ホセ

 ホセはスパニッシュで右手に綺麗なタトゥーを入れたドラッグディーラーだ。美しい顔立ちでどこかもの悲しげな目をしていたし、あの界隈では物静かな方だったと思う。それがとてもセクシーに見えた。私は最初の頃、アパートメントの入り口をうまく開けらられなかったので、誰か住人が来るまで待っていたりしたのだけど、道路でたむろっていたホセはいつも気づいてドアを開けてくれた。それからよく話をするようになり、彼のおつかいに同行したり、私がおつかいを引き受ける事もあった。アッパーイーストサイドの裕福な人たちのパーティーに届けるのだけど、日本人の女の子が来るのは珍しがられて大抵はそのまま招き入れてくれる。そうして朝まで遊ぶのが楽しくて仕方なかった。

  ある日彼がまだ13歳だという事がわかり衝撃を受けた。20代だと思って一緒にビールを飲んでいた彼はまだ10代前半。中学一年生が一日中ストリートに居るのだ。私は咄嗟に「学校は行かないの?」と聞いてしまった。彼は鼻で笑った。「あそこでうずくまっている女は俺の母さんなんだ。ドラッグがないと機嫌が悪くなる。俺は母さんのために金を稼がなきゃいけない。ここに住んでいる奴らが金を稼ぐと言えば、ドラッグかヒップホップしかないんだよ。」

 あぁ、私はニューヨークのことを何もわかっていなかった。これが現実、本当のニューヨーク。彼に夢を持てなんて言葉は何の意味もない。彼にとって唯一の希望がヒップホップなんだ。それ以外の選択肢はあり得ないのだ。ちょっと悪いことして、これがリアルニューヨーク!楽しんでる私!なんてお気楽に過ごしていたのがなんて恥ずかしくて情けない事だったか。何もわかっていなかった自分を酷く嫌悪したのを覚えている。

 道路を挟んで一方は連日パーティーをする裕福な人たち、もう一方では生きるためにストリートに立ち続ける人たち。生まれながらの環境で人生の選択肢がほぼ決まってしまっているという現実。ホセに唯一ある希望はヒップホップで売れる事。こんな背景があってのヒップホップ、だから強い音楽なんだと納得した。

 それからは観光客気分が抜けた私を受け入れてくれたのか、ホセの仲間も声をかけてくれるようになった。「まだ一人でドア開けられないのかよ!」と文句を言いながら。毎朝のジョギングを終えてベーグルとコーヒーを買い、エントランスで彼らとくだらない話をし、後でね、とハグして家に帰る、というたわいのない日常は突然、銃声とともに終わった。その事が題材となったのが「Ghetto boy」という曲である。

https://music.apple.com/jp/album/ghetto-boy/257711712?i=257711772

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