見ると、生うにが旬だというので、それを注文した。生うには口の中で溶けてなくなった。私は森駅で買ったいかめしや、さっき買ったばかりの菊ずしのことをすっかり忘れて、思わず、「生うに、旨いわ。もう一貫」と注文していた。


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