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関西への小さな旅②7月29日の記録、星が星図を描いた夜

kawoleさんとは長い付き合いで、かれこれ20年近くになるんじゃないかと思うと、年月の速さにぞっとする。

というのは半分冗談だが、彼女との経緯を端的に言うと、ブログ黎明期に私がkawoleさんをネットナンパして、数年後にリアルで会い、以降は東京と関西という距離もあって数度しか会わなかったが、そのたびに、なんというか、お互いを感じながら自分の位置を確かめる、みたいな間柄だった。

前にやり取りしたのはいつだっけ、というくらいの間が空いて、突然kawoleさんからメッセージが送られてきたのは、2021年の10月のことだった。八燿堂から刊行した宮沢賢治『農民芸術概論』を、大阪の書店、blackbird booksで彼女が手に取ったのがきっかけだったらしい。

「奥付に名前を見て」「いま宮沢賢治を作品に落とし込んでいて」「私も畑をやってる」という彼女のメッセージは、驚きよりも、「やっぱりそうか」という確認の感触のほうが大きかった。

そんなやり取りがあって、出会って約20年後にやっと一緒に仕事をすることになり、私はミュージシャンとしてのkawoleさんと、大変失礼ながらおそらく初めて対峙することになる。

その仕事というのは、先のkawoleさんのメッセージにあったもので、宮沢賢治の詩から派生し、インスピレーションを得て創作した音楽や、柴田元幸さんや管啓次郎さんたちによる詩の朗読を、「A面とB面」のように収録した2枚組CD、および、美術家・安野谷昌穂くんのアートワークをデザイナー・小池アイ子さんが散りばめた綴じものをつくる、というアイデアで、出来上がってみたら3メートル超の蛇腹本になった。

このプロジェクトは『銀河ノコモリウタ』と題され、2023年初めに刊行された。

ちなみに私は編集クレジットになっているが、ライナーのような文章を寄せたほかは、ほとんど進行管理をやった程度で、たいして仕事していない。kawoleさんの頭にある完成図からブレないように、安野谷くんとアイ子さんに協力してもらっただけだ。

そのライナーには、冒頭で触れたkawoleさんとの経緯のほか、ライナーらしく『銀河ノコモリウタ』を評したような文章を書いた。こんな感じだ。

例えば、抒情的な旋律のリフレインが印象的な「空のコラール」や、滔々とした力強さで綴られる「『注文の多い料理店』序」の、生命の純度のようなものを限りなく追い求めた独白。
そしてそれらと対を成すように、「森と人と精霊の祭り」では各地の祭りの囃子を無数にレイヤー化し、「真空溶媒」では51人の朗読をフィールドレコーディングし、ポリフォニックでありながら個々が溶け合うように全体を構成する。

独唱とプリコラージュ。一と全。

ここまで来てようやく私は気づいたのだ。kawoleさんは星を集めているんじゃないか。星を見つめ、聞き、触れ、感じ、散りばめ、結んでいるんじゃないか。それは新しい、星図のようなもの……。

拙稿より(改行位置を追加)

「本ができたら打ち上げしよう」と盛り上がって、案の定、音沙汰なかったが、私が東信ローカルポッドキャスト「sprout!」を準備している際、「そう言えばkawoleさんはどんな機材で録音してたっけ?」と質問するために連絡したのが端緒となり、なんだかんだの流れで私の夏休み旅行の行き先が彼女の住む神戸および関西方面に決まり、まったりぼんやり旅をするつもりが『銀河ノコモリウタ』の刊行イベントに参加することになった。


「はーい、出ますよー」と綿毛のように軽い返事をして、しばらく忘れていたら、そのイベントというのが、フタを開けたらすごい内容になっていた。

第1部がkawoleさん、安野谷くん、私のトーク。第2部が宮沢賢治の詩の朗読で、kawoleさんは慣れてるだろうが、私は生まれて初めての経験。しかも会場である神戸のLIFE IS A JOURNEY!の店主、川内まりさんのシンギングボウルの演奏と、キャンドル作家「いりえのアトリエ」の入江瑠美さんのキャンドルが演目を飾るほか、安野谷くんの原画が展示される空間で、「ボタニカル・ライフ」の福永淳平さんの超絶美味いワインを、寺園証太さんの備前焼の器で飲める、という……。

そんなイベントに出てしまって大丈夫なのだろうか。
しかも人前で、というか、朗読自体、生まれて初めてやるんですけど……。

という躊躇いはあったのだが、ぶっちゃけ、神戸なんて誰も俺のこと知らないし失敗しても別にいいや、みたいに開き直り、この機会を楽しむことにした。

結果、告知早々にソールドアウト。
私の頭は、焦りや不安よりも、果たしてどんな人が来るのか、という興味が占めていた。


そして当日。

最高か。

何がすごかったって、いまさらこんなことを言ったら「当たり前だろ」と怒られそうだが、それまで文字を目でたどることしかしていなかった宮沢賢治の言葉が、音や声に出すことによって、視覚+聴覚という2つの投射を得て、詩が立体になったのだ。

かつ、シンギングボウルの深々とした響きと、キャンドルの命のような震えと火を擦る音と香りが、立体を得た詩を揺らすのだ。やがて言葉が、動き始める。

奇怪な印を挙げながら
ほたるの二疋がもつれてのぼり
まっ赤な星もながれれば
水の中には末那の花
[…]
そうらこんどは
射手から一つ光照弾が投下され
風にあらびるやなぎのなかを
淫蕩に青くまた冴え冴えと
蛍の群がとびめぐる

宮沢賢治「温く含んだ南の風が」(『春と修羅 第二集』所収)より

「ああ、言葉が生きている」

自分の朗読パートを終え、朗読が上手く行ったかどうか、もはやどうでもよくなった私はひたすら目をつむり、初めて訪れる感覚に身を委ねた。

で、ふと目を開くと、20人以上集まったお客さんのほとんどが、同じように目をつむっている様が、ぼうとしたキャンドルの火に照らされている……。

星だ。
星がここに集まっている。
そうか、人は星図を成すのか。

因と果が、ほつれて集うとき、その様は、星図を描く。
たとえ一夜の一瞬だろうと、星々は星図というひとつのイメージを共有し、共創し、輝くのだ。

それぞれがそれぞれの星でありながら、集い、成していく、ひとつの時。
いつかの再会を約して散っていく様も、また美しい。


……蛇足。この日、自分でつくった本に自分のサインをするという、珍奇な経験をすることにもなった。美女からのまさかのサイン攻めに、まんざらでもない笑みを隠し切れない俺氏。


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