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マシーナリーとも子ALPHA ~波打つ刻篇~

「出ていってもらえばいいんじゃないか?」
「はあ?」

 ダークフォース前澤は上司にかけるとは思えない声で返した。シンギュラリティ池袋支部仮眠室~会議室。サイボーグたちはバイオサイボーグ・ワニツバメを前に壊滅寸前まで追い詰められていた。切り札のスーパーパワーボンバー土屋も破れ、万事休すかと思い始めたときにエアバースト吉村が妙なことを言い出したからだ。

「どういうことですか?」
「いやだからさ、もう抵抗やめてさ、タイムマシン使ってもらおうぜ。ほら、私最初から勝てなさそうだったら降参するって言ってただろ。プランどおりだよ」
「えぇ……」

 そういえば言っていた。でもその後の展開であれはテキトーなこと言って時間稼ぎしてるだけと思っていたが……本気だったのか? 前澤は呆れた。なんちゅー徳の低いことを……。

「あいつに過去に行かれて困ること、なんかある? ここで暴れまわられて私達貴重なサイボーグの命が失われることのほうがよくないことじゃあないのか?」
「いや、よくないでしょ! なんかただでさえ今、時間の流れがおかしくなってるんでしょ? だったらこれ以上ややこしいこと……」
「いや……」

 前澤と吉村の問答にドゥームズデイクロックゆずきが割り込む。

「意外といい手かもしれん」
「えぇ?!」
「ほーらな!」

 ゆずきは大きな指をあごに当てながら続ける。

「とりあえず私らではあいつに勝てないが……あっちにはマシーナリーとも子がいる、ネットリテラシーたか子がいる……。とくにたか子ならあんなヤツ造作もなく倒せるだろう。ここで我々がウダウダやってるよりいいかもしれない」
「えぇ~! そんな乱暴な」
「そういう乱暴なことを繰り返してきたのが我々シンギュラリティだ。それに……」

 たか子の記録によれば、2019年には鎖鎌とワニツバメが到着しているという。案外、ここがあの珍事のターニングポイントなのではないか? そして……もしかしたら時空の乱れは今ここから? ゆずきはタイムマシン技師として、この行為が良いことにせよ悪いことにせよ確認してみたい気持ちに囚われた。なにが起こるのかを。

「私もヤダッ!」

 パワーボンバー土屋に抱えられて交代してきた鎖鎌が泣き叫ぶ。

「あいつのワニの中には錫杖ちゃんがいるんだよ! 忘れたの!? 錫杖ちゃんごとあいつを放り込むなんて嫌だよー!」
「そうか……そうだよな」

 前澤が鎖鎌に同情し、哀れみの表情を見せる。だがその横でエアバースト吉村はニカッと笑った。

「なーにトボけたこと言ってんだよ鎖鎌。お前も行ってこい」
「はえ?」
「なんか馴染んでるけどもともとお前マシーナリーとも子に会いたがってたんだろうが。セットでアイツのとこまで行ってきてママに友達出してもらいな」
「あ……そっか!!!!」
「ウチもよ~やく補充ロボ員が揃ったしな。なっ?」
「グエッ……あ、そうか」

 吉村が土屋の肩を抱き寄せる。鎖鎌はパァっと笑顔になった。両者を交互に見比べて前澤はため息をついた。

「じゃあ……私以外満場一致って感じですか? しょうがないなあ……」
「んじゃ……あいつ押し込めっぞ!」

 一同は改めて、腕を組んでこちらの様子を見ているワニツバメを見据えた。

***

「作戦会議は終わりましたかぁ~? そろそろ一体くらいツブしてもいいでスかね?」
「よし……私ラで時間をかせぐぞっ! 頼んだぜゆずき!」
「任された」

 エアバースト吉村、ダークフォース前澤、パワーボンバー土屋がワニツバメの元に飛び出る! 3人は牽制の射撃、ジャブ、ローキックなどを繰り出してツバメの注意を引く!

「……なんだあ?」

 ツバメの頭にはかすかな違和感! 3機の攻撃にはまるで殺意が見えない! 打撃も必殺の間合いに入らず、またこちらの間合いにも立ち入らず、どっちつかずな攻撃を繰り返す!

「なんのつもりでスかッ!」
「跳べッ!」

 業を煮やしたツバメのワニブラスト! 3機は凶悪なビームを小さなジャンプでかわす! 本気の攻撃は出していなかったため容易に回避!

「よしっ! こんなもんだろ!」

 ゆずきは鎖鎌の背中をバシと叩いた。大きくて重い手に叩かれるのは予想外に痛かったが、身体はずいぶん軽くなった。ゆずきの徳を分けてもらったのだ。これで多少はワニツバメと戦える!

「ありがとう、ゆずきさん。その……いろいろお世話になりまして~」
「あー、無理してかしこまろうとしなくてよろしい。っていうか私からすればどちらかというと君に世話になりっぱなしだったけどね? あっちでも元気にやるんだよ?」
「へへ、がんばります」
「よし……じゃ、行ってこい!」
「はい!」

 鎖鎌は走り出した。ワニツバメに向かって。その先の押入れに向かって。

***

「ずりゃーっ!」
「えっ!?」

 ツバメは意表をつかれた。突然サイボーグたちの後ろから駆け込んできた鎖鎌がその得物を両腕をクロスさせて投げつけてきたのだ。徳と遠心力が加わった鎖は複雑に、力強くツバメの身体にまきつく! 縦横無尽に鎖が折り重なり、タコ足配線のごとくツバメを結びつけた!

「むおぉ!?」

 これまでのように回転させて解くこともできない! 

「ウリャーッ!」
「ぐえ!?」

 またたく間もなく鎖鎌が突撃してくる! その手にはもう一対の鎖鎌! 徳で新たな武器を生成したのだ! 鎖鎌は突っ張らせた得物の柄をしっかりと掴み、鎖をツバメの首に押し付ける!

「よし! これで……」
「鎖鎌……頼んだぞ!」

 鎖鎌は声のした方に目線を送る。ダークフォース前澤。彼女とはいろいろあった。鎖鎌は名残惜しい気持ちに襲われた。それは前澤も同じだった。

「前澤さん……お元気で!」
「いくぞ~! 鎖鎌! 背中気合入れろ!」
「はい……ウゲッ!」

 エアバースト吉村が左手で右腕のダイヤルを回転させる! ダイヤルはギャルギャルと音を立て、疑似徳を発生、錠前後部から擬似徳のスチームを発生させた! エアバースト吉村必殺のサイバーボクシング、その強烈なストレートパンチが鎖鎌の背中に炸裂した! 鎖鎌は前もってかなりの徳を背中に込めていたがそれでもすさまじく痛い! 目に涙を貯めながら仮眠室の押入れまで吹っ飛んだ!

「オワ~!?」

 当然、鎖鎌に抑えられていたツバメも押入れに突っ込む! 背中をしたたかにぶつけたツバメは「ウゲッ」と声を上げ肺から空気を吐き出した! さらに身体中のチェーンの締付け! 状況は一瞬でかなり悪い!

「おぉーし! やるぞ鎖鎌……達者でなあ!」
「吉村さん! 前澤さん! 土屋さん! ……私、行ってきます!!」

 押入れから鎖鎌が叫ぶ。吉村はタイムマシンにアクセスした。
 押入れの中の鎖鎌を見て、前澤はなにかやり残したことはないか、と急に焦りを覚えた。

「鎖鎌……ッ! これっ!」
「へっ?」

 前澤がなにかを投げる。鎖鎌は慌てて受け取った。焼き立てのバウムクーヘン。

「向こうじゃ食えねえぞ……。味わって食えよッ!」
「前澤さん……。うんっ!! ありがとう!!」
「行くぞ~! 2019年の池袋に……飛んでけ!!!!」
「うおお!? なんでス?! まさか、まさかこれはッ…

 ワニツバメの断末魔は最後まで聞き取れなかった。押入れに詰め込まれた徳人間とバイオサイボーグは音もなく消えていた。

***

「行っちまった」

 シンとした池袋支部でダークフォース前澤はつぶやいた。

「突然やってきて、私達をめちゃくちゃにした挙げ句、妙に懐いてきて、そんでようやく折り合いがついてきたと思ったら、来た時以上に大騒ぎしてどっかに行っちまいやがった」
「ンだよ前澤……。寂しいのか?」
「まさか。ただ……」

 前澤はゆっくり立ち上がると、一息に押入れを閉めた。

「親の顔が見てみたいですね。まったく」

***

「オギャーッ! なんでスかこれは!?」
「うげっ……この感覚……久々! どこでもこうなんだ!?」

 鎖鎌とワニツバメはサイケな空間に投げ出されていた。まるでマーブリングのような色鮮やかで、不気味で、情報量過多な世界……。それでいて生暖かく、常に浮遊感があって、息はできるがまるで水中にいるかのようなとらえどころのない感覚……時空のひずみだ!

「チクショ……この……! オギャ!」
「うわっ!?」

 ツバメは徳を開放し、自らを締め付けていたチェーンを砕き割った。鎖鎌が片手にバウムクーヘンを持ち、首を締めるのをやめていたことでなんとか拘束を逃れたかたちだ。なにが起こっているのかはよくわからないが、とにかくこいつをなんとかしなければ……!

「エーイ、こんなところに飛ばされたのはお前の仕業でスか!? 相応の覚悟はできてるのでシょうねっ……!」
「あっ! こらあんまり暴れないほうが……」

 ツバメは実を大きく翻し、ワニバリツボディーブローを鎖鎌に見舞おうとする! だがこの技は大地を踏みしめてこそ破壊力を発揮できる技! ツバメが大きく踏みこんだつもりの左足は空を切った。

「アレッ!?」

 ツバメは空中でつんのめり、縦に回転する!

「ウワワワ~~!?!?」
「あ~~! ちょっと……ちょっと~~!!」

 ツバメはそのままぐるぐると回転し、あっという間にいずこかへと飛んでいってしまった。

「しゃ、錫杖ちゃ~~~ん!? えぇ~~!! なんだこれ!」

 鎖鎌が困惑していると、流される先から光が刺してきた。出口が近いのか。

「うわわ~~……ワニツバメ……っていうか錫杖ちゃん大丈夫かなあ……。まあ死にはしないだろうけど……」

 鎖鎌は心配になったが、自分がいまさらジタバタしてもどうしようもないと覚悟を決め、バウムクーヘンを食べ始めた。2019年ではこれだけおいしいバウムクーヘンは食べられないのかなあ。改めて鎖鎌は名残惜しさを覚えた。

***

「ンギャ~~~! 目がまわる~~~!!」
(ツバメ! ツバメ! なんとかするのだ!)
「ングォ~~!! セッ、セベク! ワニブラストです! 光線の反動で回転力を殺シましょう!」
(心得た! ンガ~!!)

 回転する砲口に向かってワニの口から徳の本流が吹き出る! ツバメはその力でなんとか回転を止めることができたが、相変わらず身体はウォータースライダーに流されるかのように動き続けていた。大回転の混乱が収まったことで、ツバメの頭脳は明晰に現状を把握しようとしていた。

「ここは……まさかタイムスリップをしているのでは? あのとき押し込められたのは押入れだったはず……。そしてあの押し入れは、手紙を送るためタイムマシンとして稼働していたはず……。もしかして、なんか思惑どおりになってるんでスか?」

 そのとき、ツバメの頭のなかに響いてくる声……意識があった……。

(ツバメ……ツバメ、聞こえますか?)
「これ……は……ミス・トルー? どこでスか?」
(もろもろ状況が整ったようですね……)
「状況オ? なんのことでス?」
(私は、あなたが2045年で会った私ではありません。2019年の私です)
「なんスかそれ……」
(色々あるんですよ。ところで、いま私のもとにマシーナリーとも子が来ています)
「えっ!!!!」
(来てください……我が同志。私の声が導くほうに……。その人間と、どうぶつと、徳の力で、サイボーグを倒すのです……!)
「ついに……ついにこのときが来たんでスね!!」

 ツバメは高揚する心を抑えつつ、トルーの声を感じる方向へ泳いでいった。行く先から光が漏れる。本能で出口が近いと感じる。ついに。ヤツと戦うことができる……!

 光に包まれ、足場を感じる。周りの喧騒が耳に入り始める。異空間を越えたようだ。ツバメはトルーの意思をすぐ間近に感じていた。ゆっくりと目を閉じたまま立ち上がり、前方から聞こえる「車」の回転する音を捉え、カッと目を見開くとツバメは名乗った。

「お待たせしました、2019年の同志よ。……こんにちは、私はワニツバメ」

***

 不自然な揺れだった。ネットリテラシーたか子も、普段は見せない焦った表情でともに立ち上がった。外へ繰り出す。するとアークドライブ田辺と鉢合わせた。ヤツの顔にも明確な焦りが見える。

「あっ……たか子さん。マシーナリーとも子……」
「田辺……いまの揺れ、気づきましたか」

 ヤツとはいろいろあって今は敵同士なんだが、いまはそんなことをゴチャゴチャ言ってる場合じゃない。この揺れはなんかおかしい。

「ええ……いまのは時空震動。それも相当近い……」
「なにかがこの時代にタイムワープしてくるってことか……?」

 さらに地面がゴゴゴゴと揺れる。地震とは明らかに違う。立っている箇所がわからなくなるような斜めに上下する揺れ。それでいて身の危険を感じるような現実感のある揺れではない。気持ちが悪い。

「オイ見ろ……あのへんだ! 来るぞ!」

 マシーナリーとも子は眼前の道路を指差した。
 ピカッとまばゆい光が一同の目をくらませる。
 揺れの収まりを感じ、目を開くとそこには鎖鎌を持った少女が立っていた。

「やっほー……。私は鎖鎌ちゃんです!」

 なんだこいつ。それが正直なとも子の感想だった。

「……ママ、会いたかったよ」

 少女はまっすぐにマシーナリーとも子の目を見据えながらそう言った。

***

マシーナリーとも子ALPHA
おわり

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます