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海士旅2日目前編 : この大地はでっかくて、私たちは小さい

夏の始まり。隠岐にいる人を訪ねた。土地の暮らしの生態系を訪ねる旅のひとつ。海で泳いだことがない息子も連れて、家族で海士町の宿・Entôへ。その時の旅の話。
※盛りだくさんすぎて、長いです。

2日目は、海士町に移住しEntôの運営会社でお仕事をしている高校のずっと下の後輩、ななちゃんがマル秘プランにて島を味わう旅に連れ出してくれるという。
○時に出発する船に乗りますよ、という以外の詳細はよく知らない。完全なるお任せ旅だ。

乗ると決めたらどんと乗せてもらう。
それが我が家族の流儀。

きっとその土地の人たちが訪れる誰かのための1日を思い描いた時点で、人の気が動き、地の気が動き、天の気が動き、見えないところで土地の精霊たちまで動いて、その日の旅が練り上がっていく。

コンポントムの旅はいつもそう。
だから、任せます。この土地の皆々様に。

隣の島へ

朝からしっかりお膳をいただき、これで元気満点と思ったら既に出発時間。
バタつく我らを前に「大丈夫です、港までは1分です。」と頼もしいななちゃん。
車ごと乗り込むタイプの船に、出航間際、文字通りぶーんと乗船。カンボジアでは川を渡る船が、ここでは海の上の島をつないでいる。

車ごと乗る船。地元の人の景色がある

再び海の青さに感動し、動いていく山並みを見ていると、あっという間にお隣・西之島へ。

「摩天崖に、これから行きます。」
「まてんがい・・?どんな字を書くの?」
「摩天楼の“摩天“に、崖です。隠岐に来たら皆さん必ず行く場所ですよ。」
「へぇ、そうなんだ〜(家族一同)」

“人を訪ねる旅をする時あるある”のひとつ。
その地のMust Goな場所をほとんど知らない。

生態系への入り口になるMust Meetの方のところに行けば、自ずと訪れるべき場所、訪れるべき人に辿り着くと信じて疑わない。

くねくね山道を颯爽と走る軽バン。ゆるやかなアップダウンのあるこの島の道は、平坦王国カンボジアからくるとそれだけでアトラクションだ。しかも坂の向こうに突然海が見えるんだぜ。

途中、緑まぶしい山の斜面に、何かの気配。
「なんかいた!今の、なんだろう?」
「ああ、牛ですよ〜」とななちゃん。

え、牛? あんなところに?

わかります?

「隠岐の牛は山を歩いて育つんですよ。」
サラッと言うななちゃん。

「あ、またいた!」
「ちょっと停まってみます?」

わざわざ路肩に寄せてまじまじと見る我々と向こうから見る牛さん。なんだよ?と言われている感じ。

そうだよね、皆さんにとってはこれが普通。
我々が勝手にザワついてるだけですよね。

隠岐の牛は凛々しい。道なき斜面を行くからか。

まだ聞きたい、知りたいことは山ほどあれど、摩天崖につかないよ、と息子の的確なひとこと。

山の間を抜け、海に向かってぎゅんと下る。漁港を過ぎて、素敵な図書館の前を通ると「摩天崖」という看板が見えた。

「ここからさらに登ります。摩天崖の上にはハイキングコースがあって、歩けるんですよ。歩いてみます?」

はい、もちろん!

歩けるならば、歩きます!
どんなところか、知らないけれど。

そんな話をしながら、車は高度を上げていく。
高い位置から海をみる。下からみるより、この島の山は高いんだね。

ガードレールの先に広がる緑。その向こうの海を見ながらカーブを曲がったその先に。

どーん。

ガードレールの先は馬でした

道路を遮るように並んで歩く馬の群れに遭遇。

「ところどころ、崖が崩れているのは放牧されている牛や馬が通ったあとですよ〜」
と道中に聞いてはいたものの、まさか、こんなに泰然といらっしゃるとは…

海からの風を受けてなびくたてがみが美しい。“たてがみ”とはこのためにあるのか、と思うほどに。

食用として放牧していた名残だそうだ

体格がよく、足腰のしっかりしたお馬たち。
車を降りると、向こうもこちらに興味があるようで、ずいっと顔を寄せてくる。

こちらが動揺しなければ、あちらはとても穏やか。ある意味、こちらの器が試されている!
でも、独特の威厳があってちょっと近いと怖いっす、先輩。優しいけどね。

この土地では牛も馬も自らの足で立っている。
同じ土地に生きる、それぞれひとつの命。
そういう営みの迫力がある。

この山海を前に生きるものの迫力たるや

ようやく、いよいよ、摩天崖

またまた名残惜しくも風に立つ美しい馬さんたちとお別れし、道路の先に並ぶ別の群れの後ろにつきながら、山の頂きについた!

平地の牧場を思わせる緑の絨毯。
ここでもまた一群の牛と数頭の馬たちが、独自の距離感で併存している。

領域にお邪魔しますね、先輩

その鼻先を通り抜けて進むと、いきなり、世界が一変する。

この唐突さは、写真には映らない

その先に当然あると思っていた、陸の続きがない。どおんと海に落ちている。

海に向かって大地が落ちる。
その先の海の、鮮烈な色よ。
昨日港で見た紺碧とも、重なる波の青とも違う、あの明るく透き通るグラデーション。

「これは、すごいね」

すぐには次の言葉が出ない。

この島はこの場所にずっとあった。
そして、今も。海から来る風を受けて。
重ねられてきたその時間の厚み。
海と大地の絶え間ないやりとり。
そのぜんぶが、目の前の風景のなかにある。

いきなり世界の秘密に出会う

「この先がハイキングコースで、下まで降りられるんです」

絶妙なタイミングでななちゃんが言う。

転がり落ちそうな斜度の緑の帯はスキーの上級者コースさながら。その先は絶壁と美しい色をした広い広い海。

この斜面の急さも写真では弱いなぁ

「歩いて40分くらいです。下で待ってますね」というななちゃんに手を振って、家族3人で歩きだす。

さっきまでいたひと組の国内観光客の方たちは駐車場に向かい、先にハイキングコースを降りて行ったもうひと組の外国人観光客のお2人は、もう木に隠れて見えなくなった。

この広大な風景のなかに、家族3人だけ。

本当に、天と地と海の間を3人だけで歩く。

草原でトンビたちが朝の日を浴びている。こちらが近づくと、億劫そうに近くなった分だけ移動する。落ちていたトンビの羽を拾う息子。

とんぼもバッタもいる。小さな世界もすごい

歩いていく。

途中、道がなくなる。どこかでコースを外れたらしい。足元をみたら、馬さんたちの足跡。ありがたい。それを辿っていく。

歩き始めこそ写真があるが、途中は全然ない。それだけ、足元の小さな世界と、目の前のでっかい世界に夢中だった。

2つの世界の間を家族でただただ歩いた時間は何より至福だった。

忘れてた。
この壮大な世界のなかで、私たちは毎日生きてるんだったんだ。

なんて当たり前なことを、こうもころっと忘れちゃうんだろう。
私たちが自分で動かしている気になって、いっぱいいっぱいと思っている毎日は、本当はこのでっかい営みの一部なんだよ。
もう、大船にどかーんと乗せてもらってんだから、まあ、いったん落ち着けベイベー。

なんか、いろいろあるけど、大丈夫だ。
世界はこんなに美しくて、すごいんだから。

ものすごく長い冒険をした気持ちになったけど、40分のコースはあっという間で、海が近くに見えるようになると、昨日、リアル海デビューを果たした息子は泳ぎたくて仕方がない。

山道を降りた先にある、小さな休憩所と自動販売機。冷たい水だけで極上の喜び。

同じく上から歩いてきて、バスを待っているであろう2人の外国人観光客のお客様。お互い話さないけど、すれ違いざまに同じ体験をしたものが持つ空気を感じ取る。
きっといい時間だったよね。

摩天崖の下の神社にお参りし、鳥居の足元のカニやらフナムシやらヤドカリと戯れてもなお、泳ぎたさ冷めやらぬ息子。

ここで泳いでもいい?と逸る彼をななちゃんが泳げる海まで連れて行ってくれた。

このあと連れて行ってもらった浜での時間は、秘密にしておきたい。あまりにも幸せだった。

ごめんなさい、お世話になった島のこと、ちゃんと伝えるのが然るべきと思うけれど、あの浜での、あの特別な時間は、お裾分けできない。

車を停めて浜まで走る。
太陽の熱を浴びた砂が熱い。

山の緑が映り込んだ、美しい緑色の浜で、小さな影と大きな影が2つだけ動いている。

足下の岩の上にいる青にオレンジの線のあるめちゃくちゃちっちゃなウミウシ。
波打ち際をちょろちょろする、魚の子どもを追いかける。

その土地で普通なことが、私たちには驚くほどに感動で、小さな一瞬のすべてが特別だった。
きっと隠岐で海を知った少年にも、それは深く刻まれている。

帰りの船。島に恋をしている背中


港でランチ。帰りの内航船に乗る。
まだ、半日。
あまりにも濃厚な、夏の島との出会い。

島とななちゃん、ありがとう。
途中で寄った商店のおじさん、ランチのレストランのママとお母さん、ありがとう。
島のみなさんにも、ありがとう。

敬愛する山尾三省さんの著書で、
「風景から衝撃をうけると、出来事になる」と読んだ。

この日の西之島は、摩天崖は、あの浜は。
私たち家族のそれぞれにとって、確実に出来事になった。

午後に待っていた、また別の種類の冒険の話はまた今度。

2023.9.30

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