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【ロック少年・青年小説集】「リフラフセラピー」①

実家が手広く肉屋を展開していたハルオキの勉強部屋に、
ユキオは駅前のレコードレンタルで借りたばかりのアルバムを持って上がり込んだ。

ハルオキの勉強部屋は6畳以上はある離れの個室であった。
小さな庭もあって、ブロック塀もある。
柴犬なのか雑種なのか、犬を飼っていて…犬小屋もちゃんとついていた。

借家で狭い自宅にすぐ帰るのがいやで、週に一、二度ハルオキがいるときにお邪魔していた。

高校三年になって、部活動も引退して、練習で3時間以上の部活の拘束時間が自由時間となったわけだ。

ハルオキの勉強部屋には大きなステレオがあって、テープデッキもいいやつが置いてあった。ユキオは頼み込んで、駅前のレンタルで借りてきて、ハルオキのオーディオセットで急いで録音し、即日にレンタルレコードに返すという作戦をとって、金額を安くあげていたのだった。

駅前のレンタルレコードは、このあたりでは珍しかったこともあり、同じ高校のロック好きの連中ともよく出くわしていた。

今日は、AC/DCの「ギター殺人事件」を借りてきた。
TDKのテープに録音した。もちろん、即日返却のため、
家に帰るときに返す予定だ。

ハルオキはロックにまるで興味がないので、それなりに気を使わなければならなかった。

音を小さめにして録音しながら、ハルオキと適度の会話をしたり、ビートたけしのオールナイトニッポンの録音テープを一緒に聴いたりしていた。
アルバムの録音状態を気にしながら、かつ、オーディオを借りているだけの気を使って、それなりにたのしく会話をする努力をした。

しかし、いつもの努力が、今日はできそうになかった。
アルバムから、音がきこえてきたときから、ユキオはそわそわしてしまい、
ハルオキを無視してヘッドフォンを借りて、自分の世界に入ってしまった。


先週も、ハルオキの勉強部屋でレンタルレコードから借りて録音させてもらったアルバムがある。それが「バックインブラック」だったのだ。

その後の1週間は、「バックインブラック」だけを家で聴き続けたのだった。

そして、いてもたってもいられず、AC/DCを探しに行ったのだ。
あいにく「ギター殺人事件」しかなかったが、なんでもいいから、
AC/DCのギターを聴きたかったのだ。


「ギター殺人事件」の録音の最中、もう、ハルオキの勉強部屋だということもどうでもよくなって、次第に音量をあげながら、ヘッドフォンをかけつつ録音を続けた。

B面まで録音が終わると、ハルオキの勉強部屋から、すぐにレンタルレコードに向かって返却し、できるだけ早く家に向かった。


その夜、何時までヘッドフォンでテープを聴き返したかわからなかった。

それまで毎日聴いていたヘビーメタルの習慣は、その後急激に失われることになった。

もともと、加工されすぎたギターサウンドはそこまで好きではなかったが、
AC/DCのギターの音の心地よさで、ディストーション中毒が消えていくような気がしたのだ。

毎日、リフラフを聴くたびに、シンプルなロックンロールのセラピーを受けているような気分だった。

長ったらしく、ごたいそうな人間業をこえるバカテクギターサウンドが、急激につまらなくなっていくことを経験した。

グレッチとSGがすぐそこで鳴っている。
6本鳴っているコードが2本のギターからきこえてくる。

この体の奥を動かす、魔術のようなビートは、どこからくるのか…

ユキオはAC/DCのセラピーの後に、パンクニューウェーブやストーンズやWhoなどと出会うことになるのだった。