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マシーナリーとも子ALPHA ~遊技場の保護篇~

「はぁ〜……」 

 ジャストディフェンス澤村は憂鬱だった。今日の殺人上限、30人をすでに殺してしまったのだ。時間は午前11時。一度にたくさん殺してしまわないように気を付け、すぐに終わってしまわないようにじっくり、弱めの攻撃で痛ぶりながら殺したがそれでも30人殺して、まだ11時。明日までもうひとりも殺すことはできない。

「はぁ〜……」

 殺人はジャストディフェンス澤村の唯一の趣味だった。あとはまあ、ハンバーグを食べたりするのは好きだけどあれはお腹がいっぱいになったら終わりだし。殺人はいくら殺しても果てがないのが良かった。それが……いまは1日30人しか殺せない! とても耐えられない。ここからの1日はとても長い。また明日になるまで空虚な1日が始まる。いや、それにここ最近は殺してるときも30人で止めなければならないのが不安で、ぜんぜん楽しくない。そもそもビームやグレネードランチャーで一気に何十人も殺す殺人と、ひとりずつゆっくりと嬲る殺人は同じ殺しでもまったく別種のものなのだ。前者は後者の代替にはならない。澤村が好きなのは前者だった。
 いつまでこんな生活が続くんだろう。いや、ずっとこうなのか。だって人類はそう簡単に増えないから。ずっとこんなことが続くなら、私はなにを楽しみに生きればいいんだろう。

「はぁ~……」

 澤村は三たびため息をつくと、トボトボと帰路についた。やることはないけど街にいると人を殺してしまいそうだ。ひとまず事務所に戻ろう。

「よぉ澤村。相変わらず元気なさそうだな」
「あぁ……?」

 顔を上げるとマシーナリーとも子が立っていた。どこで買ってきたのか焼き芋をもぐもぐ頬張っている。

「イモ、食うか?」
「いらねぇ~。お腹、空いてない」
「そうか。じゃあ遊びにいこうぜ。もう人類30人殺したろ?」
「遊びにぃ~~?」
「そうそう。どーせヒマだろ。私ら人類殺すのが仕事だし今日はもう店じまいだよ」
「いーよ。めんどくせえ」
「めんどくせえったって会社戻って何するんだよ。人殺し終わったらなんかすることあんのか?」
「それは……」

 無い。うんざりするような時間をただ過ごすだけだ。

「無いだろ? じゃあ遊びに行こうぜ」
「マシーナリーとも子、私、街にあんまりいたくないんだよ。うっかり31人目を殺しちゃうかもしれないだろ。そしたらみんなに迷惑だし……」
「なんだぁ、お前にしちゃ珍しいな。気を使ってくれてんのかよ」
「あのなぁ、私だって……」
「安心しろ。私がいっしょにいるんだからお前がうっかり人類殺しそうになったら止めてやるよ。いらねー心配すんなよ」
「うう~~」

 澤村は半ば強引に(ついでに口のなかに焼き芋を突っ込まれながら)、とも子に連れて行かれるのだった。

***

 その施設は昼間だというのに薄暗く、タバコ臭かった。そして実に騒々しい。通路には無数のテレビのような筐体が並び、そのうちのいくつかの前には人類が座ってなにやら手を動かしていた。

「なんだここぉ……。会社か? こいつらを殺すって遊びか?」
「見当違いなこと言うのが得意な子だね澤村ちゃんよ。ここはゲーセンだぜ」
「ゲーセン……?」

 聞き慣れない言葉だった。澤村はとも子に導かれて筐体のうち1台に座る。肘の高さに、画面から突き出るようにコントロールパネルが伸び

その上には金属の棒に球を被せたようなスティックと、いくつかのボタン、そして不思議なスリットがあった。とも子は澤村の傍らに立ちながら100円玉を取りだしスリットに入れる。するとそれまで画面を切り替えながらも静かだった筐体から爆音が響いた。

「これなに?」
「ビデオゲームだよ……。おまえやったことないの?」
「たまに吉村が事務所でやってるヤツか?」
「そーだよ。おら、キャラクター選択画面だぞ。スティックで選んでボタンで決定だ」

 画面にはいくつかの顔のアイコンが並び、その上部に踊るように身体を動かすキャラクターが表示されている。カーソルを動かすとキャラクターが変わっていく。空手家、巨躯のおっさん、見目麗しい女性。澤村は適当に空手家を選択する。すると画面が切り替わり、澤村が選んだ空手家は街中のような場所、画面の左側に立っていた。反対側にはやはりがっしりとした体型の、ラフないでたちの男が構える。画面上部には男たちに対応するように2本の黄色いゲージが並び、その中央にはカウンターが配されていた。

「これなに?」
「こいつぁ格闘ゲームって種類のゲームだ。レバーでキャラクターを動かして、ボタンを押すと殴ったり蹴ったりできる。レバーを後ろに倒して後退すると防御だ。相手を殴り殺すのが目的のゲームだ」
「殴り殺すねえ……」

 人間を殺すのより楽しいとは思えないけどなあ。澤村はそう思いながらレバーとボタンを弄ぶ。上に入力するとジャンプ、前に倒せば前進か。斜め上に入力すれば前に向かってジャンプできる。ジャンプ中にボタンを押せば飛び蹴りか。要領をなんとなく掴むと相手の頭めがけて飛び蹴りを放つ。衝撃を表すエフェクトと軽快な打撃音が響く。続いて着地とともにボディーブローを浴びせ、レバーを下に入力。するとキャラクターはしゃがみこむ。ボタンを入力すると足払いを繰り出し、相手をダウンさせた。

「なーるほど」

 相手側の上部ゲージが3割ほど赤くなっていた。おそらくあれを全部赤くすれば勝ちか。澤村はとも子が防御がどうとか言ってたことを思いだすと攻撃の手を緩める。すると敵キャラは前進し、右腕で鋭いパンチを放つ。澤村はレバーを後ろに倒す。ガード。ダメージはない。澤村は反撃せずさらに様子を見る。レバーを後ろに倒し続ける。敵がしゃがみこみ、足払いを出してきた。澤村が操作する空手家は苦悶の声を上げながらのけぞる。こちら側のゲージが少し赤くなる。ふんふんと軽くうなづきながら、澤村は次にレバーを斜め後ろ下に倒す。今度は足払いをガードできた。そういう仕組みか。敵が立ち上がってパンチを繰り出すが澤村の空手家はしゃがみ続ける。立ってのハイキックをガード。

「これ、しゃがんでガードしてれば無敵じゃねーの?」
「果たしてそうかな」

 とも子がフフンと微笑む。敵が軽くジャンプし、膝蹴りを繰り出した。しゃがみガードを続けていた空手家はふたたび悲鳴をあげてのけぞる。澤村はやられつつもニヤリと笑った。

「そういうことかぁ!」

 敵の着地に澤村は足払いを繰り出す。敵はダウン! すると澤村は間髪入れずに空手家を小さくジャンプさせ、飛び蹴りを繰り出させた。敵の起き上がりの頭上を掠めるように空手家の蹴りがヒット! 敵は反撃する間もなく続いての空手家の攻めを受ける。その様子を見てとも子は舌を巻いた。

「澤村ァ、お前やっぱ思った通りスジがいいな……。今の攻め、どうしてやってみたんだ?」
「え? ああ、自分でやってみてわかったんだけどさ、倒れて起きあがるときはあんまり動けないだろ。だから攻撃を重ねたら有利になれると思ってさ」
「いきなり“起き攻め”ができるたあ大したもんだぜ。しかも意識してかしてないか“めくり”までやりやがった」
「なにそれ?」
「後で調べてみりゃいいよ。なあ、その画面の下に張り紙があるだろ」
「なんかあるな。なにが書いてあるんだこれ?」
「その通りにレバーとボタンを入力すると“必殺技”が出る。やってみな」

 澤村がレバーをカコカコと動かしてボタンを叩く。空手家の掌からビーム弾が発射された。

「おお!」
「それをふつうのパンチやキックと組み合わせて相手を殺すんだ。だいたいわかったか?」
「わかった! わかってきたぞ!」

 澤村の目がキラキラと輝きだす。空手家が敵に飛びかかる。飛び蹴り、ボディーブロー、キャンセル必殺技のジャンプアッパー! 敵の体力ゲージが空になり、倒れる! YOU WIN! 空手家の勝利だ!

「勝った〜〜!」
「うまいぞ! やっぱいいセンスしてるぜ澤村。ゲームの才能あるよ。雀将も昔は得意だったって言ってたもんなあ」
「ウキャキャキャキャ。思ってたより楽しいぞコレ! こいつぁいいや! おっ?」

 画面上にHERE COME THE NEW  CHALLENGER! の文字が踊り、新たな敵が現れる!

「わ、わ、なんだこいつ! 急に強いぞ」
「台の向こう側の人類が乱入してきたんだ。さっきのはゲームのコンピューターだけどこいつは強いぞ」
「確かに頭を使って攻撃してきてる気がするぜ! よーし」 

 澤村はゲームを続ける……。

***

 ゲームセンターの喧騒は大きくなっていた。今日からゲームを始めたというサイボーグの少女の上達が著しく、常連たちがこぞって対戦を始めたのだ。その盛り上がりを施設の片隅で見守るふたつの影があった。片方は両肩からパラボラアンテナを生やし、もう片方は両腕にチェーンソーを備えていた。チェーンソーからは耳障りな轟音が響いていたが、それもゲームセンターの喧騒に掻き消えていた。

「マシーナリーとも子の見立て通りね……。澤村はああいうゲームに夢中になるのよ」
「…………」
「ジャストディフェンス澤村は悪い子ではないけど色々とネットリテラシーの上下が激しいサイボーグでしてね、扱いは難しいのだけれどそのあたりのいなし方がマシーナリーとも子は実にうまいのよ」
「…………」
「これで……30人に変わらず収めるのは難しいでしょうが、澤村の殺人衝動もかなり収まるでしょう。新しい遊びを覚えることでね。この店のインカムも増えるでしょう」
「…………」

 肩からパラボラアンテナを生やしたサイボーグ、サンダガイラカエラはチェーンソーを備えたサイボーグ――ネットリテラシーたか子である――に言葉を返さなかった。代わりに手に持っていたコーラを呷った。

「知ってみれば大したことのない話でした。あなたの目的がこんな小さなゲームセンターだったとはね」
「……昨日現れたサイボーグ……。やっぱりあなたの手の者だったわけねえ。私もバカだったな」
「しらばっくれて煙に巻くこともできたはずよ。どうしてしなかったの?」
「アイツらにも話したけどね、ウソをついてるとバレちゃったのよ。しらを切るのは徳が低いと思ったの。だから洗いざらい話した」
「なるほど……。さすが本会議に常設席があるサイボーグ。徳が高いですね」
「ゲームセンターは……サイボーグによる人類抹殺が始まる前から、その数を減らしつつあった。娯楽の多様化、インターネットの発達、ゴリラの異常繁殖といった要因でね……。でも数を減らしつつも、活気のあるゲーセンは残っていた。池袋のこの店もそのひとつでね」
「ところが最近存続が危うくなってきた……。私達が池袋の人口を減らしすぎたせいでインカムが減って、ですか……」
「それだけじゃあない。アンタたちはこの店で最強のプレイヤーを殺した」
「強者がいなくなれば挑戦者も減ると?」
「彼は強いだけじゃあなかった。魅せるプレイができるヤツだったし、しゃべりも上手かった。世界大会の配信なんかにもよく出てたしね。だから私もオーストラリアにいながらこの店のことを知ってたってわけ。でも彼は死んだ」
「なるほど……カリスマを欠いた店は滅びる。道理ですね。でも見てください。あの人だかりを。この店には新たなカリスマが産まれつつある。そうは思いませんか?」
「何が言いたいわけ?」
「人類保護法を本会議で撤回させなさい、カエラ。ジャストディフェンス澤村は新たな趣味を見つけた。30人に抑えるのは無理までも、これまでのような際限ない殺人はしないでしょう。池袋の人類の減少は抑えられるはずです。そして澤村がゲームに打ち込んでいるあいだは……このゲーセンも活気に満ちるでしょう」
「ひとつ。内容は理解できるが澤村の殺人衝動がどれだけ抑えられるかはデータが不足している。ふたつ。私はそれに応じなくても何も困らない。人類保護法は確かにこの場を護るための緊急の手段だったけど別に撤回しなかったところで都合の悪いことはひとつもない」
「偽りの法を押し通すことは徳が低い行為じゃなくて?」
「むぐっ……。あなた、性格悪いわね……」
「あなたの徳を高く評価していると言ってもらいたいわね。徳の引くサイボーグはこんな揺さぶりで顔を歪ませたりしないわ」
「…………」
「そうね……それでもイヤだと言うのなら、あなたの流儀に合わせてあげてもいいわよ。あなた、澤村と十先しなさい」
「さっきゲームを始めたばかりの澤村と、私が対戦? あのゲームはそこそこ私もやりこんでるのよ。結果は見るまでもないわ」
「どうかしら……。澤村の殺しに関するカンの良さ、みくびると痛い目を見るわよ」

***

「この空手家の弱キックはよぉ、発生がすごく早いし当たり判定が狭いんだ。だから反撃のときには出し得みたいだなあ」
「澤村よぉ。お前、ゲームのコツを見る才能があるな。見ろよ後ろのギャラリー人類どもがメモってるぜ」
「ウキャキャキャキャおもしろい。オラー! 次にかかってくるヤツはどいつだー! もっと強いやつを連れてこーい!」
「これなら殺人我慢できそうか?」
「そうだなあ。人類殺すのはまた違ったおもしろさだしよぉ、完全に代わりにはならないけど……。けど何度殺してもお金を入れてくれればまた殺せるのが楽しいよなあ! ゲームは!」
「良かったなあ」
「うん! ほかのゲームも遊んでみたいぞ!」

***

 3日後、人類保護法は撤回された。

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます