国家戦略特区の何が問題なのか? ― 加計学園問題とかかわって 前半 #雑誌KOKKO

『KOKKO』26号掲載の恒川隆生さん論考を公開いたします。(後半はこちら

1)国家戦略特別区域の問題点 2017年の第193回国会において、安倍内閣が推し進める国家戦略特別区域(以下、原則として国家戦略特区、または特区という)の政策の一つである加計学園獣医学部創設問題が連日盛んな議論を呼ぶところとなり、あらためて「国家戦略」という用語と「特区」制度が抱える不透明さが際立つ結果となった。疑いが向けられたのは、加計学園理事長が安倍総理の「腹心(ふくしん)の友」であるという自他共に認める事実があり、上記の新学部創設がそれをテコに、通常の政策選択のルールをねじ曲げて恣意的に採用され、決定されたのではなかったかという点である。しかも、大学の新学部設置認可を所管する文部科学省の前事務次官がこの問題を告発したことがきっかけとなって一気に世間の関心が集まったのに対して、総理自身がこれに対する「丁寧な説明」をなしえなかったばかりか、官邸関係者等は記録も記憶もない、さらには何ら問題ないといった発言を繰り返したことにより、政治・行政に対する信頼は一挙に低下し、政府がよって立つべき民主主義への軽視に対する国民からの厳しい批判を受ける結果となった。
しかし、この一連の騒動の中で同時に、事態の深層部分をめぐる国民の問題意識は間違いなく高まったと思われる。すなわち、ある学校法人の新学部創設をめぐる議論にとどまらず、こうした奇怪な現象を生み出しつつある国家戦略特区とは何か、という点である。そもそもこの特区はいかなる目的のために創設され、これが今後日本の社会や国民、事業者、産業構造等にどのような結果をもたらすのか、また、それによって行政のあり方は大きく変質させられつつあるのではないかという点を問い直すことが、いま緊急に求められているといえよう。
そこで、以下においては、国家戦略特区の制度の概要、これを作り出したさまざまな背景や関連法律制定時の国会の審議などにふれながら、とりわけそれらの問題点と批判を提示したい。

2)国家戦略特区とは
⑴ 加計問題に現れた国家戦略特区の運用について検証を行うためには、特区の創設時点から現在に至る制度設計過程とそこにおける議論の内容にさかのぼって分析を加えることが不可欠である。
政府内部で国家戦略特区の芽となる制度の検討が始まったのは、2012年12月に閣議決定に基づき設置された日本経済再生本部の下に、その翌月置かれた産業競争力会議においてであった。翌年4 月17日の第6 回会議では、同月3 日に開催されたテーマ別会合「立地競争力の強化」における意見をもとに議論がなされたが、そこで、新たな特区の話題が扱われている*1。
それによると、新たな特区は規制改革の突破口であり、第一に、それまでの総合特区・構造改革特区などで行われてきた国と地方の協議や、なかなか到達しなかったとされる管理職クラスの対面協議を超える規制改革を行う必要があるとされた。そのため第二に、それら協議の必要性にこそ政策遂行の阻害要因があったという判断の下で、徹底した総理主導型で規制改革を推進できるようにすべきことが強調された。すなわち、「特区諮問会議」(仮称)を置き、総理の命を受けた特区担当大臣と民間議員が関係大臣と議論し、後者に個々の政策の実現を命ずるとともに、特区担当大臣(国代表)、知事・市町村長(地方代表)及び民間代表による統合本部を置いて議論するというモデル*2の提案である。なお、この提案に対応して、当時の新藤総務大臣兼地域活性化担当大臣からは、個々の政策提案の認定後、必要な財政・税制の支援措置をし、規制改革を行うことに積極的に対応したいと呼応する発言が早くも行われていた。
⑵ ところで、新たな特区の設置に向けた手続過程、それによって目指そうとする規制改革の内容、それを進める際に考慮ないし調整されるべき事項とその方法、そして特区設置の結果、予想される国民生活や産業界、利害関係者等への各種の影響などについては、厳密な予測や検討が行われていたのであろうか。
(イ)まず、前述の第6 回会議では、竹中主査提出のペーパーが特区の類型として、①国際先端スーパー特区、②農業拠点特区、③その他(医療ツーリズム特区、官業民間開放特区、有料道路コンセッション*3特区、公設民営学校、イノベーション(起業)特区、アジア研究開発拠点特区、電力市場改革特区、自動走行特区等)を例示していたが、これらの取組については「6 月の報告*4を待たずに、すぐに取りかかれるものであると思っている」、「特区については専門家のワーキンググループをすぐにでも設立し、すぐにでも始めていただきたい」(竹中発言)との要望が出され、半月後の5 月9 日に内閣官房長官決裁という手続により国家戦略特区ワーキンググループ*(5 以下、WGと略す。)の開催が決定されている。WGは、地域活性化担当大臣の下に開催されることになったが、2017年現在は、内閣府特命担当大臣(地方創生、規制改革)の下で、民間事業者、地方自治体からの提案についてのヒアリングに当たっている。いずれにせよ、この経過から、国家戦略特別区域諮問会議発足前にあって、企業経営者・エコノミスト等特定の立場を代表するごく少数の委員からなるWGが国家戦略特区制度法案の基本枠組みを立案し、多様な利害関係者を含む各層からの意見を反映させることなどは検討すらしていなかったことを確認できる。
このような構造自体、総理大臣が議長を務める会議体である点と「スピード感を伴う改革」に名を借りた「不公正」な手法と呼ぶしかないものであるが、それを「政府」自身が承認してきたのは、きわめて深刻な問題である*6。
(ロ)さて、産業競争力会議は、特区が「世界で一番企業が活動しやすい国」、「ビジネス環境世界一」を実現するものであることを繰り返し強調したが、そこに含まれる意味を理解しておく必要がある。もともとこの表現は、第183回国会冒頭の安倍総理大臣の施政方針演説に見られ、この目標を実現すべく規制改革会議が産業競争力会議と連携しつつ、「戦略分野を育成するとともに、投資先としての日本の魅力を最高水準に引き上げる観点から、国際比較をした上での規制改革などを含め」る(「第1 回産業競争力会議の議論を踏まえた当面の政策対応について」)ため、国際先端テストの導入に向けた取組を開始していた。しかし、その後提出された「国際先端テストのとりまとめ」(2013年6 月5 日)では、改革事項も14項目にとどまり、抜本的な規制改革を図るには至らないものと評価された*7。つまり、通常の規制改革手法では成長戦略を支えることはできず、今後は例えば何年以内に、経済成長率を何%高めるといった目標をもとに政策を立てる必要があるとの判断が強められてきたのである。そうであるとすれば、「世界で一番企業が活動しやすい国」はもとより具体的な概念ではなく、海外投資家を念頭に置いた「ポジティブ・サプライズ」(竹中議員)メッセージにほかならず、それに資する政策があれば全て投入するための容器に過ぎないことになる。ただし、所詮その政策とは規制改革であり、成長に無縁な例も相当数に渡り組み込まれることに変わりはないであろう。加計学園問題も、特区の政策に便乗して巧みに紛れ込んだ事例のひとつではないだろうか。
(ハ)以上のような、従来を超える「規制改革の突破口」として特区を形成すべく、5 月24日の第2 回国家戦略特区WGは、関係省庁と直接意見交換等を行う集中ヒアリングを行うこととした。具体的な規制改革事項として挙げられたのは、①外国人への医療サービス提供の充実(外国人医師の国内医療解禁、病床規制の見直し等)*、②有期労働契約期間( 5 年)の延長(契約型正規雇用制度の創設等)*、③都心居住促進のための容積率・用途等集団規制の見直し*、④羽田空港国際化のための羽田・成田離着陸割当ての柔軟化(羽田への国際線割当てと成田への国内線割当ての交換促進)、⑤有料道路運営の民間への開放(コンセッション方式の導入)、⑥公立学校運営の民間への開放(公設民営学校の解禁)*、⑦海外トップスクール誘致のためのインターナショナルスクールの設置認可要件等の見直し(国内校との競争条件の同一化)*、⑧農地流動化のための農業委員会の関与廃止等、⑨先進医療等の保険外併用療養の範囲拡大(評価実施体制の柔軟化等)である*8。これ以後、WGは、特区をつうじて「岩盤規制」に向けた「異次元のレベルの改革」を実現するという表現を用いるようになる。
(ニ)ここで規制改革事項9 項目の選定理由を見ておきたい。じつは第2 回WGが急きょ持ち回りで行われて9 項目を選んだのは、6 月5 日に予定されていた内外情勢調査会における総理の講演*9に向けて、国家戦略特区の案をまとめるべきではないかとの判断から、急いで「国家戦略特区」の基本的考え方と当面の進め方をまとめたという背景があった。後に、WGの委員からでさえ、それら項目がどこから出てきたのか、と問われたのに対し、「特区を生み出した産業競争力会議から出た事例もあったし、このWGで出てきた項目もあった。例えば有期雇用の延長とか(中略)。それを混合して9 項目となった。産業競争力会議での事例の中からこちらで拾ったのはほんの一部である。それを皆さんと議論を始める前に事務局と相談して、それで9 つを一応決めた。(中略)〔新藤〕大臣に御相談して、この9 つでやろうと思うがどうかと言ったら、それはやれと、とにかく急ぐのが肝心だとおっしゃって、それで決まったということ」(八田座長)と弁明がなされている*10。要するに、一つ一つの規制改革事項を吟味する意図も余裕もなく、産業競争力会議やWGで個別に話題に上ったものを一括して、関連する省へのヒアリングを大急ぎで5 月27、28日に実施したのである。また、このヒアリングをつうじて6 項目((ロ)の①②③④⑥⑦に関する部分項目)で各省と「合意」があったと説明されているが、それらもまた「優先度」に着目して決定され、今後順次つけ加えることは可能である旨が語られるなど、とにかく何らかの先行実施を必要としていたことだけは顕著であった。
そもそも何を基準に「国家戦略」として採用すべき規制改革項目を選択するのかについては、「大胆な規制・制度改革と税制措置により、国の成長を促すような『国家戦略特区』」論から一歩も出ず*11, 12、各項目に期待される具体的な効果予測、規制改革実施に伴う「副産物」ないし「弊害」の有無とその評価、それが避けられない場合の対応策等々に関しては全く念頭に置かれていなかったといえよう*13。このような思考・行動様式は、国家戦略特別区域諮問会議が設置されたのち、それが決定する、事業者・地方自治体によって提案される個別の規制改革事項提案からどれをなぜ選択するのかという基準の適用においても、客観性や公正さに疑念をもたらす要因となっていると思われる。
⑶ 国家戦略特区が優先的に取り組む規制・制度改革として先の6 項目を例示した閣議決定「日本再興戦略」(2013年6 月14日)の公表後、WGは7 月5 日、8 日、17日及び19日に有識者へのヒアリングと彼らから受けた約135項目の規制・制度改革事項の提案の絞り込み作業に入った。結果的に10月18日付けで「国家戦略特区において検討すべき規制改革事項等について」において、①医療、②雇用、③教育、④都市再生・まちづくり、⑤農業、⑥歴史的建築物の活用、が打ち出された*14。同時に、国会では国家戦略特別区域法案の審議が始まり(第185回国会)、12月7 日に同法は成立している。そこでの審議の特徴は次章で紹介するが、加計問題で注目されることになる特区制度運用の中立・公正に関わるルールをめぐる検討に留意しつつ検討していくこととする。

*1  議事録を参照したサイトは、http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/kaigou/である。
*2  提案者である竹中議員(当該会合の主査)は、これを「さながらミニ独立政府のようにしっかりとした権限を持ってやっていく」と述べている。
*3  公共インフラの運営権を民間に売却し、公共部門が運営を民間に委ねる仕組み。
*4  すなわち、後の『日本再興戦略 ―JAPAN is BACK―』(2013年6 月14日・閣議決定)のことである。
*5  これは民間有識者5 名からなる。竹中ペーパーでは「規制改革などに精通した専門家で構成」するとされた(テーマ別会合「立地競争力の強化」資料14参照)。なお産業競争力会議議員との兼任は1 名のみである。
*6  なお、ここでいう「政府」は、重大な歪みを内包した存在である。第一に、日本経済再生本部は、経済再生担当大臣兼内閣府特命担当大臣(経済財政政策)と内閣官房長官は副本部長で、他の全ての国務大臣は本部員の扱いである。この日本経済再生本部の決定で設置された産業競争力会議には総理、副総理、経済再生担当大臣兼内閣府特命担当大臣(経済財政政策)、内閣官房長官、経済産業大臣以外の国務大臣は含まれない(その後、構成員は変更される)が、これはそこで除外されている国務大臣及び省の官僚組織が規制改革を阻む対象と見なされているからであろう。このような仕組みはいわば総合行政の自主放棄の過程であり、本来容認されるべきものではない。第二に、右会議の構成員である閣僚等もまた、議論の場において行政が担うべき「公益」や「利害の調整」には無頓着であり、逆にビジネス活動により生ずる利益の増大を究極目的としている民間議員に政策の基本方針提案を委ねてしまっている。これらの特徴を出現させているのは、小泉内閣以後着々と重ねられてきた内閣総理大臣の権限強化であり、言い換えれば総理に直言できる地位に就く者こそが政策形成過程で最大の発言力を持つことを明示している。ただし、法的な意味における総理の権限強化のみに起因するという単純化した理解は不正確であり、昨今しばしば使われる官邸政治、つまり「官邸」を構成する各種のアクターやその相互関係を法学的・政治学的な観点から厳密かつ包括的に分析する必要がある。
*7  こうした評価を明示する資料は見当たらないが、第8 回産業競争力会議における竹中議員から規制改革会議議長に対する強い要望や、「国際先端テストのとりまとめ」公表と同日の第11回会議での同議員からの意見(規制改革について、古くから課題とされ続けている農業、医療、労働などの領域の「岩盤規制」に対しては必ずしも十分対応できなかった、また、規制改革に関して、本会議と規制改革会議の連携が十分でなかった)がそれを物語っている。
*8  ここで*を付した項目は、外資ないし多国籍企業、優秀な外国人人材確保への呼び水となる政策と位置付けられる。
*9  安倍総理「成長戦略第3 弾スピーチ」(内外情勢調査会)
*10 第3 回WG議事概要における、八田達夫座長発言。
*11 第4 回WG議事概要における、新藤大臣発言。
*12 もう一点は、従来の構造改革特区、総合特区が地方自治体からの提案に基づき、地域活性化を目的に運用されてきたことへの不満から「国家」戦略と表現せざるをえなかったと推測できる。
*13 関係者がしばしば発する「スピード感」の要請が、慎重な利害調整の考慮の排除など全てを正当化している。この姿勢は、後の「国家戦略特別区域基本方針」(閣議決定・2014年2 月25日)第二・2 ①にも表示された。
*14 この文書は、同日、日本経済再生本部「国家戦略特区における規制改革事項等の検討方針」として公表された。


恒川隆生(つねかわ・たかお)静岡大学法科大学院教授。1954年岐阜県生まれ。2005年より静岡大学法科大学院教授。共著に『アクチュアル地方自治法』(法律文化社、2010年)、『個人情報丸裸のマイナンバーはいらない!』(大月書店、2016年)など。

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