マグロ

詩や小説を書きます。物語を通して人は変われると信じています。かなり真剣に。

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どうして僕たちは文章を書くのか

 よく昼間の月の夢をみる。  昼間の月は小さな窓の先に浮かんでいる。  窓は小さすぎてほとんど何も切り取ってはくれないのだけれど、決まって昼間の月だけはその窓枠の内に姿を現している。夢の中で見つめる月は、たいていの昼間の月がそうであるように、薄く、淡く、どこか儚げである。そんな頼りげのない球体が、唯一覗ける青空の大方を毎回埋めてしまっていることに対して、僕は素直に喜ぶべきなのだろうか。  分からない。  ただ、月は月である。月は一つしかない、例え昼の月であれ、夜の月であれ、

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    • ブルーベリーパイ

       その食事会の最後にはブルーベリーパイが出た。焼き目のついた生地に包まれたブルーベリーは、古い記憶のように美しい。素敵な匂いがした。  ゆっくりと、半ば機械的に、パイを口元へと運ぶ。フォークは適度に重く、指先は微かに震えた。わずかな甘みと優しい酸味は、ガラス製の灰皿の中で燃える細長い煙草の向こう側にあった。僕は無心でフォークを動かした。吸殻のフィルターには口紅が避け難くまとわりついている。それらは埋めてすぐに掘り起こされた兵士の死体のように見えた。  頬を右手で撫でると微か

      • 花瓶の縁

        久しぶり。 空っぽになって、 身体の底から声が出た。 柔らかく腰の骨、急いで刺す花瓶。 床に散らばる、余ったカーネーション、光が差し込んでいる。 「ごめんね。この一つきりなの、花瓶」 干からびていく縁、反射する花弁の顔。 「新しいのを買いに行こう」 「うん」 「いつになるかな」 「いつか、きっと」

        • できる限りその空洞をしっかり保って

          「いやだ。  メロンソーダが飲みたかったのに。  それが無いから、代わりにアイスココアにしましょっていうのが好きじゃない、  私って小さい子供のくせに生意気かな」  沙羅(さら)はメニュー表を一通り眺めたあとにそう言った。僕と行動を共にして、ようやく発した言葉がそれだった。  沙羅の背景には深い褐色のレンガが敷き詰められていた。等間隔の繋ぎ目を沿うように視線を泳がせる。薄いレンガの壁紙を貼り付け巧妙に飾られた背景には、重みや歴史が感じられなかった。あくまでフラットな雰囲気が

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        どうして僕たちは文章を書くのか

          二つの時計

           彼と彼女は掛け時計を見ていた。  二人の置かれた状況について、そして彼らがこれからどういう行動を取るべきかについて、深く語り合う必要があった。  いくつかの針が回っていた。しかし、どの針を眺めても彼らの道のりを直接的に指し示してはくれそうになかった。 「内側には本当の心が保存されていて、、、」  彼女がつぶやいた。  彼はそっと彼女に目をやると、すぐに時計に視線を戻した。秒針が音も立てず一定の速度で回り続けている。  二人は、これまでに様々な物事を目にしてきた。雨や風が飲み

          二つの時計

          たまり

           いつものランニングコースに野うさぎの死体が転がっていた。車に轢かれたのだろう。暗くてよく見えないが、黒い溜まりのようなものが広がっていた。 「何にもないのだ、あいつには」  3時間前に見た暗い日本映画の科白が脳内でこだましていた。  手を振り、足を踏み込む。   どうして私はあんな男と付き合っていたんだろう?  たまりはすぐに過去になった。  枝垂れた柳が小さく揺れて、視界の隅へと消えていく。柳は貞操観念の強い男の独り言のような醜い囁きを繰り返している。気持ちが悪い。彼ら

          たまり

          封筒の中身

          「私はカタチに現れる悲しみだけが全てじゃないと思う」  薄い水滴のついたグラスをそっと撫でる。彼女の右手の人差し指は第二関節からその先が欠けていた。季節は冬で、窓の外は新品のパレットのように白く、寂しげだった。  僕はひどく混乱してしまった。  話は変わって街中、  冷たい小雨が頬を撫でる夜。  道を聞いた僕に、男は両手を広げこう言った。 「この人差し指が郵便局へと続く道だとします。だから、この薬指をあなた自身の道と捉え、つきあたりを右に曲がってください。  そこでは強い

          封筒の中身

          傘立て

           個人的に好感を持っている街がある。  その街は僕が生まれた街からひどく遠い場所にある。どうしてその街に強く惹かれるのか?これといった具体的な理由は思いつかない。僕はどうしようもなくその街に惹かれてしまい、ふと気がつけばその街に、吸い寄せられるように出向いている。ふと気がつけばで済まされるほど手頃な存在では決してないのだけれど。  僕がその街に足を踏み入れる時は決まって(何故だろう)いつも雨がふっている。街は孤独で寂しい。うらびれている。でも僕はそんな寂れた街に、毎回新鮮な親

          傘立て

          僕は感動している

          僕は感動している 昨日と違う場所にいても 地球は変わらず回っている それはとても素晴らしいことなんじゃないかって、僕は感じている 君は感動している 昨日と違うことを考えていても 白雲は変わらず窓を左に流れている それはとても優しいことなんじゃないかって、 君は感じている 歩道橋を渡って少し空に近くなる 君が何を感じても、僕が何を思っても 変わらず空は青くて気持ちがいい 無駄なものなんて何一つ無い そういう気がしてくる 僕らは感動している 昨日と変わらず感動している

          僕は感動している

          枕の、くぼみ

           枕が窪んでいる。  その窪みは僕がかつて失った人間の頭のカタチをしている。あの人がいないということを、その不在は雄弁に語っている。  絵画における一見の空白が、時としてそこに潜む“何ものか”を刻々と浮かび上がらせるように、そこに存在しないということは時として巨大であり、圧倒的である。  淡い月の光がするりと差しこみ、枕の上へ着地している。柔らかな光が窪みを優しく撫でつけると、やがてそれらは室内の沈黙に溶け込んでいく。  枕は語っている。 『損なうということ』のその意味を。

          枕の、くぼみ

          リボルバー

           僕は少し早く海に着いた。友人を待っている。青いスカーフを広げたような空。早起きの花屋みたいな海。口笛を吹く。イエローサブマリンを歌う。優しい風が集まってくる。  僕は海を駆ける。潮が引いて海は浅い。ずっと先まで進んでいく。耳を澄ませろ。海が言った、海が言った。シーセッド、シーセッド。 「死ぬって事がどういうものか分かる?」  シーセッド、シーセッド。彼女は言った、彼女は言った。「現実ってものがうまく理解できていない見たいね」って。僕は言った。確かにその後、僕は言った。きっと

          リボルバー

          ターンテーブルにアンチョビのピッツァを乗せて

           ターンテーブルにアンチョビのピッツァを乗せる。  回転するプレイヤー、12インチのピッツァ。  落とし込まれる針、再生される過去。  レコードの針は哀れなアンチョビを絡めとる、一匹、また一匹。  暗い窮屈な缶詰の話、隙間隙間に潜り込む重い意識のようなオリーブオイルの話、あるいは遥か昔、海底の話。  ソニーの大きなスピーカーは仰々しく、彼らの声を聞かせる。 「ウーー、ウゥーーー、ウウゥー、ヴェーー、ヴィヴィヴィーーー、ヴィウウーー、ウウーー……」  あらかたはそんなところ

          ターンテーブルにアンチョビのピッツァを乗せて

          雪と船底の記憶

           白い街に着いた。  風が強く吹くが、不思議と寒くなかった。  船底の黄色が溶け出す波際で、一羽の鳥が小さく鳴いていた。  外套のポケットに手を潜り込ませると、  忘れていた古い思い出や、守ることのできなかった約束に、とても大切な何かがコツンと触れた感覚があった。  思った通りだった。  白濁とした記憶がちらちらと揺れていて、  涙をこらえようと思ったのだけれど、ダメだった。それはあまりに美しすぎて、あまりにそれはあからさますぎた。  涙を拭うことがしばらくできなかった

          雪と船底の記憶

          小さな旅、さようならモーツァルト

          「そろそろ行きましょう」  彼女は年季の入ったセイコーの腕時計に目をやると、わずかに目を瞑ってそう言った。長いまつ毛は物憂げな柔らかさで上下し、美しく揺れた。  僕は静かに頷いて、底に残ったカフェラテをグッと飲み込む。コップの内側にできたカフェラテの薄い跡の重なりが、楽譜の線のように伸びている。線は全部で五つあり、長い時間話こんだことを仄かに示唆していた。  店内にはモーツァルトのピアノ協奏曲が流れていた。毛並みのいい何匹かの子鹿が小気味よく駆けぬけていくような、優しい音色に

          小さな旅、さようならモーツァルト

          若者は悲しい

           若者は悲しい。  僕らはいつだって若者という大きな箱から逃れようとする。  若者と名のつく箱は僕らを拘束し、束縛し、掴んで離さない。  誰もが若者から逃げようとする。  でも、そのがむしゃらな姿勢こそ、  若者のしるし。  二律背反。  僕らは嘘をついていない。  彼らは嘘をついている。  僕らは嘘をついている。   若者は、夢を追う。  そう、夢は箱から逃げ出す一つの手段だ。  夢は僕らの一つ先を進んでいるように見える。  若者の(ないし若者だった大人の)群像は目の

          若者は悲しい

          青いトレーナー

           さようなら。  まだ少し明るい空が、僕の気持ちを押し留めて、やるせなくする。  帰らなくてはいけない。  駅の西側に面した小さなバス停。  無機質な乗り物が僕を送り返す。  時間と場所と愛する人がすれ違い、ねじれて、離れていく。  一つの窓から覗ける色彩は、まばらで、艶やかだ。  鍵を回す。  気がつけば、勝手の分かる、つまらない部屋の中。三日前、濡れたまま放ったバスタオルが、床で乾ききっている。  トランクケースを放り投げ。ベットの上、軽く目を閉じる。   意識が一人で

          青いトレーナー