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マシーナリーとも子ALPHA 〜黄金の徳篇〜

 前澤は自分で思ってたよりポカーンとしてしまっていた。と、いうのも状況が悪いとしか言いようがない。本来はこんな鉄火場で目の当たりにするつもりは毛頭なかったのだ。もっと穏やかに、あるいはおめでたい雰囲気でこの状況はやってくるはずだった。まさかワニツバメと文字通りの死闘を繰り広げている時に迎えることになろうとは。パワーボンバー土屋の復活を。

「……ったーく。ボーッとしてるから火が通り過ぎちゃってるよ? ほら。食べていい?」

 パワーボンバー土屋は倒れているダークフォース前澤を引き起こすこともなく、彼女の右腕で焼かれたバウムクーヘンを取り外す。バウムクーヘンを焼き上げることで擬似徳を得る前澤は、バウムクーヘンが焼けすぎると擬似徳が発生しづらくなるのだ。

「前も……そうやって食ってくれてたな」
「私、停まってた時のこと覚えてないからあんまり“前”って言われても実感ないんだけどねー。私がいないあいだ大丈夫だった?」
「ふふっ……あいつが食べてくれてたさ。な、鎖鎌」
「エ? へへえ」

 後ろの鎖鎌が気まずそうに笑う。そういえば、と前澤は思い当たる。

「そういえばお前ら……その、大丈夫なのか? なんつーか……距離感? というか」

 前澤は土屋が鎖鎌に悪感情を抱いてないかどうか心配しているのだ。と、いうか抱く権利は充分すぎるほどにある。当の土屋を破壊したのは他でもない鎖鎌なのだから。そのことを割り切るのに前澤もまあまあの期間を必要とした。昨日の今日蘇ったはずの土屋に、それができているのだろうか。

「あー、まあそのことなら……まあ、直してもらったのもあの子のおかげだし、謝ってくれたし許してあげたよ。ゲンコツ一発でね」
「たはは……」

 鎖鎌は後頭部にできたタンコブを撫でた。

「それに……収穫もあった。な、ガマちゃん?」
「ね! あとで見せてあげるからね前澤さん!」
「収穫? ガマちゃんん?」

 前澤は土屋に引き起こされながら釈然としない気持ちを味わったが、まあいいや。とりあえず万事うまくいったらしい。前澤は残った右の拳を土屋の前に出した。

「おかえり、土屋」
「ん。待たせたね前澤」

 2体のサイボーグの拳がガツンと音を立てた。

***

「……なぜでス!?」

 ツバメはしばらく驚いたままに身を任せ、壁にもたれかかっていた。バリツ安楽体制である。戦いにおいては闘争本能を剥き出しにしたままの方が良い、という素人考えがある。だが探偵のための実戦格闘術であるバリツには戦闘中にダウンを取られた際に彼我の距離が離れている、相手方にトラブルなどが発生しこちらに注意を向けてないなどが確認された際はむしろ四肢を脱力させ、最大限の休憩を取ることを推奨している。乱れた呼吸では力が発揮できないし、疲労状態では探偵の推理力を十全に発揮するのは難しい。そこで戦いのさなかの数秒、十数秒、数十秒であっても存分に休息を取る方法がバリツには伝えられている。ツバメが倒れながら取っていた体制はそれだった。鉄拳を喰らった痛みはまだあるが、驚きによる動悸は収まり呼吸も正常に戻った。ツバメはサイボーグたちの会話がひと段落したのを見計らって飛び上がり、防御体制を整えると問いかけた。

「なぜ間に合った……? いや、早すぎる! 連絡を取ってから30分と経ってないはず! 別件が偶然あったのでスか!?」
「なぜ……ねぇ〜?」

 エアバースト吉村はニヤニヤと笑いながらドゥームズデイクロックゆずきを見る。ゆずきは肩を竦めた。
 池袋支部上空にはゆずき達が乗ってきたサイボーグコプターが空中静止している。彼女らは電車でなく、これを使って来たのだ。だがサイボーグコプターは小回りこそ効くものの、速度はそれほどではない。空中を行くにせよ地下鉄ほどのスピードを出すこと適わず、やはり横須賀から池袋市街まで30分で到着することは不可能である。では彼女らはどうやって辿り着いたのか?
 その秘密はドゥームズデイクロックゆずきの膨大な本徳にあった。背中の終末時計によって生み出される凄まじい徳を、ゆずきは貯めに貯め込んでいた。戦闘を好まずもっぱらデスクワークに腐心する彼女には徳の使い道が対してなかったのだ。吉村から最速の手段で来てくれと言われた彼女はサイボーグコプターに鎖鎌と土屋を乗せ発進すると、自らの体内に蓄積された徳を解放した。本徳サイボーグは貯蔵した徳を使用することで周囲の時間認識への干渉、あるいは単独でのタイムスリップすら可能にする。ゆずきはそれを応用し、自らの徳でサイボーグコプター周囲のタキオン粒子に干渉、池袋支部へつながる粒子のチューブを作り上げた。タキオン粒子はサイボーグコプター後方からチューブ中心部に向かってすぼまるように収束する。するとサイボーグコプターは圧縮された空気とともに打ち出され、ウォータースライダーめいて粒子チューブ内を超高速移動することが可能になるのだ。このタキオン粒子と本徳を用いた超高速移動は宮崎支部のアーリオオーリオ杏奈によって考案され、元は超高速の流しそうめんを実現するための技術であったが、今回のような複数人員の輸送のために行われたのははじめてであった。

「この借りは高くつくからね吉村?」
「お互い様だろうがよぉ〜。タイムマシン奪われたら手紙送りきれないぜ? まだだいぶ残ってんだよ」
「やれやれ……」
「答えなさい! なぜ間に合ったのです!」

 激昂するワニツバメに向かって吉村はケケと笑いながら言い放った。

「残念ながら企業秘密だ。知りたかったら自慢の推理で当ててみな」

***

「答える気はありまセんか……。ですがやることは変わらず! アンタらブチのめしてタイムマシンを動かさせる! それだけです!」

 ワニツバメがスカートから徳を噴射して一同に向かい突っ込む! パワーボンバー土屋とダークフォース前澤が前に出て構えた!

「やるよ前澤!」
「いつでもやってくれ土屋!」

 土屋が両手のロケットパンチを発射する! その掌は大きく開き、ツバメをグラップせんと猛然と突き進んでくる!

「そんな攻撃……見えてれば通じまセんよ!」

 迫るロケットパンチをワニの尾がなぎ払い弾き飛ばす! だがパンチを弾き飛ばしたツバメの目に飛び込んだのはもう一対のロケットパンチ!

「なにぃ!?」

 ワニを大きく振り払って伸びきったツバメの両腕をロケットパンチが掴んで拘束する! 

「かかった!」

 四肢を失って床に転がった土屋が叫んだ! 彼女はその手だけでなく足もロケットパンチなのだ! 同射線上に二射のロケットパンチを重ねることで必中の攻撃とするダブルロケットパンチが彼女の必殺技だ!
 空中でもがくツバメに、二射目のロケットパンチと同時に脚のスラスターを全開、猛然と追走していたダークフォース前澤が突撃する! バウムクーヘンオーブンの出力を全開にし、先端のアームパンチ機構をフル稼働! 秒間40発のパンチ連打がツバメの腹部に炸裂した! 

「ゴエェーッ!!」

 ツバメが青くなって血を吐いた! 有効打! はじめてバイオサイボーグにダメージを与えたことに前澤は素直な喜びを抱く。だがその刹那、軽い違和感を彼女は覚えた。はて、こいつはこんなに脆かったか?

「前澤! 危ない!」

 その違和感と土屋の叫び声が前澤を救った。右手側から猛烈な殺意!

「うおおおおお!!!」
「ガウーーッッッッッ!!!!!!」

 前澤は大慌てで脚を大股に開き、胴体フレームを倒して回転しながら地面に水平となる! そのすぐ真上を巨大なワニがドリルのように回転しながら通過していった……。ワニツバメの腕のワニだ!!!

「あっ、あいつ……ワニ分かれるのかよ!」

 前澤に変わって少し後ろで身構えていた吉村が毒づく。
 ワニは身を翻して再びツバメの左腕と一体化すると、青ざめていたツバメの顔に健康的な血色が戻った。先ほどの乱打のダメージもそれほどないようだ。

「当然、セベクに離れられたら徳がなくなちゃうので結構キツいんでスけどね……。でもこういうときは案外有効でしょう?」
 そう言いながらツバメはワニのついた左腕を右肩まで持っていったかと思うと、ムチを振るうようになぎ払った! 今度はバリツウィップではない、ワニの口から光弾を扇状に発射するワニブラストだ!

「ンギャーっ!」
「わぁーっ!」

 その衝撃に前澤と土屋が吹っ飛ぶ! だが煙の中から鎖鎌と吉村が代わって躍り出た! 吉村の猛然なサイバーボクシンブジャブをツバメはバリツダッキングのみでかわす! 

「こいつでおっちねやァー!」

 吉村がその右腕を弓を引き絞るように振りかぶる! ツバメの探偵洞察力はその先ぶれを見逃さない!

「そんなテレフォンパンチがバリツに通じるかぁーっ!」

 ツバメは攻撃が大振りになる左腕のセベクによる攻撃でなく右手のワニクローでのアタックを選択! その爪で吉村の顔面を引き裂いてみせようとする! だが……予想外に吉村は右腕を翻したまま勢いに乗せて後ろに倒れ込む! ワニクロー空振り!

「えっ?」
「もらったーっ!」

 気づいた時には遅し! 後方から鎖鎌の分銅が突っ込み、ツバメの腕に絡みついて拘束した!

「グエッ……またしても!?」
「こっちは人数いるんだから活かして当然だろーがよ!」

 倒れ込む際に頭をぶつけた吉村が痛みに耐えながら勝ち誇る。結構強く打ってしまって痛かったがワニに食われるよりはマシだ。

「そぉー……れっと!」

 鎖鎌は鎖で拘束したツバメを、放物線を描くように振り回し、反対側の床に叩きつける!

「ンギャーっ!」
「いつかを思い出すよねワニツバメっ! あの時……アンタに錫杖ちゃんは飲み込まれた! 今日こそ返してもらうからっ!」
「思い出すですって……? だったら……お前こそ私がどうやってこの攻撃から抜けたか思い出すんでスねっ!」

 ツバメの身体が再び宙に浮き上がったその時を見計らい、ツバメは鎖の巻かれた方向と逆さまに拘束回転、拘束から解き放たれた!

「探偵に同じ技は二度と……なにぃ!?」
「とりゃ〜っ!」

 ワニは目を見張った。体制を整える間もなく、目の前に鎖鎌が飛び込んでいたのだ。鎖鎌は以前の反省を踏まえ、ツバメの回転に逆らうことなく、むしろ自分も飛び上がり、ツバメの高速回転に同調した。そしてツバメが解き放たれたのと同時に、コマの如く回転しながらスピードを乗せて飛び込んだのだ! 回転で生み出された徳が黄金に輝きながら鎖鎌の鎌の刃を照らす!

「おりゃーーーーっ!!!」
「ブげえ!」
「ガウーーーっ!!!!」

 一閃! 咄嗟に腕のワニがツバメを守るように身をよじり、鎖鎌の凶刃からその身を守った。徳に包まれた刃は抵抗なくワニの尻尾を輪切りにし、床に落下させた! 戦果あり!

「やった!」
「ガウガウガウーーーーっ!!!!!」

 ワニの悲鳴がミーティングルームに響く。

「これであのしっぽの攻撃は使えねーぞ!」
「みんなで一気に攻め込めば勝てる!」

 吉村と前澤が飛び込む。だが後方に控えたドゥームズデイクロックゆずきは冷静に事を観察していた。なぜワニの尻尾から血が出ない……?
 その時ツバメと腕のワニ……セベクの瞳が妖しく光ったことを誰も気がつかなかった。ツバメはワニの頭を右腕に抱え込むように腕を曲げる。シンギュラリティたちにしっぽの切断面を見せる形である。それを目にして土屋はなんだか妙に瑞々しく感じるなあ、とひと事のように感じた。だが次の瞬間、切断面からはじわりと水滴が滲んできていた。血かと思ったら透明? なぜ? 土屋がそう思った頃にはその身体が濁流に呑まれていた。

***

「うわわわわーーーっ!!!!」
「なんじゃこりゃあ〜〜!!!!」

 気づけばミーティングルームと仮眠室は濁流に呑まれていた。一瞬の出来事であった。ワニのしっぽの切断面からすさまじい勢いで水が吐き出されたのだ。それはホースから勢いよく出る水、もしくはバケツをひっくり返したような……といった表現からは遠く離れた圧倒的水量だった。例えるなら横向きに落ちる瀑布、いっぱいになったダムの放水……そんな勢いと量であった。当然、その勢いで部屋は呑まれた。吉村は洗濯物のように室内を揉まれながら窓が割れてて良かったと思った。割れた窓から水が出て行かなければ床が抜けていただろう。

「言ったでしょう? セベクの身体はナイル川とつながっているんですよ。エジプトを潤した神の恵みの水、存分に味わってくだサいね」

 室内の水流は見る間に増え、渦の中央で直立しているツバメも胸まで水に浸かっていた。ツバメは水量を確かめるように周囲を見渡すと、一転、頭から水の中に入っていった。

「げっ……! ま、まずい! ワニは水の中が得意だぞーっ!」
「どっ……どうします吉村さん! 窓もっと割りますか!」
「急いで割れー! 水をもっと外に出せ! 食われるぞ!」
「あぁ〜、こんなことなら古賀も連れてくれば良かったね。あの子がはしゃぎそうなシチュエーションだ」
「ボーッとしてねえでゆずきお前も割れー! ワニに食われるぞー!!」
「そうだね……それもおもしろいかも?」
「なにぃ?」

 吉村の返事を待たず、ゆずきは水中に潜った。濁流に呑まれるゆずき! 前方からはワニがドリルのように回転しながら迫る!

「ガボガーボガボガボボ!」

 ゆずきは何か気の利いたことを言おうとした。こういう時はフィクションを例に出すとかっこいいんだよな。そうだ「ワンピースって読んだことあるかあ?」とかどうだろう。こうやって主人公を守るために恩師が獣に腕を差し出すシーンがあるのさ。うん、これはいいぞ。キマってる。そう口にしながらゆずきは巨大な腕を前方に差し出した。だがその声は水中ではうまく言葉にならなかったし吉村たちの耳に届くこともなかった。あぁ〜、こうやって心配させてから、もっとも私の腕は食いちぎられないけどね、って言えると最高にクールだったんだけどなあ。そう思いながらゆずきは自身の巨大な腕をガチンとワニが捉えるのを感じるのだった。

***

(硬ァ!?)
(硬いのだ!)

 ツバメとセベクはゆずきの巨大アームの硬さに目を白黒させた。デスロールどころではない。ゆずきはワニの動きが止まった一瞬を逃さず、口腔内に収まった指からサブアームを伸ばす! 本来キーボード打鍵用の、ケーブルに繋がれた小さな指たちが伸び、ワニの上顎と下顎をグルグル巻きにして拘束した! ゆずきは水面から顔を上げながら叫ぶ。

「土屋! 鎖鎌! いまだやれっ!」
「ガボボボ……プハッッ! やるしかねえか! やるぞガマちゃん!」
「ガボボボ……ヒハッ! 秘密兵器出すしかないか! やるぞー!」
「ガボボボ……ヘブぅ! お前ら何するつもりだ?」
「見ててね前澤さん……そりゃあ!」

 水面から土屋が飛び上がる! 鎖鎌は目を閉じて集中する! すると鎖鎌の姿は消え、金色に輝く光となった! 前澤がそのことを認識したかしないかの刹那、光は土屋に入り込んでいった! かつてバウムクーヘン屋の店頭に土屋のボディを移動した時のように……横須賀の蘇生実験で土屋を起こしたあの時のように!

「ンググーっ!」

 空中のパワーボンバー土屋が力を込めると、背中のサインポールが輝き始めた! そして青と赤の帯に文字が刻まれる! 徳の高い真なる言、マントラが浮かび上がった!

「んゲェ!?」

 前澤は普通に驚いて声をあげた。何がどうなってんだ!?

「どりゃあーっ!」

 気合を込め直した土屋から衝撃波が飛び、周囲の水を吹き飛ばした。ワニを拘束されたままのツバメは目を見開いた。

「な、な、な、なんでスあれは!?」

 黄金の徳を身に纏いながら土屋はチチと人差し指を揺らした。

「とっくにご存知なんだろ?」
「知らねぇーでスって! お、お前その徳は……」
「お前と同じだワニツバメ……! 徳人間を取り込んで徳が高くなったサイボーグ! スーパーシンギュラリティパワーボンバー土屋だァーーっ!!!!」

 再度、ドゴンと土屋から徳の衝撃波が発せられ、部屋の窓を全て吹き飛ばした。二度の衝撃で室内の水は完全に抜けた。

「えっ……聞いてないんですけど?」

 呆気にとられて、エアバースト吉村は笑うことしかできなかった。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます