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マシーナリーとも子EX ~怪しい依頼人篇~

 クロコスワロー探偵事務所……ワニツバメが新しくN.A.I.L.の待機所に開いた探偵事務所(20㎡・窓付き)。そこに新たな依頼人としてやってきた中年の男性は少し怯えながらこう口にしたのだ。

「私の名前はDr.ココス……。探してもらいたいというのはサイボーグなのです」

 ツバメは一瞬言葉を失った。

 だが即座に腕にくっついているワニのセベクと高速念話を試みる!

(セベク!? こいつなんでス!? シンギュラリティに……気づいてる!? いや、そもそもアイツらって隠れてるんでスか……?)
(うーーーーむN.A.I.L.がそうなように、必要のない人間には気づかれないよう暗示をかけているハズ! それにヤツらがサイボーグだと気づかれるような行動を示す相手はみんな殺してきているはずだぞ!)
(それもそうでスよね……。じゃあこのオッサンはなんなんでス!? サイボーグが発する電波が通用しない特殊な体質の持ち主……とか)
(あるいは……あるいはだぞ? サイボーグの襲撃を迎撃してみせた強者……ということもある!)
(ええーーーーッ!!!?!?!?)

 ツバメはセベクが打ち出した大胆な仮説に戦慄する。この冴えない男が!? マシーナリーとも子やジャストディフェンス澤村の破壊力をいなし……場合によってはネットリテラシーたか子……センセイからの襲撃も退けたかもしれない、と!?
 男の発言の意図を読み取るための思考がツバメの探偵脳をグルグルと駆け巡る! まだだ! まだこの男の手の内を探らなければ……! そうしてツバメが出した結論は……。


「サッ、サイボーグ……? いったい何を仰ってるんでス!?」

 シラを切ることだった。

***

「サイボーグというとその……映画に出てくるような? 人型のロボットとか改造人間みたいな……そういう? アレでスか? ハハハっ それともあだ名だったりして?」

 自分でも不自然に汗をかいていることがわかる。無駄に饒舌になってしまっている。どうした? 発言の意図としては不思議そうにしてみせればそれで良かったはずだ。こんなふうに「サイボーグってアレでがんしょ??」なんてリアクションを取るのはかえって不自然じゃないか……! だが謎の焦りがそうさせるのだ。この焦りはどこから生じているモノなんだろう? 自分自身も方式が違うとはいえサイボーグの一種だからだろうか?

「いえ……驚くのも無理はありません。ですが彼らは……彼女らは、というべきかもしれませんが……とにかくこの池袋に巣食っているのです。よろしければ少しお時間をいただいてお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」

 私は観察をする。男はどこか怯え気味で、息も荒い。だが口調は実に落ち着いたモノで、一語ずつ、慎重な言葉を選んで発言しているようだった。おそらく、これまで様々な状況で正気を疑われ、笑われてきたのだろう。だから嘲笑されることに恐れを抱きつつも、自分は間違いなく正気であると、興奮せず紳士的に振る舞おうと最大限に努力しているのだ。私はさっきのリアクションはやはり失敗だったなと後悔する。あれには多分に「嘘でしょ?」「またご冗談を」というニュアンスが含まれていた。ここは少し歓迎の感情を出して誤魔化しておこう。

「ぜひお願いしまス。紅茶はどうでス? 10分ほど前に淹れたばかりなのでまだ温かいでスよ」
「あ、これはこれはお構いなく……。私は民俗学者をやっているのですが」
「民族学? 原住民とか?」
「 いえ、ナントカ族、の族ではありません。風俗の俗です。もちろん土着の諸民族や人類の体系なども含めた研究分野ですがね。私が主に扱うのは民間伝承などです」
「ああ、つまりセンセイ・ヤナギダのような……」
「そう。各地のおとぎ話やいい伝え、妖怪伝説などを科学的アプローチから検証する。それが私の研究です」
「素晴らしい。まるで人類文化の探偵でスね」

 これは本心だ。いい仕事だと思う。しかしそれがなぜシンギュラリティに……? 私はその気持ちを思わず顔に出してしまっていたらしく、Dr.ココスはゴホンと咳払いをした。

「話は数年前、ニューギニアの先住民族の取材に行きました。カーゴ・カルトの研究のためです」
「カーゴ・カルトというと……米軍の補給物資や飛行機、滑走路などを神聖視していたというアレでスか」
「さすが探偵さんは雑学への造詣が深い。話が早くて助かりますな。ところが私が取材したヒョ=デ族が信仰していたのは米軍ではありませんでした。彼らはスマートフォンや奇妙なマニ車を信仰していたのです」
「マッ、マニ車!?」

 そりゃ間違いないわ。

「これを……ご覧ください。私が撮影してきた現地の民の写真です」

 ドクターは懐から1枚の写真を取り出す。それこそいまどきスマホで出してくれればいいのに……と思いつつ写真を覗き込んだ私は思わず声を上げた。

「ゲエッ!?」

 そこに写っていたのは、浅黒い肌の屈強な男性が腕にマニ車をつけ、歯車型のヘアアクセサリーで長い髪をツインテールにまとめている姿……。木でできたアンダーリムのメガネもつけている! これは間違いなくマシーナリーとも子のコスプレ!!

「……? 探偵さん、何か……?」
「はっ!」

 いかん、私としたことが! この写真について初見でこの驚き方は確かに不自然だ! まるで顔見知りが写っていたみたいじゃあないか!

「すっっ、すみまセん! 想像していたのとまるで違った写真だったんで驚いてしまってー!!! し、しかしでスよドクター。これらを見てサイボーグ……でスか? の存在を怪しむのはいささか唐突に思えまスよ」
「ええ。そう思うのも当然です。ですがこの話にはまだ続きがあるのです……。彼らが信仰している女神の名前。それはイケブクロと呼ばれています」
「イケブクロ!?」

 何やってんだぁー!? シンギュラリティは! っていうか十中八九マシーナリーともこの仕業だろう!

「その情報を手がかりにして私はこの街にやってきました……。そこでこの女性を見つけたのです」

 ドクターはもう一枚の写真を取り出す。そこには……見間違えるはずもない! 堂々と街中を闊歩するマシーナリーとも子とアークドライブ田辺さん!

「うっ、うむ ーーーーーーッッッッッッ」

 私は唸った。さてここからどう展開するべきか?

「いやしかし……確かにさっきの写真に似てまスし! 身体中に武器を取り付けているように見えまスが! ……アニメかなんかのコスプレという可能性は? ほら、池袋ってそういう人が多いでスし……。ニューギニアでも放送しているアニメだとしたら!」
「調べましたがこうした格好の海外展開もしているアニメは見つかりませんでした。さらに彼女らを何度か見つけ、尾行することに成功したことがあるのですが……その武器には殺傷力があり、恐ろしい戦闘力を持つ事がわかりました。彼女らは日常的に人間を殺しているのです!!!」
「……………………」

 庇うのが馬鹿馬鹿しくなってきた。全部バレてまスよー。ここまで来たらどうしたらいいんだ。っていうか私が一緒にいるのが見つかってないのはかなりラッキーなのでは?

「私は何度も彼女らを追跡し、そのアジトや生態を突き止めようとしました。が、その恐ろしい所業に私はいつも気絶してしまい……。いまだにその詳細を掴むことができません」
「それは……想像を絶する話ですね」

 知らないふりして話を合わせるのが難しくなってきたナー。

「そこで私は活動をインターネットに移しました。同じような証言を持つ者たちを集め、サイボーグの情報を集めたポータルサイトを構築したのです」
「成果はどうでシた?」
「素晴らしかったですよ。それまで以上の莫大な情報を得ることができましたし……米軍から接触もあったのです」
「米軍……はあ!? 米軍!?」
「私は彼らに招かれ、西部某所にある超常現象専門の部署に出入りするようになりました……。信じられますか!? 彼女らは遥か昔より存在し、ワシントン大統領にも接触していたという事実を……!?」

 ボルテージが上がってきたなあ。これでみんな避けるんだろうなあ。

「ところが……ある日私が研究部署に向かうと、そこは炎に包まれていたのです……」
「それはいつの出来事でスか?」
「1年前……いや2年前でしょうか。私はそこから飛び去っていく紫色のボールを見ました……。同様のサイボーグが操ると思われている端末はインターネット上で何度も目撃情報がありましたし、私自身一度だけ遠目にそれに似たものを背中にいくつもくっつけているサイボーグを見た事があります。間違いありません。米軍はサイボーグにやられてしまったのです……彼女らのことを調べていることがバレて!」

 そりゃあ間違いなくセンセイだなあ……。

「はあ、はあ……。すいません。取り乱してしまいました。とにかく、彼女らは未知で……危険な存在なのです! あなたには彼女らの存在を突き止めてほしい……」
「その……ドクター? えーっと」

 なんと返したものかなあ。

「その彼女ら……サイボーグ、ですか。お話を聞く限り相当……危険な連中に聞こえるんですが……。ヤクザとかよりも危険なのでは? いえいえ探偵でスから危険なのを理由に断りはしまセんよ? ただ危険手当と言いまスか……。そのぶん見積りは高くせざるを得ませんが……よろしいでスね?」

 そう慎重に伝えると、ドクターはガタンと勢いよく立ち上がった。

「探偵さん!!! あなた……っ!」
「はっ、ハイ????」

 金は無いか!? 断るか!?

「……ありがとうございます!!!」
「えっ」

 なんで。

「私の話を笑ったり、引いたりせず、それどころか具体的に受諾の話まで持ち出してくれたのはあなたが初めてだ……! 無理もないのです、こんな荒唐無稽な話を信じてくれないというのは……! だがあなたは! とりあえず調べてみてくれると言ってくれた! そのことが私にはありがたくてしょうがない……!」

 あーーーーっ。

 そうかそういうパターンもあるのかぁーーーーっ。

「ぜひお願いします探偵さん。お金はいくらでも用意します。サイボーグの……真実をお調べください! これは手付金です」
「は、はあ。努力しまス……」

 断るタイミングは失われた。さてこれからどうするべきか……?

***



読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます