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青龍を追った男〈1〉①

第一節 厦門編
この男、姓は林、名は青望という。福建省の厦門市で生まれた。青望という名は四歳になったときに預けられた家の母方の祖父・陳興福により新たに付けられた名で――名の「青」は彼の右目の瞳だけが生まれつき青い色をしていたことにちなむ――四歳までは父方の祖父・張良文により付けられた尚という名で呼ばれていた。

青望の母親は林雅という。福建省龍岩市永定県の出身である。今は大きな酒楼で働いている。しかし、それは表の顔で裏では上客専門の売春をして生計を立てていた。いわば高級娼婦だ。

林雅の父方の陳家は客家の家系で、かつては円い城郭のような造りの大きな四階建ての集合住宅の棟屋に住んでいた。雅の母・林芳は元々裕福な泉州市の商家を生業とする名家の出であった。豪商といえたほどであった。

芳は何の苦労もなく育ってきた。芳が二十歳のころ、泉州市のある料理店に家族で食事をした際に、その店の若い経営者に一目ぼれをした。好きになった相手は龍岩市永定県の客家の家の養子で――一代で店を出すまでになった実業家であった。名を陳万福という。
万福は赤子のとき龍岩市のある寺に捨てられていた。子のできなかった興福の妻・美玉が赤子をもらいうけたのだった。よって陳家との血縁関係はない。

万福は二人の愛情豊かな養育のおかげで有能な若者に育った。成人後、客家系の血縁=パンの人間の後押しで料理店をもった。商才に長けた万福は大きく成功した。しばらくの間、経営状態は上々で羽振りも良く、容姿も端麗であったため女性にはもてた。万福に言い寄る女性は複数いたが、芳は親族に頼んで後押ししてもらい、その甲斐あって出逢って数カ月で結婚することができた。

しばらくは順調に暮らしていたが、やがて長女・雅の出産を機に夫が賭け事と女遊びに狂いだした。真面目一筋できた万福は遊びに対する免疫がなかったせいなのか快楽の虜となり、それを病とたとえたとき重篤であるといえた。妻の芳は自力で働いて生活したことはなく貧しい暮らしは苦手であった。おまけに生来虚栄心が強く見栄っ張りで浪費家であり、倹約も苦手だった。芳はこの事態をどう乗り切ればいいのかわからず、ただ不安であった。

芳は夫が店を放り出す間、自らが実業家となって働いた。いままで世間で働いたことはなかったが、上から指示を出すことはさほど苦にならず、下働きよりは性に合っていた。経営は一時期に奇跡的に持ち直したが、夫の散材に追い付かず、とうとう程なくして店を手放さざるをえなくなった。

芳はあまりの事態に悲嘆に暮れていた。そんなことは今までしたことはなかったのだが、ある日店によく出入りしていた裕福そうな男に身の上相談をしてみた。その男は厦門で酒楼を経営する若き実業家であった。名を陸昌敏といった。芳は夫の放蕩に疲れていたせいもあって、その男にひかれ、その日のうちに男と女の関係になってしまった。

陸は福建のパンに所属していて闇の世界とも関わっていた。厦門の酒楼は表向き高級料理店として有名な高級ホテルであったが、裏では高額の賭博と高級娼婦による売春が行われていた。そこに出入りする客たちの中に清国の軍を統率する役人たちが何人かいた。それゆえに武器や薬品、麻薬すらも軍部から調達できるメリットがあった。元来快楽に弱い雅の母・芳は、すっかり陸に惚れこんでしまった。金と力が陸を頼もしい男に見せていた。金と力についてくる暗い部分を雅の母は自分から見えなくしていたことに自分では気づかなくなっていた

程なくして芳は陸の愛人となった。いや、金と引き換えに陸の専属の娼婦になったといってもいい。麻薬との関係も同時に始まっていた。やがて、陸からの指示で、雅の母は女衒や手配師の真似事をするようにもなった。表と裏の顔を使い分けるのは、裕福な気取った上流生活に慣れた彼女にはできないことではなかった。陸の期待以上に、雅の母はその仕事をうまくこなしていった。

雅は母・芳の実家ではなく父方の永定県の実家・陳家に預けられた。雅の実家は豪商であるだけでなく、福建南部では知的水準も高く、名家として知られていた。芳の結婚後の失敗はそれを恥ととらえていたようで、半ば縁を切られた形になっていた。その代わり、ある日大金が送られてきた。芳は林家での自分の価値がこの金額なのだと感じ、さめざめと泣いた。そして、涙が引いた後に、これで本当の意味で闇の世界に赴く自分自身を受け入れることができるのだと感じた。自由になったような気にさえなっていた。

雅は陳家の円形の棟屋で大きくなった。母・芳とは年に数日くらいしか顔を合わせることもなく育ったが、書簡のやり取りは頻繁に行われてはいた。父は相変わらず遊び人のままでいて、母から老夫婦あてに送られる仕送りをせびりに実家に戻って来ることもあった。陳家の万福の父・興福は学問を好む温厚な文化人的な人間であった。ただ俗事を嫌い、雅の教育・しつけ自体は妻の美玉がしていた。美玉は大柄で情の深い、厳しいが優しい人間であった。雅を最初は自分の子どものつもりで可愛がろうとしたが、雅は全く懐かなかった。なんでもずけずけ言う陽気な美玉と雅はまさに正反対の性格で、雅が早熟で性的に魅力がある少女に育った頃からますます二人の間は修復できない関係となってしまった。美玉が何かを言っても視線も合わさず林雅が無視するということが続いた。興福が雅に好色な視線を送るようになったせいもあったかもしれない。

十四歳の時、雅は1つ年上の違う階に住まう少年と恋仲になり、あるとき一階の廟の中で交情をした。少年は簡単に果てたが雅はそのときの淫らな行為に異常なほど快感を覚えていた。次の日から雅は自ら交情を求めて廟に少年を誘った。程なくして雅は絶頂に至るようになった。

しかし、ある日、廟での密会に気付いた男がいた。祖父の興福であった。興福は二人の交情を複雑な心境で見守った後、その日は黙って引き下がった。ある日美玉が用事で不在のときを見計らって興福は雅を自分の寝室へ呼びつけた。興福は雅の口を吸った後に自らの生殖器を雅の口に咥えさせていた。初め戸惑っていた雅は程なくして知識もないまま大人がするがごとく性器を弄んでいた。あっと言う間に興福は射精した。雅はいやがりもせず顔や体に飛び散った精液を指でぬぐった。雅の性器は既に湿り気で滴っていた。興福は小銭を雅に手渡した。口止め料のつもりだったろうか。

興福は以降、美玉の目を盗んでは雅との性行為をむさぼった。彼の眼には雅がその行為を拒絶しているようにはついぞ映らず――さすがに挿入しての行為は近親相姦でもあり、しないようにしていたが――罪悪感がすぐに稀薄になってしまった。確かにどちらが誘っているのかさえ分からないほどに頻繁に行われていた。ただし、それ以降行為のたびに雅は興福に小銭を要求し、興福はその通りに手渡した。金をためることがこの後、雅にとっての大きな楽しみになっていった。その先鞭をつけたのは他ならぬ実の祖父であった。雅はその後複数の男性と秘密の行為を持つようになっていった。その際はほとんどの場合に行為の秘匿の安全の代わりに金銭を要求するようになっていた。二年たつ頃には。円楼のなかで雅のよくない噂はすっかり広まってしまっていた。

十六歳になった頃、雅は家を出たいと母・芳に手紙を出した。芳は考えた末、雅に「知人の店に奉公に出ること」を提案した。雅は農村の仕事は好きではなかったし、そこに共に居住する林家の一族から監視を受けているような窮屈な棟屋の暮らしがいやであった。その上よくない噂が雅の耳へも届くようになってきて、居心地が悪くなってもいた。それ以上に都会への憧れも強かった。よって、雅はその話を快諾した。母の知人の張良文という男が経営する乾物商の店であった。住み込みで奉公をさせることがすぐに決まった。

雅は背が小さかったが、筋肉質で胸も尻も形がよく大きかった。均性がとれていて野生動物を思わせる妖艶な体つきが人目を引いた。顔も起伏が小さく地味だったが整っていた。一見真面目でよく働くので雅を嫁に欲しいと思う独身の男も少なくなかったようだ。
雅はいいにおいがした。香水をつけているわけではないのに、彼女からはココナッツミルクのような甘いにおいが漂ってくる。絶世の美女ではなかったが、近くによって、少し鼻にかかったようなねばりつくような艶のある声を聞いた途端、ほとんどの好色な男たちはスイッチが入ったようにそわそわしだす。普段は堅そうに見えるのだが、時には男に媚びるような妖艶さをもち、どこか冷たい目をしている雅の怪しい魅力には逆らえないようであった。しかし、頭がよくて冷淡で、ふだんはあまり笑わない雅を言葉では喜ばせることはなかなかできそうになかった。そのため、雅から声をかけるほかは、ほとんどの男たちからはあいさつぐらいしかかからないでいた。

しかし、乾物店主の張良文は妻も子もいるにもかかわらず、性的な魅力あふれる雅をほっておくことができなかった。良文は酒に目がなく、酒が入ると人変わりしたように好色になった。しかし、いったいどちらが誘いかけているのかわからないほど、気付くといとも簡単にお互いが貪り合う性的関係にのめりこんでしまった。初めの頃は誘うのは決まって酒に酔った良文であったとはいえ、雅はいつでもそれを拒むことがなかった。むしろいつでも雅は熱く濡れ、滴っていたようなのだ。それはいいにおいのした雅をさらに妖艶に魅力的にしていた。彼女の体液は香辛料のような植物の匂いがした。それは男を惹きつけて止まない香りであった。あくる晩店主は女性店員たちと同じ相部屋に住んでいた雅に、日当たりの悪い屋敷外れの離れの小屋に住むように言いつけた。店主は雅を自分だけのものにしたいと願ったのだ。雅はカビ臭い日の当たらぬ小屋をいやがることもなく、むしろ生まれて初めての自分ひとりの部屋ができたことで喜んでいたのであった。

初めは真夜中だけの人目を忍んだ関係であったのだが、夢中になった良文は昼間から酒を飲んでは時折明るいうちから雅の体を求めるようになっていた。そうなったら良文と雅の性的関係を、夫人も含めて周りの人間も徐々に気付き始めたのは当然のことであった。

雅は良文が初めての男ではなかったが、それにしても最初の夜から彼女はいとも簡単に絶頂に至った。十六歳の若さだったが素肌を這う唇にさえ身もだえしていた雅は、良文にはまるで成熟しきった女性にしか思えなかった。舌だけで雅は容易に絶頂に昇り詰めた。性的な感度の高さに良文は驚いていた。雅は昇り詰めても脱力することもなく何度でも応えることができた。その湿ったようなきめ細かな肌は手のひらに吸いついて離れないような潤いと淫らな感触があった。一晩に数十回昇り詰めながら行為を自分からはやめることはなく、求められたらすぐにでも応じた。いつまでも果てぬ雅の貪欲さに良文は自制心を失った。気付くと夜が明けることもたびたびであった。

連日、絶頂に至った直後に雅は狂ったように良文の唇をむさぼった。それが雅の癖であった。それはどんな異性にも共通していた。雅は自分が淫乱な人間であることに特に抵抗しなかった。性行為の怪しい快楽には全く抵抗できない自分を受け入れていた。良文は右手の指だけでいともたやすく昇り詰め痙攣する雅を見ては愛おしさと同時に、なぜか自分が底なしの洞穴に落下していく小石になったような気持ちがしていた。その小石からは地面にぶつかる音も地下水に落ちる水音さえ聞こえない。底がない奈落に永遠に落ち続けているのだと感じていた。しかし、何がどうあってもいまの店主は雅から離れることが考えられなくなっている。大きな暗闇に引き込まれていく自分を良文はどうしようもできないでいた。

張夫人は夫には内緒である日雅を自室に呼びだし、自分が夫と雅の関係を知っていることを告げ、叱責した。その場で実家に帰るように言い渡すと、わずかばかりの金を渡した。一か月に満たない勤めにしては大金であった。雅は金を受け取ってから黙ってお辞儀をして夫人の部屋を出た。

翌朝、あろうことか張夫人が寝室で死んでいた。外傷はなく突然死であった。雅は人目を憚らずに顔を伏せて泣いていた。役人が来たが、外傷もなく、毒を盛られた形跡もないために自然死ということになった。世間的にはぽっくり病のようなものとしてとらえられたが、店主の良文は「まさか」と心のどこかで「雅がやったのではないか」という思いを捨てきれないでいた。しかし、死体には怪しい形跡もなかったし、第一これからは雅を独占できるという思いが勝っていて客観的には見られないでいた。良文は葬儀の間も離れで雅に猿轡をかませて性的な関係を続けた。どんな快楽もこの交合に代えられるものはない気がした。

雅はその後、店主の計らいで俸給も上がり、周りにも明らかに目立つ形で待遇が変わっていった。しかし、雅は周りから咎められることはなく、乾物店の空間の中で自分だけが居心地の良い場所を広げていった。なぜ不貞の秘密が守られていたかといえば、乾物商の主だった奉公人たちの何人かはその後雅と関係をもっていたからであった。この事実に気付いて不満を抱いた奉公人たちはすぐにくびになった。雅はいまや性的な魅力のある肉体という自分の武器に気付くようになっていた。男たちをコントロールするために彼女は肉体を提供した。そして、やがて乾物店は雅の魔術的な性の魅力に侵蝕され、知らぬ間にどこか暗い緊張感が漂うようになっていった。その空間にいる人間たちはすべて雅の肉体の魅力によって支配され翻弄され、やがて自由を失っていった。

雅は十八歳になった頃――乾物店にきて一年が過ぎた頃のことだ――そのとき店主には二十歳になる息子がいた。名を張良剋という。息子は数年前から潮州の乾物店に修業に行っていて乾物店で起こっていた事実を知らないでいた。無口で親のいうことに決して逆らわない従順な息子であったが、あろうことか休暇で二年ぶりで実家に帰った際に雅に一目ぼれしてしまった。雅も満更でもない様子であった。人から表立って愛を囁かれたことはなく、恋心に似た思いを感じてはいたようだ。父親の良文はこの事態に混乱して思考が停止してしまい、真実を息子に伝えられないでいた。だが、どうしても一緒になりたいという良剋の意志は固く、出逢って一か月後に、とうとう二人は結婚した。良文からは結局事実を伝えられないままであった。

しかし、問題が起こった。結婚して翌月に雅が身ごもっていることがわかったのだ。結婚後七か月で子が生まれてしまった事実は、どう考えてもおかしな話だった。初めて出会う二か月以上前に受精していたことになる。息子の良剋はいくら晩熟とはいえ、出産が早すぎるということにはすぐに気付いた。ある日気狂いのようになって周りを問い詰めたところ、ある奉公人から父親の店主と雅の関係を打ち明けられた。ショックを受けた。心が壊れたようになった。しかし、良剋は屈辱と悲嘆にくれつつも、離れでの父と新妻の情事を探ることにした。

その夜、果たして背徳的な不貞を良剋は目撃することになった。離れの戸はつっかい棒で開かなかったが、古びていた戸を戸ごと外すことができた。つっかい棒の地面に転がる乾いた音が聞こえたので良剋は身をひそめて立っていた。気付かなかったようだ。敷居をまたいで中に入ると、土間から帳の向こうで二人が抱き合っていることを確認した。夢かうつつかと呆然と立っているところを父親が気づいた。寝室から土間に素早く下りて、良剋を羽交い絞めにした。良剋はとっさのことに声が出ないまま暴れたが、混乱していた良文は半狂乱ですごい力で息子の首を絞めていた。良文は近くにあった大きな水瓶に息子の体を沈めた。

「いいか、このことは誰にも言うな。わかったか」

息だけだが大きな息で息子に言い聞かせた。店主は雅を振り返ると、思いがけないことを耳にした。

「殺したらいいわ。生まれた子はその人の子じゃないし」
(あつ……生まれた子はおれの子か?)

声にならなかった。良文の両手からは力が抜けたが、同時に水瓶に沈めた息子からの力も失せている。あわてて水瓶から引っ張り上げ、良文は自分がしていることにやっと気づいて急に震えだした。

「殺さないなら、わたしがやってもいいのよ」

雅は特に動揺した様子も見せずに不機嫌そうな声で言った。何の動揺も見せず服を着ていた。良剋は気を失っていたが死んではいなかった。酒の酔いも醒めた良文は自分の行為の恐ろしさをやっと気付いてどうしたらいいのかわからなくなっていた。

「意気地がないのね」

そのまま離れの寝室に戻り、雅は何事もなかったかのように床に就いた。

「ごめんなさ~い、ごめんなさ~い」

突然意識を取り戻した良剋は視点の定まらない目で虚空に向かっておびえながら何かに許しを乞うかのように繰り返していた。店主は暗闇で身動きできないまましばらく放心状態でその場にへたり込んでいた。どうしていいかわからないまま二人はそのままの状態で土間に居続けた……。

雅はその後さらに二人の子を産んだ。全部で三人、すべて男の子だった。しかし上の二人は四歳を待たず死んでいた。死因は事故死であった。その死因を怪しんだ人間はいたがいずれも役人によって握りつぶされている。実は雅が役人と肉体関係をもったお陰で不問にされたという噂もあった。しかし、証拠もなく、証拠を確かめる人間も出ず、何事もなかったように雅は日々を送った。

青望が三人目の子であった。良剋は父と雅の不貞を見た夜から精神を病んだ。修業先には帰らず、父の乾物店で働いていることになっていたが、ほとんどは個室にこもりっきりで何もしないでいた。しかし、雅はどういうわけか老人のように寝転んでばかりいる夫の部屋に時々やって来ては生殖器を弄んでいた。無力である夫に満足しているようにも見えた。

このような乾物店の異常な空間も、世間にはさほど事実がもれることもなかった。雅の本性も夫婦の異常な関係も知れ渡るまではいかなかったのは、不思議なことであった。それは雅が典型的な詐欺師肌の裏表人間であったからだといえる。というより人格障害者であったといえよう。聖職者が一瞬で娼婦になれるごとき性格であった。店に立つ雅は冷静で有能な女主人そのもので、周りも一目置かざるをえないほどであった。

雅は生まれてから誰かを愛したことが一度もなかった。情のようなものはある。だが愛ではなかったし、薄っぺらなものであった。いつも自分のことしか考えていない。だが、「ふり」は得意であった。だから愛の深い人間であると思わせることには長けていた。夫人が死んだときも、とても演技とは思えない泣き方をしてみせた。人への愛は薄かったが、その代わりに所有物へ執着は強かった。心を病む夫への奇妙な愛着は、決して他の女性から奪われないという安心感をもたらしてくれたからであり、精神を病む夫は自分の所有物でありえたからである。

雅は精神の安定や退屈を紛らわすために性的なことに依存していた。それは自分でも時々コントロールができないほどであった。しかし、おおっぴらにすることが好きなわけではなかった。その情事が、二人の秘密事であることを好んだ。つまり確実に自分の所有物に等しい関係を好んだわけだし、いわば裏表という二つに引き裂かれた自分の中の闇の部分でしか快楽を感じられなかったということである。それゆえに、ノーマルではない状況でなければ感じられなくもなっていた。例えば、雅は近頃では着衣のままでないと興奮しなくなってきていた。特に善なるものを汚すことや非日常を日常に持ち込むことが性的快楽を刺激してくれた。いや、非日常の刺激的快楽のためにこそ「善なる顔を必要とした」ともいえよう。

三人目の子が生まれた年、雅は26になっていた。彼女は基本的には自分では育てていない。ほとんど乳母に面倒を見させている。子どもは快楽の後の「もの」でしかなかった。そこに魂があることを認識する力が稀薄であった。

乳母は朝から晩まで家に働きに通ったので、昼はよかったが、夜はほとんどがほったらかしであった。仕事も嫡子の嫁になってからは以前ほど働かなくなっている。ただ善なる顔をつくる最低限の働きだけはした。

それ以外は、近頃は空いた時間のほとんどを密室での性的な時間で埋めていた。性的な時間に飽いたときに雅は店で働いたり子どもの面倒を見たりもする。しかし子どもにはどうしても愛情を持てない。どうしてなのか可愛いと思ったことがない。泣き続ける赤子を雅は退屈をまぎらすために、たわむれにいたずらをした。要するに虐待である。いらいらしたときや憂鬱なとき、雅は我が子に肉体的苦痛や時に放置したり時に過剰にかまうなどの精神的ストレスを与えた。つまり我が子をおもちゃにしていた。乳児を所有物としてコントロールできることでストレスを解消していた。言葉を発しないぶよぶよした塊をみても、それがたとえ我が子であってもまったく愛情が湧いてこないことを雅はなんとも感じてはいなかった。だが、どういうわけなのか不思議なことに、三番目の子はそれまでの子とは少し何かが違っていたせいで、これまでより雅の関心を引いていた。

赤子は眉が太くて長く大きな鼻を持ち、背中にうっすらと毛が生えていてまるで龍を思わせる容貌であった。外見でなぜか惹かれるものがあったようである。

(この子はとても大きい。眼の色が片目だけ青く、とてもエネルギーを感じる)

雅の母方の林一族には青い龍の伝説があった。母・芳から聞かされたことがあった。龍を目で見ることができたとき、「純粋に想ったことはそれがどんな願いであってもかなう」と伝えられていた。

(でも夫も義父も背は高くないし、いったいこの子は誰の子なのかしら)

雅にもしばらくこの子の父親が思い当たらなかったが――ただ一人背の高い大男と情事をもったことをある日突然思い出した。

その男は月琴や二胡を演奏して各地を回る旅芸人であった。龍のような顔をしていて身長は一九○センチはあり、目が青かった。自分は昴からやって来たと冗談を言っていた。店主の良文は芸事や音曲が好きで、旅芸人が来ると彼らの宿舎にと空き屋を提供したり世話を焼いたりしていた。雅はかの大男を一目で気に入り人目を盗んで納屋で何回か行為に及んだ。たぶんその時の行為の結果がこの子なのであろう。そんな気がしていた。
愛情はないが、所有物としてこの子を手元に置きたいと近頃は感じている。あの青い目の男はもしや龍の子孫なのではなかったろうか。そう思い、我が子を見ると少しは可愛く見えるようにも感じた。

雅は三十になっていた。尚は四歳。夫は相変わらずひきこもっていた。店主はここ数年深酒もあって体を壊し、商業規模はずいぶん小さくなり家計は傾いていた。売上も伸びず借金がかさむようになっていた。蓄財が唯一の趣味ともいえた雅にはこの状況は我慢がならなかった。するとある日、雅は先行きおもわしくない乾物商に見切りをつけ、何の相談もないまま突然母親のもとに逃げるように出ていってしまった。尚は雅が連れていった。乾物商親子はその事実をありのまま受け止めた。虚脱感の中に少し解放感があった。むしろ魅入られた悪魔が去っていったような安堵感が乾物商の屋敷全体に広がっていたようであった。
ただ尚だけは不憫であった。できれば環境のよいところに預けたいと考えて、雅の育った陳家で預かってもらえるように事前に話を進めていた。実際尚を陳家で引き取ることが決まった矢先の出来事であった。

雅は話がついていた黒龍酒楼の母・芳のもとに赴いた。母からはある程度のことは聞いてはいたので、雅は母とともにそこで働くことになった。

酒店三階の店主の部屋に通された雅は、少し震えていた。
厦門の海岸沿いの酒店は四階建ての高楼であった。一階と二階は一般客用、三階は個室、四階は特別室になっていた。この建物とは別に、宿泊施設のある別館がある。そちらも四階建てで三階と四階と渡り廊下がある。中庭は庭園になっている。この部屋からもよく見える。花や木がセンス良く配置され、緋鯉や錦鯉が泳ぐ池もあった。芝生はきれいに刈られ、美しかった。いままで見たことのない豪邸の雰囲気に圧倒され、雅はなんだか現実感を持てないでいた。

「私は黄洸善だ。この店の主人だ。ここの店は国を動かすような要人も出入りする高級な社交場だ。ここで見たことは絶対に口外してはいけない。もちろん母を含む家族にもだ。きみのことは母さんを通じてだけでなく、あらゆる経路から調べてある。すべてを知っている。ふだんどおりの性的な君の魅力を上等の客に提供するだけでいい。その代わり、きみの贅沢な暮らしと命の安全は保証しよう。約束してくれるね。子どものことも引き受けよう。ただし同じ部屋には住めない。同じような境遇の子らとともにこの敷地内に住まわせることに同意してくれるね」

目の前に雅の娼婦としての契約金が積まれていた。その札束を見て、雅はこれが一生闇の力の束縛を受けることだとはその時は思わずに、即座にうなずいていた。

雅は別館の離れの用意された自分の部屋に通された。部屋は広く簡単なキッチンもトイレも付いていた。窓は小さかったが海が見える。ただアコウの大木がまるでこの部屋を隠すように枝を広げている。光はあまり入ってこない。小さなベッドと化粧台に衣装棚があるだけで殺風景だったが、芳はこの部屋を気に入っていた。

その後、芳は三人の年配の女性に付き添われ別館一階の浴場で湯あみをしたあと四階の化粧室まで連れて行かれた。入念な化粧の後、太ももまでスリットの入った白のチャイナドレスを着させられた。かなり体に密着していて胸もお尻もきついぐらいだったが、それが高価なものであることは知れた。靴も今まではいたこともない高価なものであった。

鏡に映る初めて化粧をした自分を見た雅は、そのとき自分のこの先の人生を受け入れた気がした。私はたった今から娼婦になるのだ。鏡の中の自分をみた。きれいだと思った。雅は満足していた。

雅はその日より表向きは高級酒店の給仕係として、裏では娼婦として過ごした。娼婦であることは母を含めて黄の側近以外には知らされていない。

酒楼の女性店員が売春をする店は珍しくはないが、表向き雅はただの高級酒店の女給であり、一般客の男と寝ることは決してなかった。ほとんどの町の人間もいまのところこの店の本当の姿を知らない。表向きは役人の接待にも使われる、紳士的なランクの高い社交場として知られていた。客は軍人、富豪商人、政府要人らの名士が多かったが、三階以上は会員専用で金持ちの客であっても会員以外は入ることができない。会員たちには前記の名士はもちろんやくざの大物もいた。金も地位もない客には縁のない場所だ。

林雅は重要な人間への接待としての仕事が多く、それなりの緊張感があり、自分が有力者たちの相手をしていることについては悪い気はしなかった。自分の母が自分が抱かれる相手を連れてくることにもすぐに慣れた。母は雅のようには体を売ってはいないが、雅に似ていて男たちからは好かれたため、自分が気に入った相手とは寝ることもあった。自分の母が自分と同じ夜を酒楼で淫らに過ごしていることは不思議ではあるがどこか官能的な感覚に訴えてくるようでいやではなかった。それに社会的な成功者であり勝利者の彼らに抱かれることで自分のステイタスが上がっていくようにも感じていた。

一般の娼婦に比べ受けると雅のとる客の数は少ないのだが、受け取る金額は大きい。年収は一般の娼婦の数十倍以上はあったろう。時間とともに雅は表の給仕係の顔と裏の娼婦という二つに引き裂かれた自分をうまく操れるようになり、それをたのしむようになっていた。もともと性的な人間であるし、なにより貯蓄が増えていくことが大きな喜びだった。雅が稼いだ金は、ほとんどは自分のためだけの貯蓄に充てられていた。ありていにいえば雅は守銭奴であった。

尚はしばらくは黒龍酒楼の子どもたちを集めた建物内の育児施設に預けられた。しかし数か月して後、雅はこの仕事が楽しくなったことと、尚がめんどくさくなったことで張家に酒楼の従業員を使って送り返してしまった。

張家は尚が送り返されたことを幸いに――雅の父親の実家の陳興福・美玉夫妻の所に尚をすぐに預けてしまった。老夫婦には養育費として、張家からもその後雅からもある程度の額を渡された。雅は半ば子・尚は捨ててもいいと思っていたが、尚が本当に龍の子だとしたらやはり手放すのは惜しい気もしていた。だから父親の実家に預けたのだった。尚は客家という独特の環境で老夫婦のもと、11になるまで育てられることになる。

青望の実の父親は広東省広州出身である。姓名は劉青海という。珠江の河口域で漁をしていた漁民の子である。十五歳で家を出た後、月琴を担いで香港島や泉州などを博打打ちとして渡り歩いていた。月琴・二胡の腕前は上等で、芸事の域を超えていた。所持金が尽きた時は月琴の弾き語りで稼ぐこともあった。

厦門についた頃は三十歳、地元やくざの代打ちに雇われた賭博と月琴の弾き語りで数カ月滞在した。青海には飛び抜けた博才があった。いまでいう麻雀の前身のカードゲームに強かった。大勝負になると劉はさらに力を発揮した。カードの種類がまるで透けて見えているような打ち方に周りは「いかさま」を疑ったが、それがいかさまであるとの証明は誰もできなかった。

劉は実はある程度の霊感があって、勘でカードを当てることもあったが、実はその大半は異常に記憶力がよかったことと手先が器用だったことによる。劉は視力が強く、カードの傷も数回かのうちに傷や色具合などの特徴をあらかた覚えてしまうという特技があった。まるでビデオカメラのように映像としてそれは記憶された。将棋の世界の天才棋士にはそういうタイプもいよう。おまけに細く長い指をもち、裏技やいかさまも人に見抜かれない腕を持っていた。ゆえに骨牌やカードゲームはたいてい負けることはなかったのだ。

だが、劉は、
「おれには青い龍が時々やってきておれの中に入るのだ。青い龍はなにもかも見通せる。そして巨大なエネルギーを持っている。だから青い龍と一体化したとき、おれは無敵なんだよ」
と、その強さを問われたときは決まって普段は無口な劉は、そういうのだった。

彼がいうには、珠江流域の一部には青い龍の伝説があるという。青い龍が目の前に現れたときは一度だけ、なんでも願いをかなえてくれるというものだ。劉の一族は元々海を渡る航海民族の末裔で、天后を祀るほか龍自体をも祀っていた。龍自体は巨大なエネルギー体であって、それは善悪を超えた存在であるという。龍をみたときには、強く意識して念じることが重要であると伝えられていた。「どれだけ純粋に」願うことができるかが重要であるという。それは善も悪も関係はないという。龍は善悪を超越した存在だからだそうだ。龍と自分の意識が純粋に結合したときには、どんな望みもかなうという。

その後、劉は厦門では負けなしのまま、博打打ちとして中国全土を放浪して同じ生活を続けた。それは伝説の「青い龍」に会うためでもあった。生きている間にどうしても一度この目で見たいと青海はいつでも思っていた。

[第二節 龍岩市永定県編に続く]
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