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マシーナリーとも子EX ~真実との接触篇~

 Dr.ココスの依頼を請けたその日の深夜、ワニツバメは高田馬場の喫茶・ローリングドリームにいた。この日は亜人専用の深夜営業日……。人類に後ろめたい話をするには都合が良い。

「ワニさんには何か出したほうがいいかな?」

 お代わりのコーヒーを持ってきた店主・リープアタック田原が気を利かせてセベクに話しかける。セベクはガウガウと身を捩ってツバメに要求を伝えた。

「ありがとうございまス。ではローストビーフサンドを」
「飲み物はいいのかい?」
「彼は水が自由に出し入れできるので……」
(それに私は苦いものがニガテだ!)
「ではそのように……。今夜は誰かお待ちかな?」
「敵でスよ」

 そのとき、カランカランとドアベルが鳴り、同時に轟音が店内に響き始めた。

「ああ、そういうことかい。いらっしゃいおふたりさん」
「コーヒーふたつ」

 ツバメが呼び出したのはシンギュラリティの2大サイボーグ、マシーナリーとも子とネットリテラシーたか子だった……!

***

「と、まあこんな依頼がありまシて……。シンギュラリティのおふたりに伝える必要は私の立場からすればまっっったく無いんでスけど……。愚直に行っちゃうのもどうかと思い、お話ししておこうと思ったわけでス」

 ツバメはことの一部始終──Dr.ココスからサイボーグについて調べてほしいと言われたこと──について話した。

「勘のいいやつがいたもんだねえ。今までほとんど気づかれなかったんだけどな」
「そこは、当店の努力あってからこそだと実感して欲しいもんだね」

 マシーナリーとも子の無思慮な発言にコーヒーを運んできた田原が口を出す。

「ま、ま、それは当然だとしてよ? それなら尚更サイボーグの存在に現時点で気づくなんて大したもんじゃないかよ。今年……2022年だっけ? シンギュラリティまであと23年もあるんだぜ」
「あなたや田辺が適当に過ごしすぎてるだけでしょう。ネットリテラシーが低い生活をしてるとそのようになるのですよ」
「ドクターはたか子センセイを見たことがあるとも言ってまシた」
「むぐ……」

 言葉を失ったたか子を横目に見ながらとも子はニヤニヤと笑った。

「それでどーしたモンでスかねえ。知らない、何もわからなかったとしらばっくれるのも探偵としてどうかと思いまスし……。かと言って洗いざらいしゃべったらN.A.I.L.だって困るわけでスよ。サイボーグに興味があるんならどうぶつ人間にだって興味を持つに決まってるし……私たちの活動が公になるのは都合が悪いでスからね」 
「まーな。それで票が伸びるってンならやぶさかではないけど……」
「ンフッ! ンフッ! マシーナリーとも子! ライン超えよ!」

 たか子がわざとらしい咳払いでマシーナリーとも子を制する。とも子は唇を尖らせて黙り込むのだった。

「ともかくベターな対応を相談したいと思って今日はふたりをお呼びしたんでスよ。互いにいい落とし所を探してみまセんか?」
「ふーむ」

 ツバメの問いかけにとも子は腕を組む。どうしたものか。一方、たか子は一息にコーヒーを飲み干すと快活に答えた。「殺せばいいんじゃないの?」
「だ・か・ら! ベターな対応って言ってるでシょうが! 人間社会ではそれは最悪に物騒な手なんですよ!」
「別にいいじゃない……。爺さんひとり殺したところで人間社会になんか影響ある?」
「あのねぇ〜〜! 依頼人殺した探偵事務所に今後依頼が来ると思いまスかっ!?」
「いやだから……殺されたことを知ってるのは当人たちだけ、つまり仕事に影響はまったく無いんだけども……」
「心根の問題ですよォーッ! 1回それで済ませたら全部殺せばいいかで済んじゃうでシょっ! ペット探しだろうが浮気調査だろうが会社の登記調べだろうが殺せば解決! それは探偵じゃなくて殺し屋の仕事なんでスよぉーっ!!」
「……?」

 たか子は本当にわからないと言うかのように眉を八の字にしたのでツバメは眉間を抑えた。文化が違う……!

「ともかく……殺しは抜きでス! N.A.I.L.は人類至上組織だということをお忘れなく!」
「じゃあどうすればいいのよ……」
「まぁー待てよ。私は穏便な方法を思いついたぜ」
「え」
「本当でスか!」
「なーに簡単なことよ。そのオッサンは私を見たことはあるんだろ? だったらよ……」

***

「は……?」

 Dr.ココスは何度も瞬きをし、メガネの位置を直した。あの女が。何年も探してきたサイボーグが。いま目の前でにこやかに手を振っている。

「た、探偵さん……! やったんですね! やってくれたんですね!? サイボーグと接触が取れたのですね!?」
「イヤー、ハハハ。取れたというかなんというか……。まず料金なんでスけどねえココスさん」
「ああはい! もちろんお支払いしますよ! 確かにかなりの高額でしたが数年前に実家を売った資産がまだありまして……」
「ああいえ! いえいえ! あのときの見積りなんでスけどねえ! ちょっと取り過ぎたということで……!」
「は……?」

 Dr.ココスが懐から小切手の束を出そうとしたのをツバメは静止する。

「えーとでスね、結論から言うとこんなモンで……ほぼほぼ通常料金で……」
「ええ!? こんなもんですかあ!? これならいま財布に入ってる現金でも払えますが……た、探偵さん!?」
「うーん、ドクター。何があったかと言いまスとねえ……」

 ツバメはふうぅと深いため息をついた。言うぞ言うぞ!

「彼女らは人間だったんでス……」
「はああ?」

 ココスは高い声を出した。まあそうなるわな。

「ホラ見てくだサい。彼女の二の腕を触りまスよ? ホーラプニプニ〜。柔らかいでシょ?」
「うふふっ」

 二の腕をツンツン突かれたとも子は微笑んだ。それを見てもココスは訝しげな表情を崩さない。

「いやしかし……。シリコンなどを使った柔らかい人工の肌は現代の科学力でも……」
「いやいやいやだからシリコンではないんでスよ! 彼女の肌は100%ホンモノ、神が創り賜うたナチュラルでオーガニックな……アー、失礼。信仰はどちらでシたっけ?」
「い、いえお構いなく……。しかし腕のことを言うなら彼女のその前腕はどう説明するんです? まるで樽のように太く、今もぐるぐると高速回転している! 手首の歯車の部分はまるでノコギリのように危険だ! それは武器ではないのですか!?」
「これはなんというか彼女の……ギブスのようなもので、詳細は言えないのでスが最新の治療機器なんでスよ」
「治療機器ぃ?」

 ココスはとても信じられないと言った表情を隠さない。これはやっちまったか? 無理があったか? ツバメはヒヤッとしたが、そこにマシーナリーとも子が助け舟を出す……。わざとらしく弱々しい声で!

「ツバメさんツバメさん……。私、もういいんです」
「はっ?」
「え?」

 マシーナリーとも子はしょぼくれた様子でココスに目をやった。

「Dr.ココスさんと仰いましたね……。私についてそういう認識であることは構いません……。慣れていますから……。でもどうか、他の方々について軽率に発言するのは控えていただけると……私たちはもう少し過ごしやすくなります」
「な、なんの話ですか?」
「例えば私の知ってる人にはこんな人間がいます……。義手をからかわれてサイボーグと呼ばれ傷ついた人が……」
「あっ……!」
(こっ、こいつぅ〜〜!!!!!)

 ツバメはマシーナリーとも子のやり口に戦慄した! こいつ本当にサイボーグのくせに純粋な人間を槍玉に〜っ!!!

「他にもそんな人はたくさんいるんです。義足や補聴器、車椅子……。でも彼らは改造人間とかロボットでは決してないんです。我々と同じ人間なんですよ。でも私たちは希望を捨ててません。例えばメガネがそう。メガネも人の生活をサポートしてくれる器械ですがおしゃれのアイテムでもあります。私はいつか義手や、私のこの腕がそれくらいおしゃれで、つけてて普通なものになってくれて欲しい……。そう思ってやまないんです」
「あ……! あ……! あの……私っ! とんだ勘違いを……! 違うんですあのっ! 私が言っていたのはそう言うことではなく……! その……ごめんなさい!」
(誤っちゃったよ)

 ツバメは内心呆れかえながらも、場を収めるために両者の間に入った。その時、とも子がニカッとした笑顔を向けてくるのでツバメは一応睨んでおいた。(お前ほんと最悪……! こいつやっぱ人間の敵でスよぉ〜〜ッ!?)と心で強く思いながら。

「さあドクター……。顔をお上げください。そういったことなんでスよ。なのでこの調査はこれで終わりです。いいですね」
「ハイ。ハイ。本当に私はひどい勘違いを……。……しかし無礼を承知でもう一つだけお聞きしたいご婦人」
「とも子と呼んでください」
「ではとも子さん。私はあなたが背負っている銃器で人間を傷つけているのを見ました……。あれはなんなんですか?」
「映画です」
「映画かぁ〜〜〜〜〜ッッ」

 そこはもっとマシな理由を考えておかないんでスかぁーっ!? ツバメは心の中で叫んだ。

***

「はぁ……」

 ココスはツバメたちとの邂逅を終えたあと、手近な喫茶店に入ると項垂れた。私としたことがとんだ失礼をしてしまった。貴族を先祖に持つものが行っていいことではなかった……。しかし同時に純粋に残念だと思う気持ちも確かにある。私はここ数年追っていた夢を失ったのだ……。人類を支配しようという上位存在……。そんな子供向けのSFのような事態が現実に迫っている。そのことについて考えを巡らせるのは恐ろしいと同時に楽しかった。学者人生でもっとも充実していた期間だった。だがそれも全部……思い込みだったとは! ここから立ち直るには時間がかかりそうだ。私は戻れるだろうか? 考古学の世界に……。

「ずいぶん適当にあしらわれちゃったみたいね、ドクター」
「は?」

 隣の席の女が話しかけてくる。なんだ? ココスは身を固くした。池袋で知らないやつから話しかけられる時というのは大抵ロクでもない時なのだ。こんな時間から酔っ払いか?

「結論から言わせて貰えばサイボーグはいます。あなたはまんまと騙されたのよ」
「はっ?」

 女のサングラスが妖しく光る。

「サイボーグはいます。それだけじゃあ無いわ。どうぶつの力を借りるエンハンサー。上野を牛耳る亜人。外宇宙から現れる宇宙人。北口のキョンシー。地底人や火山人。エジプトや南極に住む神々……。この地球は人類のものじゃあ無いのよ」
「あ、あなたは……何を言っているんだ!? 私を新興宗教にでも勧誘しようと言うのかね!?」
「ネバダで少佐に会ったんでしょう? ドクター」
「なっ……」

 この女、私がエリア51を知っている……!? そしてそう言われてみればそうだ。あのとも子という女はサイボーグなどいないと言っていたが……サイボーグの証拠が多数集まっていたあの基地が破壊されたのは事実……! 

「あ、あなた……何者なんですか!?」
「私はイルカ……。真実を知りたければ私たちに協力しなさい。ドクター」

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます