猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」12

□ふくろジャーナル

 桃子は、二階の勉強部屋で寝っ転がりながら、「平次御馳走帖」という17才の少女にはあまり似つかわしくない時代劇漫画の1巻目を読み終え、明日はテストだというのに教科書を開きもせず、2巻目を鞄から取り出して表紙を開けようとした。そのとき、携帯電話にメールが着信した。

 桃子は、ひとめで父のお下がりとわかるシャンパンゴールド色のオヤジ臭い携帯電話をパカっとあけると微笑んだ。

「ともおばちゃんからだ」

 メールを表示すると、そこには、猫の絵文字とこんな文面が。

「ねこ、ゆずってもらう、たぶん、ぐふふふ」

 彼女は、ボブテールのともちゃんの姪っ子なのだ。
 桃子はそれを読んで起き上がった。

「へえ、ついに、ともおばちゃんも」

 桃子は、携帯をひらいたままぶらぶらさせながら、階下に降りていった。

「ねえ、おかあさん、ともおばちゃんね……」

 階下では、ちゃぶ台の前で、桃子の父、高山六郎と母の恒子が、何かもじゃもじゃした、一抱えもある灰色の毛のかたまりと格闘していた。

「こら、おとなしくすんのよ!」
「ダン吉、お前のためだ、じっとしてろ!」
 ダン吉は、ヒマラヤンの雑種で、この家の猫だ。
「なごー」

 恒子の手に、猫用爪切りがキラリと光った。
 それをみて、ダン吉は、恐怖のあまり、だだだだっと眼にも止まらぬ速さで猫キックの連打を繰り出した。二本の足が、あまりのスピードにぶれて百本ぐらいにみえる。
 恒子の爪切りがさささっと流れるように動く。その間に、かすかなパチンパチンという音が聞こえたようだった。
 ものの数秒間の後、ダン吉の四肢の爪は正確に2ミリ切られ、切り取られた爪がスローモーションのようにキラキラと宙を舞った。

 六郎はあっけにとられた。

「恒子、お前すげえな」
「ふふふ」
「ダン吉のキックもいつのまに、こんなに速く……」

 桃子がタタン、と階段を降りた。
 入れ違いに、耳をすっかり後ろに倒したダン吉が、ダカダカ音をさせながら二階に逃げていった。

「つまり、それはある種の、共進化のたまものね。追うものはより速く、逃げるものはさらに速く、そして追うものは、もっと速く、こうしてチーターの俊足が生まれたのです」
「なーに小賢しいこと言ってんのよ、ばかばかしい」
「それより、ともおばちゃん、とうとう猫飼うらしいわよ」
「あらそう、それはよかったじゃない。心配してたのよ」
「まあなあ、家に猫もいないようじゃ、いろいろと心配だからな、よかったじゃないか」

 そう言って六郎はちゃぶ台の上の灰皿をひきよせた。老眼鏡をちょこんと鼻に乗せ、ハイライトを咥えると、ふくろジャーナル来週号のゲラを読み始めた。
 その原稿には、大山町の大気汚染の事がかかれていた。
 大山町付近の亜硫酸ガスの濃度が異常に高まって、すでに子どもの健康被害もでている。

「やっぱり、ぶっそうな感じなんだよな.、大山のこれ」

 桃子も背後から覗き見る。

「これ、臭うよ。なんか、鯖虎系のニオイだよ」
「ん?そうだな、やっぱりそう思うか。例のロボットの噂も気になるしな。それに、例の親子の葬式に、探偵きてたぞ」
「やっぱり。ますます臭うよ、プンプンするよ」
「そうだな、こりゃ忙しくなるな」

 六郎の鼻の穴が広がった。
 ふくろジャーナルはほとんどが直販。売れると利幅が大きいのだ。
 ふくろジャーナルが、過去もっとも売れたのは、鯖虎探偵が解明したカルト教団による集団自殺事件の詳細報告号だった。

「二匹目どころか、どじょう100匹狙うぞ.!」
「鯖虎さまさまぁ!」


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