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トヨさんの椅子(大切!最終回)

最終回は実践的活用方法

あくまで日用品である「トヨさんの椅子」。製品の持つ特徴がわかったら、今度はその特長を上手に活用する方法を知ることがとても大切です!
これまで三回続けて参りましたこのシリーズ。長々と書いていますが、これまでお付き合い頂きました皆様は、「トヨさんの椅子」の特徴について大体ご理解いただけたのではないでしょうか。簡単にまとめると次の通りです。

特徴のおさらい

①日本の生活風土に合わせた海外にはなかった椅子であること
②和室でも使えるよう工夫されていること
③同じ部屋で床座りしている人と、なるべく違和感なく談笑できる様に考えてあること
④座面までの高さが女性の脚の長さから計算されていて、女性でも脚が床に付くこと
⑤座面の位置を前後させることが可能で、座る人の体格差に対して守備範囲が広いこと
⑥座る人の様々な体の動きに対応できるよう設計されていること
⑦故に筋肉や靱帯などへのストレスが溜まり難く、長時間座っていても疲れにくいこと
⑧胡坐椅子でもあること
⑨胡坐をかいたり脚を前に投げ出せば長身の男性でも使えること
⑩人に安心感を与えるオーガニックなフォルムであること

ざっと簡単に10の特徴を上げてみました。

トヨさんの椅子の一般的利用法

それではこの椅子の特徴を踏まえ次のような使い方をご紹介しましょう。

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◇書斎椅子として使う
職場とは違い自宅の書斎にはこのくらい「どっしり」と座れる椅子があると良いですね。机の高さは61㎝程度に。(注:天板下の引き出しがある場合は脚がぶつかる可能性があるので確認が必要です)会社にあるスティール製デスクの高さはおおむね72㎝、椅子の座面から机の天板の上面までの距離のことを差尺と言いますが、業務用家具計画のお決まり差尺は約30㎝です。トヨさんの椅子と61㎝の机と組み合わせた場合、差尺が25㎝。実はこの5センチの差によって机の上の世界観が大きく変化します!

前々回の「トヨさんの椅子(2)」では、台風16号が近づく中、このエッセイを書いている自分の様子をレポートしましたが、この時はトヨさんの椅子に座り、61㎝の高さの机にノートパソコンを置いて原稿入力しておりました。はたしてあのレポートでこの椅子の特徴が上手く伝わっているかが不安ですが、長時間仕事をしていても、体のストレスをうまく逃がしてくれて疲れ難くそうな椅子だな~って。。そのライブ感というか皮膚感覚がが少しでも伝わっていれば嬉しく思います。

お仕事に!趣味に!ある時は ながら作業、またある時は、我を忘れて仕事に打ち込むなど、職場とは違った自分だけの世界観を十分に楽しむことが出来ます。この机上の景色が一変したワクワク感!是非くらし座で体感してみて下さい!
机に向かう主の後姿が
いつの間にか少年少女の姿に戻っているかもしれません。

女性ロゴ

◇パーソナルチェアとして使う
リビングルームや寝室そしてもちろん和室にも。読書するにもお茶を頂くにもくつろぐにも快適です。高さが45㎝~50㎝程度の小ぶりなサイドテーブルを椅子の脇に置くとなお便利ですね。
サイドテーブルの上には、時にビール、そしてまた時にはビール…笑
気候の良さにも誘われて、いつの間にかうたた寝してしてしまっている姿が目に浮かびます!

また高さが50㎝~60㎝ちょい位の高さのテーブルを挟み、旅先の旅館にある広縁の様に対面で座るのも良いですね。一般のご家庭では広い縁側なども今の時代なかなかお目にかからないですが、普段の和室でも、床座りが厳しい方など(もちろんそれぞれお体の状況によりますが)、この椅子のもつ効用に重宝される方は多いのではないかと思います。

以前お話しましたが、姿勢の受け皿として椅子を見た時「安楽性」と立ち座り等の「作業性」は明らかに相反する方向を向いていて、「安楽性」を高めると「作業性」が低下し、「作業性」を高めようとすると「安楽性」が低下します。

イージーチェアつまり「安楽椅子」にしてもソファにしても安楽性を高めれば高めるほど、その椅子から立ち上がろうとすると「よっこらしょ!」が思わず口から出てしまったり、腰を下ろす時にちょっとした恐怖感を覚えることがあるのはそのためです。だからリビングルームでソファを囲んだ家族団らんの時、どうしても筋力が不足しがちな年配の方は、孤立しやすくなります。立ち座りのとき家族の手助けが必要なソファや安楽椅子に向かうのが、段々と億劫になるのは当然ですね。

こういった状況があらかじめ予想できる場合は、ソファとお揃いの一人掛けなどではなく、座面に強い後傾角度がなく(トヨさんの椅子の後継角度は4度程度)ソファより硬めで安定して体を支えてくれる「トヨさんの椅子」を検討されるのも良いかもしれません。

それぞれの椅子が持つ効用をちゃんと理解し それを上手に活用することは、椅子による高齢者の孤立化を防ぐことにも繋がります。
また高齢者の場合に限らず、来客時お茶を出したりお客様のお世話をする為に、立ったり座ったりする頻度の高い 家の人間が座る椅子についても、同じことが言えるかと思います。

生活の道具は、人生節目などに心理的トップスピードの勢いで、何点セットなどのビジュアルやパッケージで購入するものではなく、使うシーンを色々と想定しながら、「必要な時に、必要なものを、必要な量だけを」を心がけて購入することが賢い消費行動と言えるかと思います。
こういった冷静な消費行動の積み重ねは、やがて価値評価能力をパワーアップさせることに繋がり、小さくても身近な価値づくりと価値評価の積み重ねは、もしかすると今も続く長いデフレから脱却する有効な手段の一つのなのかもしれません。

スマートな買い物
今はさすがにそんな方はいらっしゃらないと思いますが、昔は新生活を始めるに当たって、ギフトマーケットをターゲットとして仕組まれた立派な箱入り何10ピースカトラリーセットを、あまり中身も確認せずご自分用に購入してしまう方もいらっしゃいました。柳宗理が生きてたら叱られそうです。
これこそ必要な時に、必要なアイテムを、必要な量だけ購入し、腐るモノではないですから、ライフスタイルの変化に合わせながら、時系列で買い足しを計画する!というのがスマートに感じます。

◇業務用として使う
秋岡芳夫氏が「トヨさんの椅子」の素晴らしさにいち早く気づき、作者豊口氏が喜ぶほどの愛用者だったことは既にお話しました。その秋岡氏が1969年に東京中野のマンションに新しい事務所を開設する際、いくつもの「トヨさんの椅子」が運び込まれています。この場所こそあのグループモノモノの104号室会議の場所となりますが、そこではたびたび徹夜することもある熱のこもった会議が行われていました。「トヨさんの椅子」の別愛称として「疲れ知らずの椅子」や「徹夜椅子」と呼ばれていることも既にお伝えしましたが、実はこの会議のメンバーが名付けた愛称だと言われています。
長時間の会議では、座る人の体を固定ではなく動きで捉えデザインされた椅子が本領発揮することになります!

グループモノモノ

グループモノ・モノ
※画像は104号室会議の様子です
1969年秋岡芳夫は、デザインを考える人たちがとことん話し合える仕組みを模索しながら中野南口にあるマンションメゾンリラ104号室に「秋岡芳夫事務所(104会議室)を構え「会議によるデザイン」を考案、それを実践するための環境を整えました。

昼間は組織というグループで仕事をするさまざまな職業の者たちが 夜はフリーに集まって、物と者、物と物の関係や暮らしのありようを心ゆくまで語り合う場、地酒やつまみに終電車の時間を気にしないですむよう布団まで備えたこの語り合いの場が、1970年代に秋岡芳夫の主宰したモノ・モノサロンで、誰にでも解放されていた。サロンでこれをやろうという提案が出ると、やる!と言いだした者たちがチームを組みグループモノ・モノを名乗って仕事にかかる。終わればチームは解散する。だからグループモノ・モノのメンバーはいつも入れ替わっていた。企業とともにデザインする過程で、良き提言も固定化されたグループエゴイズムによって阻まれる体験をした秋岡が痛感した「脱グループ」の必要性は、グループモノ・モノで試みられ、脱グループで動くもののパワーを事象した。実にさまざまなプロジェクトを、楽しみながら実現している。

(時代背景)
1960年、日本経済が高度成長期に入り工業デザインの世界も大きく様変わりする。数ある企業の中から大企業が育ち多くのインハウスデザイナーが雇用されて、大量生産、大量消費と生産性の良いデザインが重要視される時代が到来した。1950年代には企業とともにデザインを考え、使う人にとってのデザインをきめ細かく実践してきたKAKだが、1960年代後半になると、秋岡はフリーランスデザイナーの限界を感じとって行った。

※引用 DOMA秋岡芳夫ーモノへの思想と関係デザイン

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※画像 現在もメンゾンリラ104号室は存在し(有)モノ•モノのショールームとなっています!

以上が「トヨさんの椅子」を単体で見たときの、ごくごく一般的な活用例としてご紹介させて頂いました。

ところが!こんなところで終わるわけにはいかないのが、この椅子!であり、くらし座note!
ここからがこのエッセイシリーズ最終回の肝となるところです!

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「トヨさんの椅子」と関係デザイン

秋岡芳夫氏は工業デザイナーでもありましたが、モノを単体位で見るに止まらず、常にモノとモノ、人とモノ、地域とモノ、社会とモノなど、モノの関係性とか社会性を考える広い視野を持ち活動し続けた人です。そんな秋岡氏は1970年代にはLDKにおける生活改善方法について訴え始めます。

1973年頃までは年10%もの高度成長が続いていた日本経済。郊外には団地が立ち並び、戸建てマイホームブーム。憧れの文化住宅ダイニングキッチンには、海外ホームドラマに登場するダイニングセットがコンパクトサイズながら納められました。
しかし!このコンパクトサイズは平面サイズのことであり、高さに関しては日本人にとっては驚くほどの巨大サイズでありました。
現在くらし座では72cmの高さのダイニングテーブルを実体験してもらうために一枚展示しております。(72cmは会社の事務机の高さです)これにセットされている椅子の座面の高さは44cm以上。実はこの高さは靴履き時の高さであり、一般的な日本人が素足で使うには少々高すぎます。つまりよほど長身の方でない限り正しい座り方をすると踵が床に着きません。しかし普通売場では売る人も買う人も靴を履いていますし、共に「椅子というものはシート奥まで腰を入れて深く座るものだ」ということを知る人は少ないですから、ほとんどの方が浅い位置に腰を下ろすことになります。つまり靴を履いたままで椅子に浅く座るということは、踵が床に着いてしまうことが多いので、売り場では高すぎることに気づけない。家に納品され早速座ってみると踵浮いたり、つま先立ちになったり、椅子は深く座るものと知ってしまったら、足は床に届かずじまいで…これはかなりの残念です。72cmに合わせた椅子でも高いというのに、当時は76cmとか78cmの高さのテーブルが普通に売られていたわけですから、これではお話にならない。

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■アームチェアPP68(PPモブラー/デンマーク)は座り方を教えてくれる
画像はくらし座でも人気のあるPP68に作者ハンス・ウェグナーが自ら座る様子ですが、「椅子は腰で座るもの!」と教えてくれます。この座り方、幼少期から躾けられれば日本人の座姿勢はもう少し改善されるかもしれません。この椅子は作業と一服の二つの姿勢を受けとめてくれる2wayの性能を持った言わずと知れたとても優れた椅子です。

このような状況にメスを入れようとしたのが秋岡芳夫氏でした。人が使う生活の道具ですから、それを使う人側からものを見定めるのは当然です。先ずは正しく座ることを知ることが最初で、次に座った人の体格から、椅子の座面の高さが決まり、そこから初めてテーブルの高さが決まるのが順番です。

憧れ過ぎは人を盲目にさせる?
当時は高度成長期の中で敗戦の記憶も次第に薄れ、テレビに映るアメリカのホームドラマに登場する、あのでかい冷蔵庫から出されるでかい牛乳瓶の豊かさに驚き皆が憧れた時代。その表層だけを真似た製品が市民の憧れを誘い、時代の勢いに乗って売買が行われていたことがわかります。考えてみますとそういったマーケットのメカニズムは、今もあまり変わってはいないのかもしれません。

しかし購入してしまったものは仕方がない!
秋岡芳夫氏は救済に動きます。知らずに購入してしまった高すぎる椅子やテーブルの脚をカットする事を提案し、家庭内でも簡単にカットできる方法を婦人雑誌をはじめ様々なメディアを通し丁寧に伝えようとしました。

■椅子のプロポーション
確かに座面の高さが45㎝程度あるとプロポーションが整って、とてもスタイリッシュに見えるのは事実。購入する目的が「眺めるだけの為」とか「踵が浮いて当然!で足がしびれてもやむを得ず!と理解されている場合」とか「有名なものや高価なものを所有するだけの喜び」等々、この世の中には実に様々な価値がつくれらその数だけ購入動機が存在します。ただ「美しくて使いやすいものを身の回りに集めて快適な暮らしを目指したい!」を目的とするお客様には、「それを知ってさえいれば・・・それを教えてもらってさえいれば・・・」という枕詞は、自分を介しては、一人たりとも言わせたくありません。僕はフォルムの美しさやその裏付けについて人一倍うるさい方だと自負していますが、専門職としてのこういった美意識は審美眼以上に大切にしたいと思ってます。

以前のエッセイ ”面倒ですがスリッパ履きにて” でもお話ししましたが、僕はかつてのデンマークデザイン運動に傾倒し 家具やインテリアを学んできたこともあり、「使う人間側からデザインを考える!」はある意味普通。椅子やテーブルを販売するに当たっては、お客様に合わせたフィッティングはいたって日常作業の一つです。
ある時ご縁があって今は亡き秋岡氏に出会いその著書を読んでいると、ご自身の家族を使って食卓テーブルと椅子について行っていた数値研究の様子が書かれていました。
家族銘々の体格に合わせて椅子を調整し、そして今度は銘々の椅子の高さにテーブルも調整し、同じ部屋に集めるてみる。当然のことながらおさまりが良くない。学校の教室じゃないあるまいし、もちろん高い美的感覚の持ち主である秋岡氏ですから納得いくわけもなくNG。結果的にどうなったかというと、「せめてテーブルは2種の高さに統一すると良さそうだ。」でした。体格の違う家族みんなが使いやすい様にするには、一体どうしたらいいものなのか?その解決方法を模索する秋岡氏姿が、いつも同じことで苦労してきた僕には、偉大な人をつかまえて大変失礼なのですが、とても微笑ましく映りました。一般的にベターな差尺は25〜30cmとはいうものの、それはあくまでも最大公約数的な物差しで、家族の体格差によっては、これに収まらないこともあれば、とりあえず収まったとしても、本音を言わせたら誰かが使いづらいこともある。
「せめて2種類の高さに!」の言葉の中には、秋岡氏の生活者に対する優しさや責任感、そしてご本人の真面目さが感じとれました。工業デザイナー界の重鎮、あの秋岡氏でもここで苦労されていたんだな~と思うと、とても親近感を覚えるし、なおさら尊敬の度が高くなります!

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そこで尺ニ(一尺二寸 :36cm)

ここからが秋岡芳夫の関係デザイン能力の本領発揮です。秋岡氏は椅子の高さを銘々に合わせるという発想を変えます。それはどういう発想かというと、成人家族の中で一番背の低い女性に合わせる!ヒールを脱いだ女性が座っても足が床に着く高さを基準にする!というものです。そうなんです!トヨさんの椅子の一番の愛用者が、その活用法を見事に膨らませました。単体の素晴らしさだけを愛でるだけに終わらない、秋岡氏らしい関係のデザインです。
先程までの銘々の体の大きさに椅子をフィットさせるという西洋式の考え方では、背の低い人が座高の高い椅子に座ると、踵が浮き膝裏が圧迫され足がしびれ辛い思いをし、長身の人が低い椅子に座ると、膝下があまり座面の上方に膝がくの字に曲がり、お腹を圧迫することになります。しかしながら「トヨさんの椅子」は床座式発想で座面の幅が56cmの「あぐら椅子」でもあります。ということで女性基準の高さでも、長身の人はあぐらをかくことが出来るし、脚を前に投げ出せばいい!これはいける!

「椅子の高さは銘々の高さにするのではなく、一般的に家族の中で背の低い、ヒールを脱いだ時の女性に合わせるべき!」

秋岡氏は、床座式の発想で生まれた椅子を活用するという収まりどころに辿り着きました。

差尺2

■画像 1977年にグループモノ・モノ編集の「くらしの絵本」ですが、失礼して目線や数値を書き入れてみました。画像を拡大しながらエッセイを読んでいただければ分りやすいかもしれません

更にもう一つの着眼点は差尺

やはりここでも人体→椅子が決まってからテーブルを考えるは常識です。
秋岡氏は差尺を約25cmとし、結果高さ61㎝のテーブルを割り出します。先程の書斎椅子としての利用法で「机上の世界観が変わる!」とお話しましたが、言い方を替えると「忘れかけていた日本人のDNAが蘇る!」そんな感覚を覚えます。大げさに聞こえるかもしれませんが本当なんですよ。

くらし座は商品科学が伴った体感メディアですので、「トヨさん椅子」に合わせて61cmの高さのテーブルを展示しております。そして出来るだけリアルな模擬体験をして頂くために、卓上には汁椀やお箸、卓上コンロに土鍋、アイロン、新聞などをご用意しております。お客様が一番驚かれるのは、卓上コンロの上にのせた土鍋の中を腰を上げずに覗くことができることでしょうか。そしてまた、汁椀を両手で口に持ち上げる動作やお箸を使う動作がとても自然だったり、新聞をひろげるのも楽。また椅子に座ったままでもアイロン作業が十分に可能です!
「あ!俺って日本人だったんだな~」って実感します。何世代にも渡って続いてきた生活習慣は頭で忘れていても、体の中には今も残っているというわけです。時々思うのですが、こういった感覚はあと何世代くらい続くのでしょうかね?

そしてこれと同じ動作を、今度はテーブルを替えて差尺28cmとか30cmの一般の食卓で試すと、中腰になったり 立ち上がらならないと土鍋の中が見えなかったり、汁椀を 持ち上げようとする時には、肘が横に開きいかり肩になりがちで、小さな頑張りが必要であったり、所作も美しく見えない。新聞を読むにも先程の高さの方が楽だった。アイロン??これはかなり無理!等々。。。

本当は使いにくいのにも関わらず、いつの間にか動作感覚が鈍化していて誰が文句を言うこともなく、それが当たり前として暮らしていたことに、今改めて気づくわけです。

この差尺、実はお皿に盛られた料理をフォークやナイフを使って食べたり、スープ皿からスプーンで剝くいあげるといった生活風土から生まれたものでした。(もちろん、こういったカトラリーも模擬体験の為に用意しております)いつもナイフとフォークの生活スタイルの方であればかまいませんが、そうでない場合は差尺を再考するのも良いかもしれません。
決して暴力的ではありませんが、いわゆる西洋への憧れが生み出した無意識の文化占領が今も続いているわけです。「本当の意味の家庭内国際化は自国の風土を踏まえた上で、海外の文化を取り入れることです」と秋岡氏は言います。日本人は西洋のポークカツレツを、ナイフとフォークからお箸に持ち替え、そしてスープを味噌汁に替え「とんかつ」という日本オリジナルのものを見事に作り上げたじゃないですか!」とも。
ラーメンや焼き餃子なんかもそうかもしれませんね。

rogo家族トヨさん

一室多用と一机多用

そして更に、LDK改革の提案です!「トヨさんの椅子」やその後1981年に秋岡氏本人がデザインした「男の椅子」の一連のような、床座式から発想した椅子は、幅を広く取る工夫をすればごろ寝も可能です。

rogon寝椅子トヨさん

つまり床座から発想した椅子を複数脚使うことで、作業から安楽を飛び越え仮眠までカバーすることが出来ます。ということはソファを省略したオールインワンの暮らしが可能となり、それを秋岡氏は「新和風のすすめ」という提言の中で訴えました。

貧しい時代の日本は、一つの部屋を上手に利用する術を持っていました。押し入れから布団を出して敷けば寝室に、朝になると再び布団を押し入れに片付け、台所からお膳を出し(大正時代からちゃぶ台登場)食堂に早変わり。お父さんは仕事へ子供達は学校へ行き、洗い物を済ませ今度は押し入れから裁縫道具を出せば仕事場に。そして近所の奥さんが遊びに来れば、道具をさっとしまい お茶とお漬物を出したら、そこはリビングに変身する。日本にはこのように一つの部屋多目的に使うという一室多用の暮らしがありました。秋岡氏は言います、現在は経済的に豊かになり人々は当時では考えられない大きな家に住むようになりました。しかしながら、並行して大量生産大量消費の時代を迎え、消費は美徳とされ 広かったはずの部屋は家具やモノで溢れかえり、住む人が小さくなって暮らしている。日本には一室多用や蕎麦猪口などの様に一器多用という賢い生活技術がありました。今こそ一器多用「器」の字を「机」に変え一机多用の暮らしを!と提案しました。
家族の体格差に適応していない食卓セットや安楽目的だけのソファをやめ、床座式を取り入れた椅子を活用しながらこれらを一つにまとめ、シンプルかつ広い空間利用の実現を呼びかけました。

rogoセットトヨさん

如何でしたでしょうか?これが「トヨさんの椅子」最終回・実践的活用法でした。色々と書きましたが、もしご質問などございましたらメールにてご連絡いただければ幸いです。メールはオフィシャルウェブサイトからお願いします!

最後に

「トヨさんの椅子」についてのエッセイを書こうと思ったは、このくらし座のある仙台は本町商店街にあるカフェ40計画という店のおにぎり弁当を食べた時、その中身から感じ取れた 作り手のあたたかなホスピタリティがきっかけでした。

トヨさんの椅子の作者であります豊口克平氏のデザイン思想は、型而工房時代に形成されたとご本人がいってますが、この「型而」は物質やその形を超えた大切なものの意味を表しています。
恐らく形而上学:metaphysicsなどを意識し、「モノの形」に関わる活動ではあるが、それの前にあるもっと大切なものを意識して活動する組織である!という志を表すために「形」をあえて「型」に置き換え工房の頭につけたと思われます。ご本人は著書の中で「明治男の頑固さ」といっておられますが、この理念を生涯貫かれました。
以前のエッセイ「むすぶ」でご紹介しました通り、あの秋岡芳夫氏は「おむすび」はただ物理的に米を握っているのではなく、食べる相手のことを思いやりその心を結んでいるのだと言いました。

このお店がつくるおにぎり弁当の握り加減といい、塩や仙台味噌の取り合わせといい、パッケージングといい、製作テクニックとはまた別にある「形而上」的なものが、くらし座にある「トヨさんの椅子」に一瞬重なりました。

そしてその勢いで「俺はトヨさんの椅子とホスピタリティについてのエッセイを書く!」などと宣言してしまい、このパンドラの箱を開けてしまったというわけです。

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今回は予想した通り4部構成からなる長〜い長〜いエッセイになってしまい、お付き合い頂いた皆様には心から感謝申し上げます。大変お疲れ様でした。
これからも皆様の暮らしのデザインに少しでもお役に立てるようエッセイを書き続けていきますので、これに懲りず宜しくお願い致します。

くらし座 大村正




 



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