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マシーナリーとも子EX ~豆腐を介した出会い篇~

「……これが全部豆腐かい」
「正しくは“豆腐のような生物”よ。間違わないで川口」
「同じようなもんだろう?」

 アストラルヒート川口はギュインと首のディスクを回転させる。そこからぶら下がった剣、フレイル、ムチなどがジャラジャラと音を鳴らした。だがそれをかき消すほどの轟音を立てているのが横に立っているネットリテラシーたか子だった。腕のチェーンソーは不快なほどのモーター音を轟かせている……だがその音が彼女の莫大な徳を生み出してもいるのだ。

 彼女たちの眼前を無数の「豆腐」が覆っていた。空から舞い降りる豆腐。だが視界を占めているのは空や雲よりももはや豆腐の方が多くなっていた。太陽光は阻まれ、周囲の気温は下がっている。人類にも相当数の犠牲が出ているようだ。それはシンギュラリティにとっては大した問題ではないが……動植物の犠牲は見逃せない。
 この「豆腐」がなんなのかはわかっていない。捕獲したところ内部には確かに消化器官などが確認され、なんらかの宇宙生物であることは明らかだった。彼らは何かにくっつくと対象の温度を摂氏10度から15度ほど奪うことが確認された。生物に取っては致命的である上に、これらは無機物についても発生する事象であることがわかった。つまりこの豆腐が大量に付着した地面は、氷の如く冷たくなってしまうのだ。
 それだけでも脅威であるのに、今は空を埋め尽くすほどの襲来だ。これに対しシンギュラリティは地球自体の危機であると判断し、自らの最高戦力を派遣した。即ち、ネットリテラシーたか子とアストラルヒート川口だ。
 「豆腐」は身体の中心部にある核を破壊すれば粒子状になって消滅することが実験から突き止められていた。彼女らの任務は、その視界を埋め尽くすほどの豆腐を残らず消滅させることだ。

「じゃあそろそろ始めましょうか」

 たか子が腰に追加装備した高高度跳躍用ブースターに火を入れながら話しかける。思えば、ネットリテラシーたか子についてはイヤというほど知っていたが共に仕事をするのはこれが初めてだった。川口の脳裏に、モレキュラーシールド飯田から言われた言葉がよぎった。
 ──私がたか子になりたがっているだって? オーケイわかった、君がそう言うのなら認めてやろう飯田。現時点ではな。だが……それも今日までだ。今日で私はネットリテラシーたか子といううざったらしい幻影を振り切ってやろう──

「ネットリテラシーさんよ、ひとつ競争をしないかい?」
『競争ですって?」
「そう。豆腐を多く倒した方の勝ちさ」
「なんだってそんなことをする必要があるの?」
「はは、ただあいつらを倒すだけなんて単調でつまらないじゃあないか。少しでも燃える要素が無いとさ……。アンタと競争できるなら私もワクワクするってもんだ」
「わからないわ。感情がないから。でも……」

 たか子が先んじて飛び立つ。

「あなたのモチベーションが上がるなら付き合いましょう」
「そう来なくちゃ。何を賭ける?」

 続いて川口が飛び立ち、たか子の真横につく。

「勝負するだけじゃなくて賭けまでするの?」
「簡単なものでいいさ。例えば酒やお茶を奢るとかね」

 たか子が出力を上げて飛び去りながら答えた。

「クレープにしましょう。終わったらご馳走してもらうわよ」
「はは……了解!」

 川口は何を食わせて貰おうかの算段を早速始めた。

***

「20701……20706……20713!」

 川口の首のディスクが高速回転し、暴力的な武装が豆腐を消滅させる。そろそろブースターの稼働時間が限界だ。焼き切れる前に着地し、休ませねば。
 川口はチラとたかこの方を見る。チェーンソーを大胆に振るい、凄まじいスピードで豆腐を消滅させている姿が見える。だがそのブースターの火の吐き方は断続的になってきており、同じタイミングでくたびれつつあるのが目に見えてわかった。ひとつ中間発表と行くか。川口はたか子側に寄り添うように高度を落とし、少ししてそれに気づいたたか子も手を休ませて降着姿勢を取った。

「20713……そっちは?」
「21000よ」

 流石に早いな。川口は舌打ちをしかけた。

「少しブースターを休ませましょう。とはいえだいぶ空が晴れてきたわ。おそらく次の跳躍で全滅できるでしょう」
「思ったより早かったな。夜のロードショーまでには帰れそうだ」
「あなた、そんなもの見てるの?」
「人類がどんな娯楽を楽しんでるのか、調査を兼ねてさ」
「そもそも人類がああいうものをどう役立てているのかわからないのよね……。感情が無いから」
「今度教えてやろうか?」
「結構よ」

 たか子は再び飛び立った。

「つれないねえ」

 こんな無駄話をしている場合ではなかったか。ペースが遅れているのはこっちだ。急がなければ。

***

「50450……50458……50480……!」

 川口が一心不乱に凶器を振るう。視界はほぼ晴れてきた。終わりが近い。

「これで……」

 おそらく最後の一個になるであろう「豆腐」に金棒を叩きつける。「豆腐」は霧のように霧散した。

「60000……ジャスト!」

 川口とたか子は同時に地上に降り立った。しばし、お互いの健闘を目線で讃えあう。が……言うなればここまでは当然、取るに足らない仕事に過ぎ無いのだ。問題は……勝敗だ。

「こちらは60000だ。ネットリテラシー」
「私も60000よ」
「何?」

 同じだと? 誰だか知ったこっちゃあ無いが「豆腐」を地球に送り込んだ奴らはなんだって偶数で送ってきやがったんだ?

「同点ならば……仕方がない」

 川口は一度遅くさせた首のディスクの回転スピードを速め、武器を再び起こした。

「サドンデスだ……直接手合わせ願いたい。ネットリテラシー」
「なぜ? 私とあなたが戦うことの意味がわからないのだけれど」
「そりゃあ感情が無いからか?」

 川口はニッコリと笑ったつもりだった。サングラスの向こうの瞼はアーチ型に閉じられ、微笑みを表現しようとしている。だがその奥歯はギュッと噛み締められていた。

「ここまであからさまにしているのに、私がアンタより上に立ちたいと思っているのがわからないのか?」
「わからん……感情が無いから……。そんなことが何になると言うの?」

 ガチィィッ!

 川口の武装ディスクからレイピアが勢いよく伸びる。人間の目では軌跡を追うことすらかなわぬその一閃を、たか子は身じろぎひとつすることなくチェーンソーで防いだ。

「戦えばわかるさ……。わかってもらえなきゃあ私がムカついてるのがアホらしいじゃあないか」
「それでなければあなたの気が済まないと言うのなら付き合ってあげるわ。川口。あなたの素行について……多少勤勉さに欠けるところがあるとは聞いていますが粛清の対象にはなり得ません。暴れるつもりがなくなる程度に抑えてあげるわ」
「私は……手加減できないよッ!」

 右上段から叩き下ろすように川口が武装ディスクを高速回転! ロングソード、バトルハンマー、ムチ、モーニングスターなどが次々に地面を抉る! たか子はそれをスルスルと後退して回避!

「まだまだぁっ!」

 地面を抉った力をバネのようにして川口が跳躍! 空中でぐるぐると身体を12回転! 遠心力と徳が乗った武装ディスクを、今度は左上段から全力で叩きつける!

「私の全力を受けろ……ネットリテラシーっ!」
「フン……」

 それまで後退を続けていたたか子はフ……と停止した。そして……まるで遠くにいる友人を見つけた時のようにふわりと右腕を上げた。

「少し反省なさい、川口」
「えっ?」

 高速回転する川口の武装ディスクを、ふわりと撫でるようにチェーンソーが触れ、チュンと軽く音を立てた。

「がぁっ!?」

 その瞬間、とてつもない遠心力を得ていたはずの川口の身体は逆方向に捻り上げられ、川口は空中で方向感覚を失った。

「なっ……なんだこれは!? なんでこうなる!?」

 浮き上がってジャスト1秒で川口はたか子に何をされたかを理解した。空中で目と目が合う。その脱力しきったたか子の姿もショックだった。

「これが……これがヤツの……徳の力だと言うのか!?」
「川口……おしまいよ」

 たか子の頭の触覚から怪光線が発射される。川口は悲鳴を上げて力なく地面に落ちた。

***

 焼かれたバイオ皮膚がジュウと音を立てているのが聞こえる。負けたのか……自分は。スーッと移動してきたたか子が視界に入る。彼女はため息をついた。なぜこのようなことにつき合わされたのかという顔をしている。

「やはりアンタのパワーは……圧倒的だなネットリテラシーたか子。チェーンソーの馬力、ビームの火力……いずれもものすごい文章量のマントラを感じたよ」

 それを聞いてたか子は二度ため息をついた。よっぽど呆れているのか。

「徳というのはマントラの量では無いのよ、川口」
「……マントラが多いやつに言われてもな」

 地面に大の字になっている川口の耳に、今も多大な量のマントラを読み続けているチェーンソーの轟音が響く。身体中の火傷が痛んだ。だがまだだ。自分はちょっと痛みで倒れてしまっただけだ。まだ戦える。まだ……負けん気というのをこのネットリテラシーたか子とかいう化け物に見せつけてやらなくては。

「……たか子ォッ!」
「!!」

 川口は地面を叩くようにビヨンと起き上がると、武装ディスクにセットされているミートハンマーをたか子の顔面目がけて突き出した。一方のたか子も反射的に腕のチェーンソーを繰り出す! だが……チェーンソーは予想外に川口の顔面も肩口も抉ることなく、大外れして背中の方向へ素通りした。なんてこった。あのネットリテラシーたか子が攻撃を外すなんて……不意打ちが功を制したのか? そして川口の突き出したミートハンマーは……これまた驚くべきことだが……ネットリテラシーたか子の頬にしこたま叩きつけられたのだった。

「ぐええッ!」
「あれ?」

 たか子は吹っ飛んだ。川口は、自分の望んだはずのその景色に逆に驚いた。こんなにうまくいくとは?

 だが……改めてマジマジとたか子の腕を見た川口は息を呑んだ。

「……それは……」
「……川口……」

 ネットリテラシーたか子が繰り出した右腕のチェーンソー。その先端に……「豆腐」がくっついていたのだ。

「甘いわね川口……。任務よりも私用を優先しようなんて」
「君は……私を助けるために……⁉︎」

 川口は膝をついた。自分はこの女を倒そうと言うことだけ考えていたと言うのに。チェーンソーの先に付着していた豆腐が霧散する。

「任務完了。味方の損耗は無し。そして……」

 ネットリテラシーたか子がゆっくりと立ち上がる。

「60001よ」
「へ?」

 川口は呆気に取られてたか子を見上げる。

「これも1匹カウントでしょう。私の勝ちね川口」
「…………」

 その発想はなかった。と言うよりすっかり忘れていた。

「はは……そうだな。負けだ。君の勝ちだよたか子。私の……完敗だ」
「ひとつ聞かせてくれないかしら川口……。私を殺したかったの?」
「ん……? いや……そういえばそんなことは全く考えたことがなかったな」

 言われてみればなぜだろう。川口はそのことを自分で不思議に思った。

「そうだな……多分……。言ってしまえば非常に幼稚な理由だな。君に死なれちゃあ……周りからは繰り上がりだと思われるしさ、何より……君の口から私がすごいと言ってもらえなきゃあ評価ってのが定着しないからな」
「本当によくわからないわ。あなたの言ってることって」
「感情が無いからか?」
「そうかもね」

 ファンネルが川口の身体を起こす。まだその身体からは煙が上がっていた。

「余計に殴ってしまって悪かった。たか子」
「あなたの徳なんかで殴られても痛くないわ」
「徳……。徳か」

 やはりそこなのかもしれないな、と川口は思った。

「ネットリテラシーたか子……私も本徳になってくるよ」
「勝手になさいな。私には関係ありません」
「そう塩っぱく言わないでくれよ。その時はマントラは……君に刻んでほしいと思っているからね」
「人の顔面を殴った直後で、図々しいわね」
「ああ、私は図々しいサイボーグなんだ。今日だって君から戦闘サイボーグNo.1の座を奪おうとしただろ? 性分なんだなあこれが。でも、ま……今日はいい勉強になったよ。たか子」
「ちょっと……なんか話し方が締めに向かってるように聞こえるんだけど? 何ここで別れようとしてるの? クレープの約束は忘れてないでしょうね」
「おぉっと。バレてしまったかい……」
「あなたが言い出した勝負でしょうが……。キチンと履行はしてもらうわよ」
「へいへい。じゃあ、行こうかね」

 川口の武装ディスクがゆっくりと回る。そこからは僅かに、これまでとは異なる金色の輝きが漏れ出ていた。

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます