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マシーナリーとも子ALPHA ~厨房の決戦篇~

「フンッ!」

 ツバメは丹田に力を込めて自らの身体に徳を行き渡らせた。徳は彼女の回復力を莫大に増大させ、切り落とされたセベクの尻尾を瞬時に復活させる。その純度の高い徳は、セベクの体内に吸収された徳人間、錫杖から発するものだ。

「いい加減離れなサいッ!」
「言われなくても」

 ツバメはセベクの顎を束縛していたドゥームズデイクロックゆずきを振り払おうとする。が、ゆずきはそのタイミングを図ってサブアームを収納し、地面を叩いて大きくステップ、エアバースト吉村とダークフォース前澤が座り込んでいる窓際まで後退した。食えないヤツ……! ツバメは憎々しく思いながらも、目下の最大の障害に目を向け直した。

「……つまり、私と同様の手順で本徳サイボーグになったわけでスか」

 その目線の先に佇むパワーボンバー土屋は、マントラが刻まれたサインポールから湧き出す徳を有り余らせるかのごとく、金色のエネルギーを全身から放出させていた。

「私的にあんたのことはよく知らないけどッ! 行くぞバイオサイボーグッ!」

 土屋は足ロケットパンチでドンと地面を叩き、ネイルガンを乱射しながらツバメに向かって突進した。

***

「なんですありゃあ」

 ダークフォース前澤は水浸しの服を絞るのも忘れて声をあげた。先のツバメが発生させた濁流によって、吉村と前澤は流されるがままになっていた。その濁流も土屋……と鎖鎌のおかげで止まったが、その土屋たちに何が起きたのか、前澤はさっぱりわからなかった。ちらりとエアバースト吉村の方を見てみたが、吉村もブンブンと首を横に振る。そこにドゥームズデイクロックゆずきが跳んできた。

「まあ、再起動の副作用みたいなものだね」
「副作用? どういうことです?」
「土屋の空っぽの身体に鎖鎌が入り込んで動かした話を君たちから聞いてね、前もって土屋のデータを入れ込んだ状態で同じことをすれば材料が全部揃って再起動させられるんじゃないかと思ったんだ。鎖鎌に手伝ってもらったのはそれさ」
「あぁ、そんなことしてたんですか……。で、アレは?」
「うむ。そうした再起動手順によって、土屋のデータスペースの中にぴったり鎖鎌が収まるだけのマージンが産まれたんだ。起動した時に同居していたわけだからね。それを活用して、擬似的にワニツバメと同じ方法で本徳サイボーグになれるんじゃないかと試したのがアレさ。もちろん、スクロールが無いぶん実際の本徳サイボーグには劣るけどね。だが……この状況下では頼りになるはずさ」

***

「チチ!!」

 ツバメは思わず舌打ちする。土屋の肩のネイルガンから乱射された釘を、当初ツバメはセベクの鱗で弾こうとした。通常、擬似徳サイボーグから放たれる射撃武器など造作もないはずだった。だが土屋から射たれたそれは本徳によって弾速、貫通力が増強され、セベクの鱗を貫いたのだ。セベクが悲鳴を上げるのを聞いて異常を察したツバメは回避に専念させられることになった。ときにバリツ側転やバックステップで、ときに手刀やセベクのしっぽによる打撃で弾き返しながら釘の連射をかわす。だが回避のスピードよりあちらの乱射の方が遥かに速いのだ! 彼我の距離はドンドン詰まる! パワーボンバー土屋はワニツバメのバリツ射程ギリギリ外にまで踏み込み、その距離で勢いよく一回転、左拳と左足のロケットパンチを同時に発射した!

「くそっ!」

 釘の応酬に抵抗していたツバメは反応が一瞬遅れる! さらに縦に並んだふたつの拳にどう対応するかの判断を要される! これも難儀! 今まで対応したことの無い攻撃! だがバリツの達人であるツバメはやはり一瞬で縦列ロケットパンチの捌き方を選択する! バリツサマーソルトキック! 地から天に弧を描いたツバメのキックがロケットパンチを反らす! 当然土屋もそのいなし方は予測済み、引き続き回転を続きながら今度は身体を斜めに傾け右手右足のロケットパンチを発射! ツバメから見て左上と右下、斜めに並んだロケットパンチが同時に迫る!

「ちょこざいなぁー!」

 釘の攻撃が止んで多少の余裕ができていたツバメは判断すらせず反射神経のみでセベクの尾を振り払ってロケットパンチを弾きとばす! 今だ! 攻めるべきは今! 4つのロケットパンチを放たせ、まだ戻ってきていないこの瞬間! 今なら反撃の心配なく必殺の一撃を叩きこむことができる!
 ツバメは裂帛の気合いと共に左足をズンと踏み込む。この近い距離ではワニ攻撃より右手でのバリツアーツがベスト! 右手のワニクローにグッと力を込め、サイボーグの装甲を引き裂くための力を籠める! だがそのとき

「うわあー!?」

 突如としてツバメの視点が上下逆転した。一体なぜ!? 重力操作!? 違う! ツバメの身体は左足から吊り下げられていた。何に!? ツバメはしばらく状況が理解できなかったが苦労してアゴを引き、上空を見た。左足の先にはロケットパンチ。そしてその手には黄金に輝く鎖鎌が握られていた! 鎌の柄の先端からは鎖が伸び、ツバメの左足に巻き付いている……徳の鎖!

「なにぃー!」
「こういう芸当もできちゃうんだなぁ~~……。そら!」

 土屋は鎖鎌を握った左拳のロケットパンチに指示を送り、スラスターを全開にして壁に向かわせる!

「ギャワ~~~!!!! グワッッッッ!!!」

 鎖に引っ張られてツバメは壁に叩きつけられる! 
 ロケットパンチはそのまま空中で高速旋回し、ツバメを振り回す!

「アアア~~~!!!」

 ツバメは鎖を引き剥がし、脱しようとする! だがこれまでと違い足首という細い部位に鎖が巻き付いているためうまく取り除くことができない! 
 土屋は左腕を地面に向かって振り払う。するとロケットパンチもそれに準じて動き、ツバメは床に叩きつけられた。

「グギャーッ!」

 床が抜け、ツバメが下の階に落下する!

「ああ……」

 エアバースト吉村は頭を抱えた。壁ならいいが床は……。
 下の階は客が入ってるテナントだった。

***

「アァー!」
「……え?」

 中華料理店・栄のコック見習い、タンは困惑した。包丁を持ってまな板の上に立った途端、上からワニと女の子が降ってきたのだ。近所のバーにはワニのフライを出す店もあるというが、はてウチは出してただろうか。出してたところでワニの捌き方なんてまだ習ってない。っていうか丸でワニ買ったのか? カット済みのものでなく?

「チィ!」

 ワニと女の子はまな板から下りて厨房を走り回りはじめた。っていうかワニのイキがいい。大丈夫だろうか。噛まれないだろうか。

「待てコラァ!」

 続いて天井からピンクの髪の女の子が降ってきた。その女の子から轟音がしたな、と思ったのがタンの最期の感覚だった。

***

 パワーボンバー土屋が勢いよくロケットパンチを発射する! 巻き込まれて中華料理屋の店員の頭部が弾けた! ツバメは優れた推理力を発揮し、キッチンにあった大型中華鍋を掴み取るとロケットパンチを弾き返した! フロントフットドライブ! ツバメは一瞬、サイボーグによって失われたクリケットのことを想った。
 土屋のロケットパンチがキレイに元の軌道を描いて腕に収まる! 同時に踏み込んできていたツバメがワニを突き出す! バリツストレート! バリツのパンチ力とワニの噛みつきが組み合わさった危険な攻撃だ! 土屋は脇にあった大型冷蔵庫を叩いてあげると中にあった巨大コイを取り出すとワニの口に向かって投げつけた!

「ガウーッ!」

 ワニの口が塞がれる! 威力半減! 土屋は右拳の裏拳でワニを押しのけ、ツバメの腹部めがけて左拳からスラスターを吹かしながらフックを仕掛ける! 殺人的破壊力のブーストナックルだ!
 だがツバメもこれを右手ワニナックルの輪の動きで華麗に裁く。バリツサークルディフェンサー! かつてホームズが、モリアーティの凶悪なガトリングガン攻撃を防ぐため編み出した鉄壁の防御術だ!

「ドリャアーッ!」
「ウワーッ!」

 土屋の攻撃を防いだツバメは一気に膝を折って身を沈め、身体をひねって土屋に半身背中を見せる態勢を取ると、斜めに上昇するように土屋の胴体フレームに肩から背中を叩きつけた! バリツアイアンマウンテン! 当たりどころが良ければ敵を地上からビッグベンの時計盤まで飛ばすことすら可能な打ち上げ技だ! 土屋は降りてきた穴へキレイに吸い込まれていった。ツバメはコンロに置かれていたせいろからシュウマイを3つ掴み取ると、咀嚼しながら追いかけた。

***

「ウワーッ!」
「ヒエーッ!」

 穴から勢いよく飛び出たパワーボンバー土屋は、そのまま天井に叩きつけられた。その衝撃でエネルギーが彼女から飛び出し、鎖鎌へと戻る!

「アッ!」
「やべーっ! あれ意外と簡単に取れちゃうんだ!」

 穴から颯爽とツバメが飛び出る。腕のワニはゲッ、ゲッ、と咀嚼した鯉を吐き出していた。

(うぐぐっ、あの鯉、泥抜き前だった……。気持ち悪いぞ!)
「どうやら徳人間が抜け落ちたらしいでスね……」
「んぐぐ……。チクショー! なんだこいつ! めっちゃ強いじゃんか! どうなってんの?」
「土屋! そいつはバリツを使うんだ! まともに殴り合ったら不利だぞ!」
「不利たって……。私殴るか釘射つかしかできないんだけどなー……。ガマちゃん! もういっちょイケる?」
「や……ちょっとキツいかも……。オゲッ!」

 鎖鎌は青ざめて嗚咽している。無理やり気味な融合によって体調が悪化するのだ!

「どうやら大勢は決したようでスねえ……」

 ツバメがワニを構えながらゆっくりと近づく。ダークフォース前澤は汗がにじみ出るのを感じた。

「ゆずきさん、ほかに策は?」
「無いねぇ」
「そっスか……」

 どうしたもんか。ゆずきと前澤の頭の中に浮かんだ選択肢は不本意ながら「逃げる」であり、口にせずともそうした空気が場に流れていた。現在戦っている土屋と鎖鎌も、大いに不満ながらこれ以上の戦闘は難しいと感じていた。だが、まったく違う発想をする者がいた。

「出ていってもらえばいいんじゃないか?」
「はあ?」

 エアバースト吉村だった。

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます