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蛇とヴェルベット: アンソニー・J・クロウリーについて グッド・オーメンズ

前回アジラフェルの天使的成長を語ったからにはクロウリーの成長も書かなきゃ、と思ったが、彼の場合は成長というよりも一途なアジラフェルへの思いが行動軸となっていることは間違いない。私に言わせればクロウリーは最初から天使への好意がダダ漏れだ。E1冒頭で雨よけに羽根を差し掛けるアジラフェルに近づくクロウリーの動きは完全に天使に好意がある。少なくとも鳥飼いの私にはそう見える。鳥は好きじゃなきゃ相手の脇に近づいたりしない。信用してない相手に近づけば頭を噛まれるからだ。

原作よりも天使と悪魔の2人の関係性をより詳細に書くことに注力した理由は知らないのだが、この設定がドラマをより魅力的にしている事は確かだろう。友情以上に見える2人の関係を書いたことで放映後に沸き起こった一部ファンの戸惑いもゲイマン先生は想定内に違いない。ツイッターで「ドラマ内で異性カップルは明確に愛情を表現していたのに、主役2人は曖昧なままなのは非常に残念」「明確な愛情表現がないのは(同性愛批判を気にした)臆病」などとツイートするファンも現れたが、それに対するゲイマン先生の答えは明確だった。「もしあなたがそう感じたのなら私は作家失格だ。なぜならこのドラマの核は2人の絆なのだから」天使と悪魔という生殖を必要としない存在は性別もないし人間の基準を当てはめられるものではない、彼らの相手に感じている特別な思いをテンプレで示さないからと言って「そこにない」とは判断してくれるな、ドラマの中で「それ」は十分に表現されているだろうという事。また、油彩を描く時に色の表現に奥行きを出すためにメインテーマと反対の色をキャンバスに下地で塗ることがあるが、悪魔に中の人が温厚でナイスガイのデビッド・テナント、天使の中の人が悪戯好き口達者のマイケル・シーンでキャストしたのはこの反対色の下地と一緒で、この相反する下地がある事でよりキャラの奥行きを出す事に成功してると思うのは私だけでは無いと思う。

E3の前半30分で2人の歴史が明らかになる。この30分は原作にはなく、テリーと溜めていたアイデアを使い、ゲイマン先生もお気に入りのパートだと言う。ここで誰もが思うのは「クロウリーこの天使のこと相当気に入ってない?」たまたま近くにいたとか言ってるの絶対嘘、アジラフェルが危ない目に遭わないよう常に気をつけていたんじゃないか疑惑。しかしクロウリーは絶対そんな事を認めたくない。だからこそE5でアジラフェルを失った(と思ってる)時の彼のショックは、今まで毎回必ず守って来たアジラフェルを守れなかった、自分の落ち度だという想像を絶する後悔だったんだ。

クロウリーが何度も繰り返しアジラフェルにいう言葉が「似た者同士」「俺たちは仲間」だ。それを言われるたびにアジラフェルは全否定する。彼が否定するのも当然で、2人は表向き正反対だ。しかしクロウリーの意味する「似た物同士」とはうわべじゃなくもっと深い心理的なもの、心の奥底で感じているもののことだ。天国から地獄へ望んで‘堕ちた’訳ではないし、地獄の同僚達を「つきあう相手を間違えた」と思っているクロウリー、同じく地球で1人で勤務する(そして多分他の天使達と上手くいってるように見えない)アジラフェル。6000年の歴史と地球への愛を共有する、クロウリーにとって唯一の、本当の意味での「仲間」がアジラフェル。クロウリーにはアジラフェルしかいない。だから1800年代に公園の池のほとりでアジラフェルにフラタナイジング(敵と仲良くなる)という言葉を使われたクロウリーは激怒する。敵じゃねえだろ、な か ま だ ろ。
1960年代、車の中で、聖水を渡した後アジラフェルが言う「いつかピクニックでも行こう、リッツでディナーでも。」はアジラフェルからの告白だ。一度は全力拒否したはずの危険物(聖水)をわざわざ自分の為に用意してくれたアジラフェルの愛をクロウリーは深刻に受け止めているかどうかはっきりしないのだけど、一旦断られたのに再度送るよと言ったクロウリーをYou go to fast for me, Crowley.と拒否するアジラフェルの言葉はお互いの友情以上の感情を理解している証拠。この文は「君の運転は速すぎる」、同時に「君は性急過ぎる」のダブルミーニングだから。ここで釘刺されるクロウリーに涙するシーンですね。
対してE3後半で公園のシーン、これはクロウリーの告白です。プロポーズと呼んでも良い。このシーンも原作にはないのだけれど、スクリプトブックを引用して説明しましょう。素人訳ですので悪しからず。

AZIRAPHALE You can’t leave, Crowley. There isn’t anywhere to go.
Crowley looks back. He looks at Aziraphale. Above them, a beautiful starry sky. And Crowley softens.
CROWLEY Big universe. Even if this all ends up in a puddle of burning goo, we could go off together.
AZIRAPHALE ‘Go off together?’ Listen to yourself.
CROWLEY How long have we been friends? Six thousand years?
AZIRAPHALE Friends? We aren’t friends. We are an angel and a demon. We have nothing whatsoever in common. I don’t even like you.
CROWLEY You do.
AZIRAPHALE (blurts out the truth) Even if I did know where the Antichrist was, I wouldn’t tell you. We are on opposite sides.
CROWLEY We’re on our side.
AZIRAPHALE There isn’t an ‘our side’, Crowley. Not any more. It’s over.
Crowley takes a deep breath, as if he’s going to keep talking. And then he lets it all go.
CROWLEY Right. Well, then. Have a nice doomsday.

アジラフェル: 逃げられないよ、クロウリー。どこにも行き場はない。
クロウリーは振り返り、アジラフェルを見る。彼らの頭上には美しい満天の星空が広がっている。クロウリーは表情を和らげる。
クロウリー: 宇宙は広い。もしこの地球が溶けてドロドロになったとしても、2人で逃げればいい。
アジラフェル: 2人で逃げる?何言ってるか自分で分かってる?
クロウリー: 友達になってどのくらい経つ?6千年?
アジラフェル: 友達?友達じゃない、天使と悪魔だよ私達は。何一つ私達に共通するものは無い。君の事は好きでさえ無い。
クロウリー: 好きだろ。
アジラフェル: (うっかり本当のこと言っちゃう) もし反キリストの居場所を知ってたとしても君には教えない。君は敵なんだから。
クロウリー: 俺たちは仲間だろ。
アジラフェル: 君と私で仲間、なんて事はもう無いんだ、クロウリー。終わったんだよ。
クロウリーは深く息を吸い込む、会話を続けようとする様に。そして諦める。
クロウリー: 分かった。そうか。良い終末を。

スクリプトブックのこのシーンの説明を読んで確信した。「彼らの頭上には美しい満天の星空が広がっている」ですよ?どんだけロマンチックなシチュエーションですか?(落ち着け) このシーンはクロウリーが初めて、アジラフェルに自分の思いを伝えたんだなと。その為の星空設定じゃなかったらなんなの?と思いました。そして拒絶されるクロウリー。何かを言いかけ、諦めるクロウリー。

クロウリーとヴェルベット・アンダーグラウンドについて。Queenがお気に入りなのはベントレーで、クロウリーはどうやらアーティな音楽が好みのようだ。ヴェルベット・アンダーグラウンドは1960年代の内省的なアートロックで、これ聴いてるといわれたら「このひと渋い趣味してんな、音楽詳しそう」と思って正解です。ヴェルベット・アンダーグラウンドに関してはすでに文化的一般常識のレベルなので聞いた事ないけど名前は知ってるって人が多いと思われる。ヴェルベット・アンダーグラウンドをビバップと言ったアジラフェルに、言われて直ぐ文句を言わず、多分言おうかどうしようか車中考えていて結局我慢出来ずにソーホーに着いてから苦情を言うクロウリーは相当熱心なファン設定だと言うことを心に留めておきたい。ヴェルベット・アンダーグラウンドとルー・リードはゲイマン先生のお気に入りで、American Godsでも妖精のパワーアイテムとしてルー・リードのレザージャケットが出て来て面白かったのです。


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