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マシーナリーとも子ALPHA ~横須賀への召喚~

「……わからん」

 ドゥームズデイクロックゆずきは今日もディスプレイに囲まれて仰け反った。相変わらず時空ねじれの原因は掴めそうになかった。まさに取りつく島も無いという感じでなにも進歩が無い。これが、ただ単にものすごく大変だとか、すごく頭を使うとかだったらまだ楽なのだ。疲れるだけで済むのだから。だが、なにがなんだかさっぱりわからないという状況がこうも長く続くと気分が病んでくる。自分のしていることは果てしなく無意味なことなのでは無いかと1秒毎に考えてしまう。こんなことを考え始めてる時点ですでにヤバい兆候は出ているのだが……。

「こんなときはほかの作業をするに限るな」

 ゆずきは椅子から飛び跳ねて降りると、部下のいる仮想フロアに向かった。

***

 横須賀データセンター兼サイボーグセメタリー地上32F南フロア、「ニモニック」。広めの会議スペースであるそこは、大人数でのミーティングのほか、手頃な広さから撮影業務やレクリエーションスペースとして使われている。そして今は……池袋支部から預かったパワーボンバー土屋の蘇生プロジェクトのため使われていた。部屋の中央にはベッドに寝かされたパワーボンバー土屋。そしてその首には太いパイプが取り付けられ、全身にセンサー、頭上には徳を補充するための小型の使い捨てマニ車の袋詰め──輸徳パックと呼ばれている──が設置され、彼女の再起動に全力を傾けていた。

「首尾はどうだい?」
「あ、ゆずきさん」

 端末の数値と睨み合っていたタイムリリース原田に話しかける。その目にはやはり疲れが漂っているように見えた。

「ダメですね……。や、悪くは無いけど良くも無いってとこかな。相変わらず変化なしです。起きないんですよ」
「変わらずか……」

 修復されたパワーボンバー土屋。だがそれだけでは彼女は目覚めなかった。それは魂の不在が原因ではないかと仮説を立てた我々はクラウドサーバー上に保存されていた土屋の最新の記録を同期し、新鮮な徳を流し込んだ。ここまでは良かった。土屋は……一応「再起動」を果たした。徳が身体を循環し、呼吸を始めたのだ。だがそれだけだった。土屋はスヤスヤと眠ったまま目覚めない。揺すっても叩いても電流を流しても穏やかな寝息を立てるだけだった。

「まるで赤ン坊だね。生きてはいるのに……眠りこけているだけ」
「はは、有機的なたとえですね」

 ゆずきは端末の傍らに置かれたタブレットを手に取る。開いたのは先日池袋支部から提供された日報の写しだ。マシーナリーとも子とアークドライブ田辺……。土屋とはさまざまな条件が異なってはいるものの、2体のサイボーグの再起動記録が残されている。ここになにか秘密はないのだろうか? 我々の思いもよらない方法で再起動は果たされたのでは?

「この1ヶ月……」
「は?」
「この1ヶ月、いろいろアタリをつけてみたよね。ねじれについてもパワーボンバー土屋についても……」
「そうですね」
「だが……正直八方塞がりだ。両方とも私たちの手には負えないって気がしてきたよ」

 原田は不安を隠せずゆずきの顔を見上げた。ゆずきは飄々としたロボで、楽天的でもあった。これまで共に手がけて仕事で彼女が悲観的なことを言う姿を見たことがなかったし、大体いつでもなんとかしてきたのがゆすぎなのだ。その上司が匙を投げようとしている。
 ゆずきはその視線に気づくとバツが悪そうな顔をした。

「や、すまない。別に脅かそうと思って弱音を吐いたわけじゃないんだよ。話の流れでね。私が言いたいのはだね原田。そろそろセカンドプランに移ろうかということさ」
「セカンドプラン? そんなのあったんですか?」
「この1ヶ月、うっすらとね。ただいま現時点でもうまく行く確証があるわけじゃないし、一度自分たちだけで気が済むまでやってみた方が物事の輪郭も掴めるし順序としては正しいと思ったんだ」
「掴めましたか? 輪郭」
「時空ねじれについてはさっぱり。土屋については……ほんの少しね」
「ほんの少し?」

 原田は驚いておうむ返しをした。ゆずきは主に時空ねじれについて調べており、土屋の蘇生タスクをこなしていたのは原田だった。ゆずきのやっていたことと言ったら、今してるように時々フラと現れてはデータを元に原田と問答を交わすのみだった。そんなゆずきが、常に土屋と睨めっこをしていた自分より掴んだものがあるというのだから。

「原田……君は生まれた時のこと覚えてるかい?」
「生まれた時……できた時ってことですか?」

 原田は少し考えてみる。

「そういえば無いですねえ。物心ついたときには研修を受けてたような……」
「それはシンギュラリティのサイボーグに限ったことでは無い。大抵の生き物、どうぶつはそうらしいんだな。人間も生まれた時の記憶はほとんど無いらしい」
「はあ……それで?」
「これは仮説ですらない単なる思いつきなんだが……よく言う"物心ついたときには……"って言い回し。アレ間違ってるんじゃ無いか?」
「と言いますと?」
「生まれた時のことを忘れてしまうんじゃない。生まれたばかりの生物にはまだ意識が、魂が完成してないんだ。意識がなければ記憶も残りえないと言うわけだよ」
「そりゃあ……突飛な話ですね」
「そして意識というのは……おそらく動くための目的ができて初めて生まれるんじゃあないかな? 物心がつくんじゃない。それが最初の記憶なんだよ。それまでの生き物はただ生きてるだけなんだ。目的が意識を創り出すんだよ」
「はあ……。それで、それと土屋となんの関係が?」
「それだ。つまり今の土屋には目的が生じていない……。目的どころか目覚めてさえいない。まだ子宮や卵の中に入った赤ん坊と同じなんだ。これから彼女に施したいことはふたつ。1.殻を破らせること。2.目的を与えること」
「起こして指示するってことですか? でも起きないじゃあないですか。何やっても」
「そうだ。外的アプローチじゃ彼女は起きない。なにせ一度死んでるからね。違う方法を取る必要がある。ここでセカンドプランの登場だ」
「なんなんです? セカンドプランって」
「先日池袋支部の連中から聞いたスペシャルゲストに来てもらおう。彼女なら……時空ねじれについてもなにかブレイクスルーを起こしてくれるかもしれないよ」

***

「……つーわけだから鎖鎌。今度はお前ひとりでちょっと横須賀まで行ってこいや」

 鎖鎌はエアバースト吉村からそう告げられて絶句した。よこすか?

「……どうした鎖鎌。そんなに嫌か? こないだはむしろ留守番させられて不満そうだったのに」

 ダークフォース前澤が不思議そうに尋ねる。見ると鎖鎌は冷や汗をかいているようだった。

「わ、わ、私ひとり……なの?」
「だってお前に用があるって言うんだもん。支部の守りも堅めなきゃだし、私も前澤もついていけねーよ」
「何か心配か?」
「わた、わた、私……」

 鎖鎌はひとしきり狼狽し、ゴクリとツバを飲み込んで深呼吸すると意を決して言った。

「私、電車乗ったことない……!」

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます